3.こいつの所為だと思ったのは、抜き差しならぬ事態になってからだった。
戦いは一方的な展開になっていた。
敵は、そもそも護衛艦隊の2倍以上、陣容も我が軍で言うところの重量級戦艦5隻、巡洋戦艦20隻、軽量級戦艦に至っては100隻を越える。主力は軽量巡洋艦であるが、惑星連盟宇宙軍が5000隻を1個艦隊として数えているやり方で言えば、総数は半個艦隊ほどもいる。一方、我が護衛艦隊の陣容はその半分に満たない。しかし、重量級戦艦1隻、巡洋戦艦5隻、軽量級戦艦50隻、軽量巡洋艦が1000隻弱というのは、護衛としては十分すぎる。これまでの宇宙海賊の戦力規模を考えれば、襲撃自体があり得なかった。
護衛艦隊は、カイル・フォーツバニア少将が率いている。惑星出身組の将官は珍しくないが、一般兵からの叩き上げという点では極めて珍しい。敵の急襲と圧倒的な攻勢という混乱極まる自体の中で、戦線を維持しているだけでもフォーツバニア少将の能力の高さが分かる。しかし、それも敵が次の攻勢をかければ味方の戦線は一気に崩壊するだろうと他人事のように僕は思った。
僕が戦況を他人事のように考えざるを得なかったのは、我が艦がすでに護衛艦隊の後方から商船団を率いて離脱しているからである。敵部隊の急襲という事態を受け,臨時教官であるフォーツバニア少将から、実地訓練の任務の変更が申し渡されのだ。護衛艦隊としては、軽戦闘艦が1隻いても戦況に全く影響はないし、ましてや任官前のヒヨッ子准尉では話にならないのだろう。表向き性格のねじれを隠しているマリアは、少将の指示に迅速に対応し、商船団を率いて戦場を離脱した。その手並みはとてもヒヨッ子准尉のそれではなかった。マリア本人がヒヨッ子ではない自負がありながら邪険に扱われたことや戦術研究科生としていわゆる弾丸(実際には光学兵器であるが)飛び交う戦場を離脱させられたことに対して不満に思わないわけがなかった。それ故の「どうするべきか」との質問なのだろう。
「どうすべきかと聞かれましても、我々の前方にいると思われる伏兵を何とかして、商船団を安全宙域まで送り届けるしかないと思いますが」
僕は、そっけなく意見を述べる。
「あら、伏兵なんてどうして分かるの?」
マリアは、さも驚いたかのように聞く。僕は、マリアが後ろの艦長席でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていると確信した。
「敵はあれだけの大艦隊を用意して奇襲したんです。用意周到にもほどがあります。そうすれば商船団を戦線から離脱させない策があってしかるべきです。でも、僕らは戦線を離脱できた。敵がとんでもないうっかり屋さんか、わざと離脱させたかと考えるのが普通です。おそらく商船団を無傷で捕らえることが目的と思われます」
「そうね。それで、伏兵を何とかするってどうするの? 戦術シミュレーションで私が唯一勝てなかったあなたの策が聞きたいわ」
マリアは、甘く挑発するように言った。台詞が違えば、誘惑されていると勘違いしそうな声である。
「策といっても大した…」
と良いかけた僕の脳内に女の子の声が響く。
『マスター、デレデレしてる』
なぜか拗ねたような声でミミが言う。
『ミミの勘違いだよ。報告かい?』
電気パルスを読み取れるミミが勘違いする訳はないのだが、思わずそう言った。
『うん。この先の待ち伏せできるところと待ち伏せの人数とどうしたらいいかを調べて5つくらい作戦を立てたよ』
『ありがとう。早いね。さすがだね』
『うん。マスターのためだもん。あと、さっきの宇宙かいぞくたちの動きも調べたよ』
『良い子だね、ミミは』
『うふふ、私マスターだいす「ビー!!」』
ミミと一瞬のやり取りをしていると、仮想ディスプレイ上に艦長から緊急呼出しがかかる。
思わず艦長席を振り返ると、マリアが獰猛な肉食獣が獲物を見つけたときの笑みを思わせる表情で手招きしていた。僕は、急いでオペレーターの任務をミミに任せるよう設定し、艦長席に向かった。僕は全身にびっしょり冷や汗をかいていた。
拙いお話を読んでいただきありがとうございました。