幕間3 良将の器
カルマンは、その一言を言ったきり押し黙った。
あれ?僕が何か反応しないといけないのか?
カルマンを見ると、もう役割を終えたような顔をしている。
「あなた、それだけじゃ何も分からないわ。いつも言ってるでしょう。言葉を尽さないと理解してもらえないって。」
「パパは相変わらず、伝えるのが下手よね。キース副参謀長の苦労がしのばれるわ」
妻と娘からさんざんに言われるカルマン。何かすごくかわいそうに思えてくる。
「参謀総長がおっしゃる英雄の意味と、申し訳ないとおっしゃった意味を教えていただけますか?」
思わず助け船を出してしまう僕。
「ああ。今回の事件では、我が軍に少なからぬ犠牲が出てしまった。艦隊戦の経験豊富なフォーツバニア少将を当てたにもかかわらず。」
「なるほど、負け戦による世論の非難を逸らすために英雄が必要だとおっしゃりたいわけですね」
「まさにそのとおりだ」
人懐っこい笑顔を浮かべるカルマン。ずいぶんイメージと違う。
「失礼ながら、参謀総長。負け戦と言っても二倍の敵の奇襲を受けながら、艦艇損傷率が三割弱で済んだと聞いています。それであれば、犠牲を最小限にとどめたフォーツバニア少将の指揮能力の高さをアピールすれば足りるのではないでしょうか。帰還した兵たちの証言も得られるでしょう」
「ああ、確かにそうなんだが、今回はそうもいかなくてね」
「はあ。問題はどの辺にあるのでしょう?」
カルマンは、助けを求めるようにソフィアを見る。
「ショーン君。今回の敗戦だけど、敵は何と呼ばれていたか知ってるわよね?」
ソフィアが代わって問いかける。
「はい。『宇宙海賊』ですね。……ああ、なるほど。ネーミングが先行したせいで、話がややこしくなっているということですね。」
『宇宙海賊』と思っていたら、相当に連度の高い艦隊を持った敵でしたというのが事実だが、事実を知らなければ、正規軍が海賊ごときに負けたということになるわけだ。いくらフォーツバニア少将の指揮能力の高さをアピールしても下位の敵に負けたのであれば役に立たない。じゃあ、外敵だったと公表すればいいのかというと、敵の正体は全く不明の現状である。それはそれで、なかなか微妙な問題となる。
「そのとおりよ。でも、負け戦の中で二つだけ明るいニュースがあった」
「商船団の帰還と人質の救出ですね」
ソフィアは微笑む。
「それに、明日にはフォーツバニア艦隊も帰還するわ。軍に関する報道は一定程度は統制できるけど、悪い情報ほど漏れる。マスコミはもうある程度情報をキャッチしているはずだし、負け戦を隠し通すことはできない。情報を無理やり統制してゆがんだ形で情報が漏れて、微妙な問題を引き起こす最悪の情報まで漏れてしまうなら本末転倒でしょ。だから、マスコミには十分に情報を流す必要があるの。」
「なるほど。慧眼だと考えます。今回の場合は、<『宇宙海賊』と呼んでいたものが正体不明の外敵だったということ>が微妙な問題を引き起こす最悪の情報というわけですね」
「ええ。これについては高度な政治的処理が必要な問題なの。だから、一時的に宇宙軍の実力に疑問を呈されたとしても、宇宙海賊ごときに負けたということにしなければならない」
「だからこそ、美談が必要というわけですね。ただ、マリア先輩の方が、マスコミ受けも良いし、美談にふさわしいのでは?」
「もちろん、マリアを中心とした宇宙大学校生チームの活躍という話になるわ。ただ、ショーン君以外の3人は、もうすぐ任官するからマスコミの標的にならずに済む。でも、あなたはあと1年学生を続けなければいけない。あなたは、身分は軍に所属しているけど、軍人よりもまだ行動の自由がある。だから、マスコミの標的になるのはあなたよ。宇宙孤児の少女を救った秀麗な宇宙孤児。一般受けしそうでしょ」
「はあ、そういうことですか……」
「もちろん、マスコミ対応は軍が全面的に引き受ける。苦情も要望もできるだけ聞きたいと思っている。ただ、マスコミに顔が知られるということは、たいへんなことだ。今後、軍人としての人生に多大な苦労をかけることになる。しかも……」
カルマンが何を言い淀んだのか、簡単に予測できた。
「しかも、僕は宇宙孤児ですからね」
「ああ、そうだ。軍隊という組織は、人間の醜い部分が投影される。特に嫉妬という奴は、どうにも厄介なものだ。ただでさえ、差別意識の抜けきれない輩が大勢いる中で、君をそいつらの嫉妬の対象にしてしまうことになると思うと申し訳ないのだ。報告を聞いているが、君がいなければおそらく今回娘は帰ってこなかっただろう。恩に報いるどころか、仇で返してしまうことになりかねない」
カルマンは、沈痛な面持ちで語る。僕は、カルマンが軍人にしては珍しい感性の持ち主なのだと素直に感心する。本来、軍の上層部であれば、英雄にしてやるんだからありがたく思えと言ってもいいはずである。この辺りが、この人の指揮官としての魅力なのかもしれないと思った。
「私なんかを心配していただいてありがとうございます。私にできることは、与えられた環境でやれることをやるだけです。英雄役がうまく務まるかどうかは自信ありませんので、失望したという苦情がきても知りませんよ」
僕は努めて明るく言った。
今回の実地訓練に参加するまでは、任官後にそんなややこしい事態になれば退役してしっぽを巻いて逃げることもできたのだが、ミドリと関わり、近い将来の脅威を知ってしまった手前そうもいかなくなってしまった。だから、何があっても自分がやるべきことはやらなければいけない。僕はそんな思いを抱くようになっていた。
「君は大人だな。私が君の年齢のときには、そんなことは思いもできなかったに違いない。…そうだ、現時点で何か望みがあったら言ってくれ。できる限りのことはしたい」
「……では、お二人のお時間をもう少しいただけますか?」
「ああ。別に構わないが」
カルマンは、ソフィアを見やり、二人ともうなづく。僕はマリアに目配せをする。マリアは意図を察してくれたのか大きく頷いた。
僕は、ひとつ深呼吸をしてこう切り出した。
「参謀総長、フォーゲルト先生、今回の敵の正体をお知りになりたいですか?」
拙いお話を読んでいただき、ありがとうございます。