B-1.戦乙女の迷い
マリアは、迷っていた。
これまでの人生で、こんなに迷ったことはないというくらいに。
ショーンが、惑星出身者との恋愛・結婚について、子を為して、その子を不運な目にあわせることへの抵抗感を語ったときでさえこのような動揺はしなかった。もちろん、そのときも金槌で頭を殴られたような相当なショックを受けたが、ショーンへの思いに迷いは生じなかった。むしろ、この困難をどう乗り越えてくれようかと密かに闘志を燃やすこととなった。ショーンはもちろん、そんなことに気づかなかっただろうが。
マリアは、元部下の反乱を鎮圧する役目を担って戦場に向かっていた。その最中、マリアはこの反乱の真実を知ったのである。
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マリアは少尉に任官後、半年の研修を経て、辺境と呼ばれるマジェッタ星系に赴任していた。
惑星連盟で辺境というのは、植民の最前線の意味でもある。マジェッタ星系には、恒星マジェッタの第2、第3惑星がハビタブルゾーンにあり、それぞれ居住惑星化がなされ、植民が進んでいた。植民は一大事業である。近隣星系が国家を上げて植民惑星の開発に臨む。開発に成功すれば、経済効果の大きさは莫大なのだ。当然、金が絡めば問題も起きる。武力衝突から脱法行為まで様々な困難や悪事がそこには介入する余地がある。
惑星上での問題は、その当事者が所属する星系国家の管轄であり、惑星上で異なる星系出身者同士の武力衝突が起きた場合には、まずは星系国家間の外交問題となる。しかし、一歩宇宙空間に出れば、違法行為の取締まりはマリアが所属するマジェッタ方面分艦隊の管轄だった。
マリアが、与えられた仕事は広範で、軍隊と宙域警備と警察と税関を足して1で割ったような仕事である。つまり、最前線で起こるすべてのことに対応するのが仕事なのだ。マリアのもとには、200人の一般兵が配属されていた。この200名で、第二惑星メルビルの開発に伴う宇宙空間での問題に対処している。
マリアは、ここに赴任する際、一抹の不安があった。それは、自分のやり方が部下に通じるかとの不安である。通常、少尉は任官後数年後には、別の任地に転任する。その間、問題がなければ転任に伴い、中尉に昇格する。ましてや、部下は、宇宙孤児が大半を占め、宇宙空間での技術はヒヨっ子少尉にかなうはずはない。だから、最初の赴任地では、問題を穏便に収め、無難にやるというのが職業軍人の処世術だった。
当然、マリアには無難に過ごそうとの考えは毛頭なかった。マリアにとって、仕事は全力を打ち込むものであり、少尉だからとか、辺境だからとか、そんな言い訳を自らに許すことはありえなかった。マリアの不安は、普通の少尉とは考えが違うことを認識しており、そのうえで意味ある成果を残さねばならないとのプレッシャーゆえに、起こるものでもあった。
結果的にいえば、マリアの不安は杞憂に終わった。マリアの事務処理能力、折衝能力のの高さを背景に、部下に大きな権限を与え、マリアは要望や問題について積極的解決に徹したのである。
マリアは着任直後、補佐の軍曹たちを集めて最初の指示を出した。
「私は経験も足りないし、現場においてあなたがたが持っているほどの能力もない。実務はすべてあなた方に任せる。しかし、私は印鑑をつくだけの軍人ではない。事務処理と折衝が私の仕事だ。だから、あなた方に要望があればどんなに小さなことでも上げてほしい。問題案件についても相談してほしい」
指示は簡潔だった。これが補佐の軍曹たちに好印象だった。これまでの腰かけの少尉は、上との折衝を避けたいがために、要望をもみ消すような輩が多かったのである。そして、実際に、仕事が回り始めると、マリアの能力の高さが遺憾なく発揮されていった。要望は次々と実現され、発想の転換による工夫も多岐にわたった。加えて、マリア自ら、一般兵のもとに動き、話し、不満を聞くということまで日常的にやってのけた。着任3カ月で、部下の士気が異なってきた。宇宙孤児の英雄であるショーン・ヒルガが、マリアの長所ををインタビューで美辞麗句に包んで上げ連ねたことも影響したのかもしれない。名実ともに「マリアの中隊」と呼べる状態になっていた。
そんな折、ある問題案件が持ち上がったのである。