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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第1章 宇宙孤児の憂鬱
18/55

18.帰還と旅立ち

第1章はここで一区切りです。

僕は、新居(・ ・)に帰ってきた。


もう一生分の神経を使った。しかし、もう一生こんなに自分の頭と身体をコントロールすることはないだろう。マリアに付き合ってこんな目に遭う度に思うことを今日も思う。また、数日間は胃痛とともに過ごすことになるのだろう。


『ミミ、ミミ』

『なあに?マスター』

ああ、癒しの声だ。しかもミミはちょっと上機嫌だ。


 あの後、道々、ミドリから敵のことを聞き、こちらのことをミドリに打ち明けたのだ。全てを語るには時間が足りなかったが。こちらから打ち明けたことの中には、当然、僕の出自と使った力のことが含まれた。僕の力といっても、それはミミそのものだ。だから、ミドリにミミを「紹介」したのだ。意外にも、二人の少女の話は弾んだようで(僕にはどのような言語でどんなやり取りがあったのか全く分からなかった)、それからミミはすごく上機嫌だ。

『機嫌がいいね、ミミ』

『うん!だって、今回マスターのお役に立てたし、これからも役に立てるもん!』

ああ、なんていい娘に育ったのだろうか。やはり宇宙空間での非行化は幻想だったのだ。戦いは人の心を荒ませるというのも納得できる。まだ10歳の少女に戦場はきつかったのだ。そうに違いない。

『あの年増からマスターを守る方法もミドリから教えてもらったし』

『な、何聞いてんの?!』

っていうか、僕のミミに何を教えてんだ。あの宇宙人め。

ミミには清らかに育ってもらいたいのだ。しばらくミドリとの接触を禁止しようと心に固く誓った。


「宇宙人で悪かったな」

背後から別の少女の声。ミミに比べて少し低めの透き通るような声だ。憮然とした表情を浮かべているのが見なくても分かる。ミドリが入ってきたのだ。

「なるほど、お兄ちゃんは、私の声がお気に入りか?妹の声に欲情するとは、とんだヘンタイだな」

誤解のないように言っておくが、好きでミドリと兄妹役を演じているわけではない。決して「お兄ちゃん」なんて呼ばれて喜んでるわけじゃないからね!というのは本当に冗談で、マリアが用意した設定のせいなのだ。あの後、ミドリを我が艦に移し、マリアは驚愕の設定を告げたのだ。

「ミドリさん、ここではその設定はやめてくれませんか」

「断る」

「なぜに?」

また変な疑問語が口をついて出る。

「ショーンは、この設定でないと私にため口をきかぬだろう。それにこの設定を気に入っておる。『半数を失った我が艦隊は逃走し、逃げ遅れた艦からそなたらの艦が救難信号を受け、見捨てるのも軍規に反するため、救助に向かった。その艦内には、宇宙海賊に攫われた宇宙孤児と思われる少女がいた。少女は、駆け付け救助してくれたショーンが生き別れの兄であると言い張り、兄であることを否定しても聞き入れない。症状が安定しない失語症もみられ、精神的ショックが大きいと推測される。』ふむ、なかなか面白い設定ではないか」

「もういいですよ。やっているこっちはヒヤヒヤものでしたよ。…話を戻しましょう。知りあって間もない人で、しかも他国のお偉いさんにため口をきけるほどの無謀さは僕にはないんですよ」

