B-2.おじいちゃん軍曹の案件
「少尉、失礼します」
中肉中背の男性が、マリアの執務室に現れた。顔の深い皺や髪を覆う雪を見れば、もう初老と言っても良い年代である。しかし、実年齢はまだ40代である。
「ご苦労さま、トレンス上級軍曹」
マリアは立ちあがって敬礼を返し、中隊No2であるアーマンド・トレンスを迎えた。
「実は、ご相談申し上げたいことがございます」
トレンスはゆっくりした口調で述べる。それがまた「おじいちゃんっぽさ」を助長しているのだろう。本人は、新兵が「おじいちゃん軍曹」と陰で読んでいても気にしていない様子である。
「じゃあ、そこに掛けてくれる?」
マリアは応接セットへと促す。
「歴代の隊長には報告を申し上げていたのですが、メディット星系所属の大型輸送船のことです」
「ええ。知っているわ。ずいぶん前に薬事条約違反容疑で臨検した輸送船ね。条約違反はあったけど、大したお咎めはなかった件よね?」
トレンスは細い目を見開いた。見開いても皺が邪魔をしてそれほど大きくならなかったが。
「……はい。禁止薬物は見つかりましたが、使用禁止になった排卵抑制剤を積んだままにしていたということで、メディットでの裁判で船長とその輸送船の所属会社に罰金命令が出ただけでした」
宇宙で子を為さないようにしていた歴史の名残。そのように処理されたのだ。
「ええ。それで?」
「我々は、あのとき渋る当時の隊長を説得しました。あの輸送船は、人身売買に利用されているのではないかと疑っていたからです」
「しかし、少なくともその証拠は見つからず、挙げられたのは禁止薬物の積載だけだったというわけね」
「はい。しかし、あの船は、いわゆる……」
トレンスは言い淀む。
「いわゆる『風俗船』と言いたいんでしょ?」
「はい」
「しかも、宇宙孤児の女性に風俗業務をさせ、子を為させ、生まれた子を奴隷として取引する違法商売をしている疑いが高い。違うかしら?」
「……おっしゃる通りです。しかし、どうして少尉がそこまで」
「ちゃんと仕事してれば分かるわよ、それくらい。部下が疑惑の目で見ている案件だもの」
マリアは微笑んだ後、トレンスを見据えて言う。
「でも、実際に証拠をつかむのは困難よ。おそらくメディット政府の高官が関わっているんじゃないかしら」
「それでも、見逃すわけにはいきません!」
トレンスは、珍しく語気を強めた。
「もちろんそのつもりよ。それで、何か妙案はあるのかしら?」
「それは…… 残念ながら。それで、こうしてお知恵をいただきに参ったわけです」
マリアは立ち上がって席に戻り、コンソールを操作する。
「これは?」
「よく見なさい」
仮想ディスプレイに映っているのは、ID情報の羅列である。
「二つを見比べてみて、違和感はない?」
「あの船の乗船名簿ですね…… 違和感……」
トレンスは、つぶやく。
「あ! 船員名簿に」
「気づいたかしら?」
マリアが操作すると、船員名簿のある部分が拡大される。
「女性船員のうち三人、男性船員のうち一人に違和感があるわ。3年前と現在で、IDナンバーも名前も出身地も同じなのに年齢に変化がない船員がいる」
「確かに。しかし……」
「ええ、記載間違いはよくあること。でも、薬事条約違反の前例があるから、臨検捜査は可能よ」
「少尉。……ありがとうございます」
トレンスは立ちあがって深々と頭を下げる。
「頭を上げて頂戴、トレンス上級軍曹。まだ仕事は何も始まってないわ。周到な準備をお願いするわね」
トレンスは、去り際に敬礼をする。上級軍曹になって心底から敬意を込めた敬礼をするのは、初めてだったかもしれない。見た目は孫のような世代であるが、そんなことは全く気にならなかった。
この日、マリア中隊の一般兵の噂の中に、「スキップするおじいちゃん軍曹」という怪談が増えた。




