幕間2 戦乙女の揺り籠
駐車場に車を滑り込ませると、憲兵と思われる兵士が入口に立っている。マリアと二、三言葉を交わすと、道を開けた。車は、一般駐車スペースではなく、地下に下りていく。
「今日は、VIP用から入る必要があるらしいわね」
「先輩は、いつもではないんですか?」
「こんなところに頻繁に来ないわ。ここに来たのは2回目よ。その時は一般入口からだったし。公私混同は趣味じゃないのよ、私も父もね」
「はあ。そんな人が、わざわざVIP用から来いということは、何かを警戒しているんですかね」
「マスコミでしょ」
「マスコミ?スキャンダルを狙われてるんですか、先輩」
「何を言っているのよ。狙われてるのは、あなたよ」
呆れたような口調でマリアが言う。
「はい??」
なぜ僕が狙われないといけないのか。僕のプライベートを覗き見て喜ぶ奴なんか、いるわけないだろう。
「あなたのそういうところ、つまり、自己評価を気にしないところは、長所でもあるけど、時に短所でもあるわね」
「それは、そうなんでしょうけど。本当に、僕には覚えがないのですが」
「……まあ、じきに分かるわよ」
僕らが駐車場に入ると、後方のシャッターが閉まる。駐車場には、高級車の展示場かというほどたくさんの高級車が駐車されている。ナンバーも、特殊ナンバーが多い。強面の運転手が車内待機している車も多い。さすが、VIP用駐車場ということか。
エレベーターで最上階近くに上がる。おそらく、一般のエレベーターからは、行けないようになっている階なのだろう。あっという間に到着するのに、ほとんどストレスを感じない。惑星出身者には違うかもしれないが。
扉が開いた。そこには、ストレートの長い黒髪、目鼻立ちのはっきりした美人が立っていた。宇宙孤児に独特の黒目だ。くすんだ紅色のスーツを着ていて、背は低いがマリアに負けないくらいのプロポーションと一目でわかる。年齢は、30代前半といったところか。参謀総長の秘書なのだろうか?
「ようこそ、若き英雄さん。そして、久しぶりね、私のマリア」
穏やかな微笑みを浮かべて僕に告げ、そしてマリアに告げる。私の?
「久しぶり。元気そうで安心したわ、ママ」
僕は「ママ?!」と声を上げそうになるのを辛うじてこらえ、差し出された手を握る。
「あ、初めまして。私は、ショーン・ヒルガと申します。宇宙大学校工廠科の3年生です」
「初めまして。ソフィア・フォーゲルトです。惑星連盟評議会議員よ」
「そして、私の母親よ」
マリアが付け加える。
「娘が迷惑をかけていて、ごめんなさいね」
「はい!あ、いえ、先輩には様々お世話になっておりまして」
爆笑するソフィア。笑い声は、マリアに似ているかもしれない。
「マリア、あなたやっぱり迷惑をかけているのね。ショーン君、ごめんなさいね、この子まだまだ人に対して不器用なところがあるから。悪気はないのよ。」
「いえ。とんでもない」
「悪気はない」のところに反論した形になる。考えてみれば、案外間違ってはないのかもしれない。
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。パパの時間がなくなるわよ」
「そうだったわね。案内するわ」
ソフィアとマリアの会話を聞き流しながら、二人の後ろを歩く。マリアの父母は離婚しているのではなかったか?一緒に会食?一体何のために?自宅でないのはどうして?僕が呼ばれた理由は?考えても分からない疑問が浮かぶ。僕は、思考を放棄する。理由はすぐに分かるだろう。
部屋の前につく。ソフィアはノックもせずに扉を開けた。奥に座っているのが参謀総長クリスティアン・カルマンだろう。ん?なんかすごい厳かな格好をしている。式典服?ソフィアがツカツカと足早に歩み寄り、ちょうど立とうとしたカルマンを無理やり立たせ、奥の扉へ押しやり、自分も入って行った。かすかに声が聞こえる。「だって、娘が男を連れ…」「いいから着換えなさい」「でも…」何かを叩いた音。
「ごめんなさいね。少し待っていてもらえる?マリア、お茶をお出ししてね」
ソフィアが顔だけを出して言い、また扉が閉まった。マリアをみると、肩をすくめた。ご覧のとおりよということか。
待つこと10分。ようやく、カルマンが出てくる。今度は、スーツに身を包んでいる。線は細いが長身によく似合う。軍人ではなくどこかの大学教授といわれる方が似合っている。でも、よく見ると目尻に涙を浮かべている。ちょっと緊張がほぐれる。
「ようこそ。ショーン・ヒルガくん」
カルマンは、少しばつが悪そうな笑顔で手を差し出す。
「いえ、お招きいただきありがとうございます。参謀総長」
両手で手を握り返し、挨拶をする。
「お見苦しいところを見せちゃったわね」とソフィア。
「いえ、仲睦ましいとはこのことを言うんだと思いました」
「なかなか、本質を穿ってるな」とカルマン。
ソフィアがカルマンを睨み、カルマンはシュンとなる。参謀総長のイメージが、父親の威厳が、崩れていく。同情の気持ちが生まれてくる。
「パパ、時間無いんでしょう」とマリア。
「ああ、さっそく食事をしながら話をしよう」
カルマンが気を取り直して言った。
出された食事はスタンダードなものだった。特に作法を気にする必要がない。しかし、カルマンはパンの屑をぽろぽろこぼしたり、ステーキが切れにくかったらしく、ソースを飛ばしたりと、まるで子どものようにソフィアに世話をされていた。マリアはそのたびに肩をすくめる。
食事の間は、世間話やマリアの生活ぶりについての話題が中心だった。僕には昔の記憶になっているが、家族の会話というのはこういうものだったような気がする。僕は、後から文句を言われないように、マリアをほめたたえておいた。帰った後どっと疲れるような気がする。食事が一段落し、コーヒーが出される。
そして、カルマンはおもむろに話を切り出した。
「ヒルガくん。申し訳ないが、君には我が軍の英雄になってもらわねばならない」
本当に申し訳なさそうに僕に告げた。
拙いお話を読んでいただき、ありがとうございます。




