17.僕という宇宙孤児の憂鬱
僕は思った。
僕らの祖先が地球を旅立って1000年余りが経っている。惑星連盟が現在のように各星系政府との間で連邦制をとることができたのも、宇宙軍が常備軍として整備されたのも、星系間移動・通信技術の進歩という技術的な側面と、星系同士での紛争にかかる戦費がそれこそ天文学的な金額に上る一方で、主に資源分配や経済的側面によって星系単位で引き籠ることができないという事情に由来する。しばしば起こる星系政府間の紛争によって星系政府がいくつかの星系政府間連合に統合されてきたことや、爆発的に増大する宇宙孤児対策が必要だったことも背景として挙げられるだろう。やはり、そこには外敵の関与など一切ない。改めて考えて見るまでもなく、外敵はおとぎ話やゲームの中の存在であり、真面目に議論することなどないのだ。連盟政府や軍の中枢にいる者は、今でも自分たちとは別の人類との交渉、あるいは交戦に対する危機感はないに違いない。画面の向こうの少女が敵と呼ぶとおり、かの人類とは、交渉の余地はないのだろうか。
そこまで考えて、この考えがあまりにも愚かしいことだと思いいたった。一定の実力のない者が蹂躙されるというのは、人類の歴史で明らかだ。もちろん、実力というのは軍事力、経済力、技術力、国民性や政治体制を含めた文化力など総合的なものだが、侵略者を相手取る場合には、まず目に見える軍事力がどうしても必要となる。そうでなければ、交渉のテーブルすら用意できない。
ミドリによれば、我々の軍事力では侵略者に敵対することすら叶わないという。それは、フォーツバニア少将が、ミドリの仲間の艦隊に、ほとんど損害を与えられなかったことで証明されている。では、敵の力とはどれほどのものなのか。協力するのはやぶさかではないにしろ、情報がなければ、僕らが取りうる方法を検討すらできない。
「ミドリ様、」
『堅苦しいぞ。ミドリと呼べ』
「では、ミドリさん、私も自分が所属している国、というか故郷と思っている場所が蹂躙されると聞けば、微力ながらも協力しようと思います。ただ、ミドリさんのことを信用していないわけではありませんが、その『敵』という奴は、どのような集団で、どれくらいの力を持っているのか。そして、なぜミドリさんたちの敵になるのか。この辺りを教えていただかないと、答えを出せそうにありません」
結局、僕は率直に聞くことにした。
『ふむ…その辺りは道々教えるとしよう』
「道々?」
『そうだ。私は、そなたらとともに行こう』
「一緒に?惑星連盟に?」
『そうだ』
「なぜに?」
変な疑問語になってしまった。
『決まっておろう。それが手っ取り早いからだ。急がねばならんし、協力体制を築くにしろ、お互いのことを知る必要があるだろう。それに、私は我らと惑星連盟に関する全権をゆだねられておるからな。この程度のことは予測の…』
「いやいやいやいや。ちょっと待ってください」
『いや、待てぬな』
にべもない。これまでの会話というわずかな情報だが、ミドリはこちらからの質問をそでにする人ではないはずだ。
「話を聞いてください」
『時間があればそうしている。そろそろ、お前たちの仲間がそなたらの捜索と現場検証のためにやって来るのではないかな』
うっかりしていた。味方の艦隊が到着すれば、状況はややこしくなる。味方の艦隊からすれば、何が何だかもわからないこの戦況を後でどう説明すればいいのか。いや、最悪の場合、僕らごと攻撃を受ける事態もあるかもしれない。それを避けられたとして、ミミのことを公にできないので、誰もが納得できる辻褄の合う説明はできない。さらに、ミドリはこの場から逃走するしかなくなり、今、交渉のテーブルに上がっている話は破談になる。そうなれば、正体不明の強大な敵に対処するために、徒手空拳で準備をすることになるだろう。つまり、味方に追い詰められているのだ。まるで一か八かの賭けのように、十分な情報もないままに決断を迫られている。
「とりあえず、一緒に来ればいいじゃない」
マリアが意外にもそんな風に答えた。
「マリア先輩のことですから、僕の懸念を知った上で、そうおっしゃっているんでしょう……であれば、僕は、ミドリさんが同行することにあえて反対はしません。賭けのようなものですが、そっちの方が、最悪の事態は避けられそうですし。しかし、マリア先輩、こんなことを軍にどう説明するのですか?」
「ふふふ…そこは私に任せなさい」
マリアは、満面の笑みを浮かべた。マリアのファンの間では恒星ヴァレのような笑顔と言われていると聞いたことがある。これを聞いてから、僕は恒星ヴァレへの感謝の思いが消えうせてしまった。マリアがこのような顔をするときは、たいてい僕の神経と胃壁を削り取ることになるのだ。この人の恐ろしいところは、さも当然のように僕のフォロー込みで計画を立てることであり、僕は、その度に冷静に臨機応変に現実的に対処をするという苦行を求められる。しかし、僕は、もはや運命に逆らうことをあきらめかける自分がいるのを感じ、そのように感じたこと自体にテンションが下がる。
ああ、憂うつだ。たぶん決断の方向性としては悪くないのに、僕はため息をつかざるを得なかった。
拙いお話を読んでいただきありがとうございます。