12.宇宙《そら》に住まう者
結果から言えば、旗艦を残してそれ以外の敵艦隊をミミの支配下に置いたのである。ミミには、旗艦から各艦に電磁パルスが通っているように見えていた。まるで僕とミミが会話するときに流れる電磁パルスのように。原理から言えば、敵が用いている電磁パルスを分析し、こちらから敵の旗艦からの出力以上の出力を持って、同質の電磁パルスを流せばいいのだ。ミミに敵の旗艦を観測させたのはこのようなわけだった。
『ミミ、僕らの艦の前面に艦隊を配置。各艦の主砲にエネルギーを充填。照準を敵旗艦に合わせて』
『はい!マスター』
信じられないほどに素早く柔軟な艦隊運動で、僕の命令が実行される。もし、これを軍事研究家が眺めていたら、卒倒するに違いない。ミミの処理能力の高さがあってのことだろう。補給基地を襲ったあの艦隊の陣形再編の比ではない。
さて、これでチェックメイトになるだろうか。チェックメイトなら平面であるはずの盤面に上や下から駒を持ってくるような強引な裏技だったと言える。しかし、我が艦のミサイルでは、傷一つ付かなかった敵旗艦である。200隻の戦闘艦といえども、致命傷は与えられないかもしれない。なにせもはやチェスのルールは破られたのだから、何があってもおかしくない。
『マスター、通信です。直接マスターにつなぐよう言われています』
『僕に?じゃあ、同時通訳できる?』
『マスターのためにがんばります』
『頼むよ』
仮想ディスプレイに表れたのは、この世の存在とは思えないような人物だった。透き通った身体から光を発しているように見えた。眩しいと思った瞬間、急に光が消える。そこには、ストレートの長い黒髪、黒目の小柄な女性(というか、少女と言った方が正確だ)がいた。
『やはり、あなたには効かないらしいな』
「目くらましでしょうか?」
『いや、催眠だよ。そちらの二人には効果があったらしい。』
振り返ると、確かにマリアとベルタは眠ってしまっていた。僕は思わず目を細める。言い知れぬ怒りが湧いてきたのだ。自分がこれほど怒りの感情をもつとは自分でも少し驚き、自制しようとした。
『誤解しないでいただきたい。別に暗示をかけたわけじゃない。少し眠っていてもらおうと思っただけだ。理解できる者にしか話せないことがあるからな』
「…で、どのようなお話を?」
『我々の正体』
昨日の夕食の献立を答えるように軽く言う。
「それは、興味深いですね」
『まあ、あなたが警戒するのも無理はない。私としては、絶対負けるはずのない戦いなのに、あなたにこうして追い詰められてしまった。取引をして見逃してもらおうと考えても、当然だと思うが』
交渉にはブラフがつきものである。追い詰められていると言うが、奥の手がないとは限らない。いや、奥の手があるからこそ、交渉に持ち込もうとしていると考えるべきだ。
「私が追い詰めたのではないかもしれませんよ。私は艦の責任者ではありませんので」
『そのような韜晦は無意味だよ、ミスター。あなたが私の艦隊を乗っ取る能力を持っているように、私にも話している相手が嘘をついているかどうかを見抜くぐらいの能力はある。それに、私もあなたも 宇宙に住まう者だ。仲良くとまではいかないが、同胞として最低限の礼儀は尽くそうと考えている。そこは信頼していただくほかはない』
「なるほど。無意味な腹の探り合いはやめようと言いたいわけですね」
『そういうことだ』
こちらの目的は、少なくともマリアとベルタを安全に惑星連盟に帰還させることだ。僕も覚悟を決めた。土俵に上がってやろうじゃないか。
「分かりました。少なくとも、あなたも私もこの話合い中に騙し討ちをしようとしていないということを共通の土台にしましょう。」
『無論だ。まずはそれで構わない。で、いいだろうか?我々の目的と正体を話しても』
「ええ、どうぞ」
『我々は、惑星連盟の人が言う『宇宙世代』の子孫なのだ』
少女は、事もなげにそう言った。
拙いお話を読んでいただきましてありがとうございました。