幕間1 お楽しみと言われて楽しめたことなどなかった
「食事に付き合ってもらうわ」
あのとき、僕が伏兵をミミに乗っ取らせる作戦を許可してもらったときに、交換条件としてマリアが提示したのがこれだった。僕は、いつも断りもせず食堂の僕の前の席を陣取り、友人が僕の前で食べていると、穴が開くんじゃないかというくらいの鋭い眼光で友人を睨みつけ、友人がそそくさと立ち去ると、何もなかったようにそこに座るようなマリアが、食事に付き合ってもらうと態々明言した意味を僕は深く考えていなかった。
僕は、よく鈍感などと言われる。女性の気持ちに疎いのは確かではあるが、マリアが女性として僕にアプローチしてきているのはさすがに気付いている。半分は僕をからかう気持ちがあるのだろうけど、それも彼女の「お気に入り」に対する愛情表現なのだろうと思う。ただ、物事はそんなに簡単ではないのだ。
宇宙孤児であるということは複雑だ。僕はその複雑さを、諦めて受け入れながら、一つ一つ検討することで思考力が鍛えられてきたのだという自負がある。もちろん、独りでウジウジ考えるより、他者とふれあい、ぶつかりながら問題を乗り越えていく方が精神的には成熟するだろうことも知っている。でも、それに気付いていることと、できるということは全く違うのだ。マリアが僕にアプローチをかければかけるほど、僕の宇宙孤児性みたいなものが強烈に意識される。そのたびに、僕はその痛みから逃げる。逃げても逃げても、逃げられないのに。
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宇宙で人は長く生きられない。近恒星間航行手段が確立し、星系を単位とする国家が形成され始めてもなお、これが人類のテーゼだった。惑星移住世代にとっては、宇宙で生まれた子孫が生き残らなかったことが相当の心的負担となったと思われ、宇宙で子が生まれないようにすべきだとの考えが大半を占めた。これのために、航行者に対する様々な手段が試みられ、中には非人道的なものもあったと言われる。それでも、航行技術が大幅に進歩し、内乱や戦争が宇宙空間に拡大する時代を迎えると、宇宙孤児が生まれるようになった。
宇宙空間に長期滞在することで子をなし、宇宙空間で出産する事例が多数見られるようになったのだ。宇宙孤児の不運は、親がずっと宇宙空間で生活することは心身の健康上不可能であり、宇宙で生まれた子が地上で生きられるようになる技術も未発達なことだった。「親が地上に帰っても、宇宙で生まれた子が幸せに育つ環境を」という親たちの願いが叶って、というよりは、退役軍人会と人権保護団体との極めてまれな共闘により、異例の早さで宇宙孤児保護条約が当時の星系国家間の折衝機関であった惑星連盟において採択された。この2つの相容れない団体が共闘したのには訳がある。宇宙孤児には、2つの大きな特徴があった。一つは、宇宙空間での生活維持能力に長けていること、もう一つが、なぜか目鼻立ちの整った子が多く生まれるということだった。この2つの特徴から、宇宙孤児の人身売買が盛んに行われたのである。退役軍人会にとっては、宇宙孤児が主に軍人の子であるという感情的な問題だけでなく、宇宙空間における大きな戦力として宇宙孤児に期待し、人権保護団体にとっては、奴隷や人身売買は唾棄すべきものだった。
こうして、宇宙孤児には連盟の保護政策が手厚く施されることになった。当然、宇宙孤児は軍人になるもの、商船団で働くものが大半を占め、連盟の維持発展に大きく貢献した。宇宙孤児が世代を経るごとに、地上で生活できるような支援技術や宇宙孤児自身が里親になる制度などができあがっていった。しかし、長年にわたってタブーだった存在であることに加え、国を持たぬ者である宇宙孤児は、謂われなき差別を受けることが多かった。それは根深く、宇宙孤児は、今も惑星出身者からは有形無形の侮蔑の眼差しを受ける。
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僕がリビングでそんな考え事をしていると、2階からマリアが下りてきた。いつもデートと称して僕を荷物持ちに連れていくときの、ファンクラブの奴らが見たら卒倒するような露出の高い格好ではなく、シックなワンピースを着ていた。何というか、何を着ても似合う人っているよなと感心する。
「清楚な格好もお似合いですね、マリア先輩」
「あら、ショーンはこういう格好が好きなの?」
「ええ、好きですね。好きといっても僕が着るわけではありませんからね」
「そうね、考えておくわ」
どっちを考えているのだろうか。自分が着ることか、僕に着せることか。
「何を着ても、この人のためにあつらえたものという感じがするんですね、マリア先輩は」
「あ、ありがと。やけに褒めるじゃない。今日は」
「そんなことありませんよ。それにしても、僕もちゃんとした格好をしろっていうので、スーツを着ましたけど、どこに行くのでしょう?」
「それは、着いてのお楽しみね」
「はぁ、その答えを聞くたびに、よからぬ想像を掻き立てられるようになりましたよ」
「じゃあ、デートに行きましょう。ちなみに今日は、眼鏡も疎通機器も禁止ね」
「…分かりました。」
ミミの機嫌が悪くなりそうだが、仕方ない。今度、ミミのお願いを聞くとしよう。
マリアの運転する車でしばらく走る。この街は、軍関係施設が集中している。都会に出るには、地下を走ることになる。しかし、マリアは、地下道の入口には向かわず、そのまま軍施設の中心に車を走らせる。なんかいやな予感がする。マリアもいささか緊張している様子で、今日は口数が少ない。
「着いたわよ」
「ここって」
「ええ、宇宙軍の統合作戦本部ビルよ」
「食事では?」
「そのとおりよ」
「ここで?」
「そう」
「誰と?」
「……父よ」
はい?あなたの父って、参謀総長じゃん!何で僕を連れ来るの?!
「父が、会いたいらしいのよ」
「しばらく会ってないんですか?」
「いや、あなたに、よ」
「ははは…はい?」
もうどうにでもなーれという気持ちが乾いた笑いになった。僕は、どうか今日は恥辱を受けませんようにとだけ、恒星ヴァレに祈った。
拙いお話を読んでいただき、ありがとうございます。




