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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
幕間
23/55

幕間最終話 宇宙艦隊

幕間の最終話です。

カルマンとソフィアは、沈黙を続けていた。


「私も実際に戦場に立ち会った。このまま今の方針で艦隊を強化しても、あと10年で宇宙海賊以上の実力を持つ敵に対抗できるとは思えないわ。外敵に対応するための戦略なんか全くないし、上層部は権力闘争しか考えてない者も多いし、士官には、出身星系間の派閥もあっていざこざがまだまだ絶えない。一般兵士の不満は爆発寸前で、また、いつ内部から反乱が起きてもおかしくない状況。こんな調子では、外敵と戦えるようになるまで1世紀かかるわ。100年かかるものを10年に縮めるとすれば、ショーンとミドリに力を発揮してもらうしか手段はないと私は思うわ。でも、宇宙艦隊がこんな状態ではそれが困難だということも知ってる。だから、私が道を切り開く。パパが協力してくれなければそれでもいいわ」

マリアが訴える。カルマンは目をつむってじっと聞いていた。


 おもむろに目を開けて、カルマンはマリアを見る。


「我が娘に苦労をさせたくはなかったのだがな。どうやら私も布石を打つだけでは済まなくなりそうだな」

カルマンはそう言って、ソフィアを見た。


―――――――――――――――


 カルマンは、無難な事務屋と陰口をたたかれているが、カルマンの存在がなければ、宇宙艦隊は崩壊していたのではないかと言われるほどの功労者である。カルマンは、現宇宙艦隊総司令のエルネスト・リシュパンをはじめとする制服組幹部と同じく宇宙艦隊第三世代と呼ばれる。

 

 宇宙艦隊は、惑星連盟所属の常備軍となった当初は、各地から宇宙空間で戦える艦と人材を寄集めただけの存在であり、形のみの軍隊だったと言われる。これを変えたのが、「ライオット・スターズ」と言われた執行部を率いたグリム・クラフトや、白兵戦において伝説的な戦功をあげ、一般兵の訓練法を築き上げた宇宙孤児の英雄ミハイル・アズマなど宇宙艦隊第一世代と呼ばれるカリスマたちである。伝説的なカリスマの華々しい活躍によって宇宙艦隊の地位は向上し、同時に現在の惑星連盟の体制を築くきっかけとなった。


 大規模反乱が減少すると、軍人は個人的な活躍の場を失う。そのようにして伝説的なカリスマの時代が過ぎ去ると、技術者の時代が訪れた。彼らは宇宙艦隊を軍組織として整えた。装備の標準化がおこなわれ、規則が明文化され、制度が設けられ、人材育成機関が設立された。彼ら技術者は宇宙艦隊第二世代と呼ばれた。


 第一、第二世代によって基礎が築かれた宇宙艦隊だったが、その後、大規模派兵を経験することなく数十年が過ぎた。もちろん、小規模反乱の鎮圧、補給基地の建設、宇宙災害による救援活動、宇宙災害の予防、宇宙空間における治安維持活動など任務はひっきりなしにあり、惑星連盟及びその傘下にある星系国家にとって宇宙艦隊の存在意義は大きなものとなっていった。その一方で、士官に目覚ましい活躍の機会は減り、執行部は官僚化が進んでいった。官僚化に伴い、政界を巻き込んだ軍内部での権力闘争が激化し、士官の腐敗も進行していった。士官と一般兵との反目、対立も目立っていく。この対立をさらに激化させた要因は、一般兵に占める宇宙孤児の多さだった。アズマによって確立された一般兵訓練は、宇宙空間での戦闘や作業を重視するものだった。それゆえ、惑星出身者が宇宙孤児に比べて訓練によって脱落する率が高く、次第に宇宙孤児率が高まっていったのである。


 反乱の芽はあちらこちらで見られた。後方の安全な場所で命令を下し、自らは権力闘争に明け暮れ、私腹を肥やす惑星出身者の軍官僚。現場で危険な任務を担当する宇宙孤児。しかし、一般兵である彼らの待遇は改善されない。きっかけがあれば、暴発は必然だった。そんな時、彼らへの差別をあらわにする事件が起こった。