「では、その他国のお偉いさんの機嫌を損ねないために、この兄妹設定を貫くか、そのバカ丁寧な口調をやめるか、どちらかを選ばせてやろう」

なんて悪辣な!というほどのこともないので、僕は後者を選んだ。

「わかったよ。…ミドリ」

「うむ、それでよい。ともあれ、これから長い間になると思うが、世話になる。」

「こちらこそ、色々迷惑かけるけどよろしく」

ミドリは、初めてニッコリと笑った。春風が吹いたかのようなさわやかな笑顔だった。


――――――――――――――――――――――――――


その数時間前、校長室を出た途端、マリア、ベルタ、ミドリは爆笑した。


「ああ、ショーンは、本当に最高ね」

マリアが言う。ほかの二人は笑いがおさまっていない。

「何がですか、全く。先輩たちと一緒にいると、この世の恥辱をすべて味わうことになるのではないかと思いますよ」

「あら、私は辱めようなんて思っていないわよ。いつも冷静沈着なショーンが、どんな場面で慌てふためくかを試したいだけよ」

「ほんとに悪趣味ですね」

「私にとってはほめ言葉よ」


 そう、僕らは帰着時身体検査を受け、その後直属の上司となる宇宙軍大学校の校長に帰還を報告し、戦闘の顛末について事情聴取を受けていたのだ。マリアたちが笑っているのは、身体検査時のことである。ミドリは完ぺきな演技をしていた。僕を「お兄ちゃん」と呼び、精神的ショックで退行したかのように振舞っていた。ミドリは、僕から離されようとすると泣き叫び、手をつけられない駄々っ子だった。それがいけなかったのだ。設定を作ったマリアも悪いし、演技を教えたミミもやりすぎたし、ミドリも悪乗りしすぎたのだ。そこにベルタが状況をかきまわす。


そして、こんな事態が起きた。


「このままでは検査できませんので、ヒルガさんも一緒に検査室に入っていただけます?」

看護師が僕に対して告げる。絶対に離すまいと僕の軍服の袖をぎゅっと握るミドリ。

「ええ?さすがにまずいでしょう」

「お兄ちゃん、私と一緒にいるのやなの?」

純真無垢な瞳。ミミのホログラミング・フィギュアを見ているようだ。

「嫌じゃないけど、大人の男性はここに一緒には入れないんだよ」

ここで行う検査は、機械検査である。つまり、服を脱がなければいけないのだ。下着も。

ミドリは、本当に演技なのか、いたずら心からやっているのか判別がつかなかった。

「いや!いや!いや!」

叫んで腕を振り回す15~16歳の少女。痛い痛い。看護師さんにも当たってしまった。看護師さんは笑顔?で僕を見る。「つべこべ言わずに、さっさと入れや!このクサレ×××野郎が!」と、一言も発していない笑顔?の看護師さんからそんな声が聞こえた。

「はぁ…じゃあ行くよ、ミドリ」

「はーい」

僕は、とりあえずこの部屋では何も見ないようにしようと覚悟を決めて、検査室(女性用)と書かれたドアの前に立ち、わきにあるボタンを押した。ドアが開きかけた瞬間、聞こえてきた声に僕はまずいと思い、その場から逃げだそうとした。しかし、それは叶わなかった。後ろからすごい衝撃が来たのだ。看護師の足蹴だった。僕は、つんのめり、たたらを踏んで部屋に入ってしまったのだ、マリアとベルタが待機する待合室に。ちなみに、二人とも全裸だった。後方で閉まるドア。二人と目が合う。頭から血の気が引く。これから訪れる悲劇が頭を過ぎり、美しいとか、男性としての興奮とか、そんなことはこれっぽっちも浮かばなかった。


「あら、覗きなんておイタがすぎますわね」とベルタ。

「ほんとに、もうお嫁にいけないわ。責任を取ってもらわないと。そう言えば、結婚するまで男性に肌をさらしてはいけないっていうのがパパの口癖だったわ」とマリア。

じゃあ、ちゃんと隠してください。ていうか、そんなことをあのダンディで知的な人が言うわけがない。くそ、キャーとか言わないところをみると、こいつら分かってやがったな。相手が全然恥ずかしがっていないとこっちが恥ずかしくなってくる。血の気の引いた頭に再び血が上る。僕は思わず後ろを向いた。そこには、着換え始めるミドリがいた。

「何で、脱ぎ始めてはるんですかー!」

僕は、へんな丁寧語で絶叫した。


その後のことはご想像にお任せする。彼女らは責任と称して、もうお婿にいけないようなことを強要したのだとだけ僕は言い残しておきたい。


―――――――――――――――――――――


 検査室では主に僕の貞操の危機があったが、事情聴取は特に問題なかった。


 軽戦闘艦のレコードを設定に合うように変えたのだ。ちょうど僕らがミドリの艦を砲撃した辺りからである。もちろん、ばれれば軍刑務所行きだろうが、ミミに改ざん跡が残らないようチェックもしてもらったので、専門家であっても見破られない自信がある。これも大義のためと自分に言い訳した。僕らが報告するときには、そのデータが既に校長の手元にあるはずだ。


 マリアから報告がなされる。僕は時折まことしやかにうなずき、オペレータとして補足すべきところを補足する。僕の隣にはミドリが座っているというか、僕の右手で遊んでいる。ミドリさん、手のひらを爪でひっかくのはやめて。冷静に報告しているところで、高い声とか出ちゃうから。


