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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第1章 宇宙孤児の憂鬱
15/55

15.ロストテクノロジーと宇宙世代の軌跡

『あなたの驚きは、何に由来しているのだ?』

「あなたのような若くて可愛らしい女性が、軍人で、しかも軍幹部ということにです」


 余計な言葉まで出たような気がするが、若い女性と対極に位置するのが軍幹部というものだ。どれだけ女性の社会進出が進んでも、戦争の担い手が男性主体であることに変わりない。女性の自己決定権を主張する人のなかには、女性が軍人として戦う権利を主張するラディカルな人もいたが、それに対しては大きな賛同は得られなかったのだろう。もちろん、軍内で女性の兵士や士官はたくさんおり、待遇も男性と同じだが、軍幹部となると、グッと女性の率が下がる。敵はそうではないということなのだろう。


『か、か、か、可愛らしいだと?』

大きな目を見開く少女。意外と表情豊かで人間らしい。ちょっと親しみを持つことができだした。

「そんなこと言ってしまいましたか、失礼しました。ただ、我々の文化では珍しいと申し上げたかったのです」

『い、いや構わぬ。あなたに容姿を誉められたこと、悪い気はせん』

「はあ、それは安心しました」

『話を戻そう。我らの間では、能力が全てなのだ。そこに年齢や性別などが関与する余地はない。全ての職業がそうというわけではないが、特に努力だけではどうにもならない天賦の才能を要する職業は完全なる能力主義だ』

「でも、それで問題は起きないのですか?」

『才能に対しては科学的な測定手段が確立されている。紛争もあるにはあるが、紛争を起こすリスクは高い』

「リスクが高いにせよ、人間である限り、嫉妬や悪意と無縁でいられるものではないと思うのですが」

『もちろんだ。しかし、我々は、同胞の数が多いわけではない。一人に課せられる職責や使命も必然的に重なる。それゆえ、嫉妬で人を追い落とす必要がない。能力を発揮する場は一つではないからな』

「しかし、宇宙世代から既に1000年になろうとしています。世代で言えば、40世代前後でしょう。環境が安定していれば同胞は幾何級数的に増えていくはずではありませんか?・・・いや、ひょっとして遺伝子操作ですか?」


 遺伝子操作技術は、我らにとって完全なロストテクノロジーだ。地球世代は、科学技術の粋を移民船ヴァレンシアに積み込んで太陽系を旅立った。そのなかには当時、科学技術の最高峰と謳われた遺伝子操作技術もあったはずだ。しかし、我々の祖先が主星に到着したときには既にその全てが跡形もなく、消え去っていた。ミドリの祖先が、何らかの理由で持ち去ったのかもしれないとふと思ったのだ。


『そうとも言えるし、そうでないとも言えるな。人が宇宙空間に適応するのはとても過酷なことだったのだ。我らの祖先は、数世代かけて遺伝子操作技術によって宇宙空間で生きる術を獲得した。しかし、それと引き換えに犠牲にしたものも甚大だった』


少女が語ったのは次のような物語だった。


宇宙世代は宇宙放射線の影響で子を為すことが困難だった。これは地球世代が誇る医療技術や遺伝子治療によってもどうすることもできなかった。そこで、彼らは加齢の抑制と寿命の延長に手をつけた。宇宙空間で生まれた世代も、世代を経ても生殖能力の強化には至らなかった。こうして宇宙世代は、人工爆発も起こることなく、世代交代が緩やかに進行することとなった。


宇宙世代は、目的の惑星が近づいてきたとき、惑星での自らの適応能力を予測した。その結果は惨憺たる有り様だった。彼らは、宇宙空間という極めて過酷な環境に適応することに特化しすぎたのだった。


『こうして、我らの祖先は、移民船を離れ、宇宙に住まう者としての生活をはじめたのだ。』

「なるほど。しかし、宇宙世代が惑星到着世代に遺伝子操作技術を全く遺さなかったのはどうしてだったのでしょう」

『正確なところは推測するほかはないが、これから希望の地に住まう者に、宇宙空間に再適応する過酷さを経験させたくなかったのではないか。自らの経験から、人類種の発展に遺伝子操作技術がかえって悪影響と考えたのかもしれぬ。彼らの身に起きた悲劇を考えれば、少々感傷的な対応をしても致し方なかったのではあるまいか』

「それは納得できる話です。遺伝子操作技術は宇宙に住まう者にこそ必要で、地上の楽園に向かうものには必要ないと考えたというのは、あり得るでしょう。・・・なるほど、あなた方がやっていたサンプル調査というのは、遺伝子検査ですね?そして、私たちの遺伝子に目をつけた」

『……それも目的の一つではある。それは我らのエゴイズムに満ち溢れた目的だ。即物的だし、私自身は吐き気がする思いだ。しかし、話はそう単純ではないのだ』

「どういうことです?」

『あなた方には我ら以外に敵が存在する。出会うのは時間的な問題だろう。10年以内には戦端を開かざるを得ない。ショーン・ヒルガ、あなたに出会うまでは光明も見出せなかったが、いずれにせよ今のままではあなた方は負けてしまう。しかも、その敵は我らにとっても、極めて危険な存在なのだ。我らのエゴイズムに満ちた目的は差し置いて、できる限り早く共闘関係を築かねばならない事態になっている。ショーン、あなたに協力を仰ぎたい』


結局、僕を揺り動かしたのは、驚愕すべき真実などではなく、少女の真剣な瞳と切迫した声だったのだと、僕は後に回想することになった。

拙いお話を読んでいただき、ありがとうございました。


いつも読んでくださる方、お気に入り登録をしてくださった方に心からの感謝を込めて。

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