 商船団や輸送船が恒星系間を行きかうようになると、小惑星帯などに半民半官の補給施設ができるようになった。建設を担うのは宇宙艦隊の一般兵であったが、補給基地の建設は、宇宙孤児が担う任務の中でも危険極まりないものと言われていた。当時、辺境に位置したミレイス宙域にも補給施設が建設される計画があった。すでに計画段階で、この宙域には、隕石群の衝突が予想されていた。しかし、戦略的観点から、ここに補給基地を建設しておく必要があったと言われている。宇宙孤児たちは、引っ切り無しに降り注ぐ小隕石を防ぎながら、建設に当たった。今日作ったものが、次の日には隕石によって破損しているような状況の中、当然予定されていた工期は延び延びになっていく。そこに、物資補給という名目で監察官がやってきた。監察官は、宇宙建築工学にも宇宙物理学にも心理学にも精通しておらず、最悪なことに惑星出身組の軍官僚だった。監察官は、工兵の作業を視察して、先入観のままに宇宙孤児のサボタージュだと考えた。これ以上の遅れを許さないとの指示を残して、早々に去った監察官は、現場に重大なことを伝え忘れていた。よりによって接近中の中規模隕石群の進路予想とその対応策だった。この能力の低い軍官僚は、自らの失念が発覚することを恐れ、虚偽の報告をした。そして、その結果、多数の宇宙孤児が犠牲になったのである。これまで惑星連盟は、この種の事件をもみ消してきた。しかし、この「ミレイスの悲劇」はもみ消すことができなかった。アズマの曾孫が犠牲者の中に含まれていたからである。


 宇宙孤児の反乱は必至だった。あちこちで一般兵のサボタージュが行われ、上司が命令違反で拘束を命じても、逆に上司が拘束されそうになる事態が各地で起こっていた。あとは、どこかで反乱が起これば、連鎖的に反乱が起き、宇宙艦隊そのものが崩壊しかねない状況にあった。これを防いだのが、宇宙艦隊第三世代と後に呼ばれる改革派だった。改革派の中でも、軍務省事務局付少佐だったカルマンは、奇抜なアイデアで反乱の危機を乗り切った。それは、世論を背景に90歳を超えたアズマを軍務省事務局長代理に迎え、軍改革の旗頭に据えたことである。電光石火のスピードだった。この作戦の実現を、議会側から後押ししたのが、ヴァルター・フォーゲルト評議員。つまり、ソフィアの父だった。


 評議会内の軍事委員会ではヴァルターが、軍務省ではカルマンが、軍内部では派閥に属していなかったエルネスト・リシュパンが中心となり、改革が進められた。宇宙孤児の待遇の改善、一般兵からの士官登用の拡大、贈収賄の徹底した取締まり、公益通報制度の創設など宇宙孤児の不満を抑制すると同時に軍官僚の勢力を削ぐ改革を矢継ぎ早に実施した。権力闘争に明け暮れていた海千山千の軍官僚が手も足も出ないほどのスピードだった。アズマのカリスマ性を利用し、アズマ・ドクトリンに基づく改革と印象付け、世論を味方につけたことも多大な効果を発揮した。


 カルマンは、反乱が起こることを予測し、ミレイスの悲劇が起こる以前から周到な根回しをしていたのである。


―――――――――――――――


「これでも私とエルネストは軍の改革にある程度は成功したのだ。しかし、成功したとはいえ、お前が言ったとおりまだまだ最善の状況にはなっていない。だから、内部に意識を向けすぎてきたことは否めない。我々が外宇宙に遠征に行くのが遠い未来の話であることを根拠として、外敵など来ないと高を括っていた。そこに、今回の宇宙海賊事件が起こった。外敵の可能性を考えはしたが、結局その可能性を排除したのだ。いずれにせよ、現段階で戦略の方向転換を迫られている。そこに、ショーン君とマリア。そして、宇宙海賊…ではなかった。宇宙に住まう者か、彼らを組み込んで考えよう」

「そうね。まだ見ぬ敵とはいっても、私たちの故郷に侵略を許すわけにはいかないわね。私も議会でできることをするわ」

「……ありがとうございます」

マリアが深々と頭を下げた。


 僕は、今後の戦略ついて、自分の考えをいくつかのポイントに絞ってカルマンに伝えた。いずれ、マリアを中心に軍内に外敵対策の特務集団を作るにせよ、時間が必要だ。人材を見つけることも必要だし、他者が納得できる功績を上げることも必要だ。全てはそれからだ。もちろん、参謀総長にはできる限りのバックアップしてもらうが、自分で力を発揮できなければ、何も為し得ないにちがいない。


 まずは、英雄を演じ切る必要があるらしい。これまでの生き方と決別できるだろうか、一抹の不安がよぎる。…ふと右手に温かいものが触れる。右手が強く握られた。横を見ると、邪気のない素直な笑顔のマリアがいる。


 僕が向かうのは幸い孤独な戦いではない。そう思い直し、僕は右手を握り返した。

 

拙いお話を読んでいただき、ありがとうございます。


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