 ミドリが同席したことで、ミドリ救出エピソードも、具体的事実として校長には映った様子だった。そして、校長は僕に対して「できる限りのことをしてあげなさい」と言った。確かに、僕が校長の立場でも、退行してしまうほどに精神的に不安定な少女に同情を寄せるだろう。そんな人間的できた校長の良心を利用した鬼畜がいる。


「私が無理を言って、今回の実習にヒルガくんを連れて行ってしまったんです。オペレーターとして適切な人材がいなかったので。ただ、ヒルガくんがいなければ、今回のミッションは達成することができませんでした。彼の優秀な情報処理があったからこそとれた作戦だったと考えます。しかし、無重力下での身体能力に長けたヒルガくんにこの子の救出をお願いしてしまいました。この事態は私の責任です。」

殊勝に反省の弁を述べるマリア。

「君もずいぶん成長したようだね」

騙される人の良い校長。

「今、この子をヒルガくんから離せば、この子はどうなってしまうのか心配ですわ。」

追い打ちをかけるベルタ。

「しかし、退行しているとはいえ、15~16歳の少女をヒルガくんの部屋に住まわせるわけにはまいりません。」

マリアが続く。

「そうだねえ。一時的にどこかで一緒に暮らせるところがあればいいねえ。ヒルガくんもそう思うよねえ」

このおじいちゃんは、どこまで人が良いのか。一線を退いたとはいえ、軍人なのに。僕が間違いを起こす危険性があることさえ想像の範囲外だとは。もちろん、僕は間違いなんか起こさないけどね!

「ええ、少なくとも責任は果たさないとと思っております」

僕は無難な答えを選ぶ。

「あ、そうだ!良い方法がありましたわ。校長の許可さえいただければ」

マリアは、とんでもない提案をしたのだ。大学とは言え、軍学校で受け入れられるはずもなかった。

「それはいい。すぐに許可を出そう」

しかし、その、軍大学校校舎近くにあるマリアの父の第2官舎に、僕とミドリ、そして二人の監視役としてマリアとベルタが住むという提案はあっさりと受け入れられた。ふと横のミドリを見ると、黒いはずのその瞳が緑色に光っていた。


―――――――――――――――――――――


僕は、寮から持ってきた荷物を開封しながらミドリに尋ねた。


「ミドリ、さっき校長に対して何かしただろう」

「ああ、あの老人の同情心を前面に出し思考を鈍らせただけだ」

「ミドリたちは、具体的な思考に干渉できるのか?」

「いや、原理はショーンのAI、名前はミミか。ミミが私の艦隊を乗っ取った方法と同じだ。」

「ミドリに同情したときの電磁パルスを読み取って、それと同質のパルスを放って共鳴させたということか」

「そうだ。しかし、ショーンは応用力があるな」

「これでも研究者志望なんでね」

「ほう、ショーンは指揮官志望ではないのか」

「ああ。何度も言うけど、作戦立案は僕の能力じゃなくてミミの能力なんだよ」

「しかし、作戦を立案させ、取捨選択し、修正を加えるのは将の仕事だ。将は決定者だ。だからこそ、様々なデータを読み取り、即時に解釈する能力がいる。やはり、ショーンは、指揮官の方が向いているような気がするがな」

「まあ、こういう事態になったからには、何でもやるつもりだけどね」


 ミミが戦場で見せた情報処理能力の著しい向上を目の当たりにし、そして何よりミミが嬉々として戦いに臨む姿を見せたことで、僕は、ミミの能力を発揮させてあげたいという気持ちになっていたのだ。


 荷物の片づけをしながら二人で雑談していると、玄関のドアが開く。マリアとベルタだ。


「あら、二人とも仲良いですわね」

ベルタが煽る。

「ショーン、ロリコンでシスコンだという噂を流されたくないでしょ?」

あの看護師の数倍怖い笑顔でマリアが言った。僕は何度もうなずいた。


 マリアはすぐに怖い笑顔を、全てをいつくしむような微笑みに戻した。そして、ベルタ、僕、ミドリをそれぞれ見てマリアは告げた。


「じゃあ、今この場所から私たちの戦いを始めるわよ!」


僕は、そのとき、マリアの笑顔が恒星ヴァレに例えられるのが初めて納得できた。

拙いお話を読んでいただきましてありがとうございます。また、評価してくださった方、お気に入り登録をしてくださった方、心より御礼申し上げます。


作者の成長にお力を貸していただけるという方は、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

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