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第8話

今回、重い話です


重苦しい沈黙が室内に満ちている。

そんな中、殿下が絞り出すような声を出した。




「……すいません、エリオット。気持ちの整理がつきません。……今日は、帰って下さい。」

「すまん……力になれなくて」

「エリオットは十分力になってくれていますよ。……俺の問題なんです。」




ガーファンクル様の顔が苦しげにゆがむ。

……私は、ただ黙っていた。私が口を挟んでいい話じゃ、ないから。



「……明日、また来る。悪いが、時間がない。対策を練らないといけないから……」

「分かりました……」




ガーファンクル様は、殿下の返事を聞いて、ゆっくりとした動作で部屋を出て行った。

後には、私と殿下だけが残される。


……気分の落ち着く紅茶でも、淹れて差し上げよう。

今は、しばらく一人にしておいた方が、良いかもしれない。


そっと部屋を出て、階段を下り、一番はじめに見つけた下働きの女性に、お湯を用意してくれるように頼む。

この塔の一階には、小さいながらもきちんとした厨房があって、ちょっとした食堂もあるのだ。料理人さんもいるので、お茶請けのお菓子なども、頼めば簡単に作ってくれる。

一階の厨房で紅茶を選び、茶器を適当なものを棚から下ろす。手早く茶器を磨いて、頼んだお湯と、お菓子を持って部屋へ戻ると、殿下はくたりとベッドに突っ伏していた。




「殿下、お茶をお持ちしました……大丈夫ですか……?」

「大丈夫、ではないです……情けないですね、本当に。父上に黙ってこういう事をしてたのに、バレた時の覚悟なんて、まるでできていなかった。」

「……」

「宴で、という事は、王妃さまもいらっしゃるのでしょうね……。悪魔の王子が出てきたら、きっと、気味悪がられるかな……」




ぽつり、と殿下が呟く。

こちらに向けたその背中が、とても寂しげで。途方に暮れた子供のようで。

私は紅茶のトレイをベッドのサイドテーブルに置いて、そっと殿下の髪を撫でた。




「……殿下の髪の黒紫色も、瞳のスミレ色も、悪魔の色なんかじゃ、ありませんよ。とても綺麗で、素敵な色です。優しい夜の色です。伝説の妖精王みたいで、私は凄く好きですよ。だから、そんな寂しいこと、仰らないで下さい。……私の『好き』を、否定しないで下さい。」




ゆっくりと、一言ずつ、言い聞かせるように語りかける。

私が今できることは、これくらいしかないから。

優しく優しく、語りかける。


と、殿下がむくりと体を起こした。驚いて髪から手を離した私の体を、ぎゅうっと抱きしめる。




「……俺がまだ幼くて、王城の別棟に軟禁されていた頃、母親恋しさに、部屋を抜け出して、王妃さまのお部屋を訪ねたことがあったんです。」

「……はい」

「五歳くらいだったかな……。俺は迷いながらも、なんとかたどり着いて……王妃さまを見つけて、嬉しくて……でも、それだけで良かったんです。すぐに帰ろうと思って、俺は部屋の前から、離れようとして……」

「……」

「そこに、若いメイドが通ったんです。俺は逃げようとしたんですけど、彼女は、俺を、どこかの貴族の子供と勘違いしたみたいで……王妃さまのところに連れて行かれて……」

「殿下……」

「王妃さまは、俺を見て叫んだんです。『近付かないで』『悪魔の子』『あなたは私の息子じゃない』『その醜い顔を見せないで』……」




ひどい。

私は唇をきつく噛み締めた。

自分の息子に、そんな事を言うなんて。

彼の髪や目が悪魔の色をしていないことは、よく見れば分かるでしょうに。

嗚呼。

何てことを。

この人をその言葉でこれほど傷付けられるほど、貴方はこの人の『母親』だったのに−−




「俺はその場から、必死で逃げました。王妃さまから向けられる眼差しすら怖くて、逃げて、逃げて……自分の部屋に戻っても、ずっと王妃さまの言葉が耳に残っていて……」

「殿下」




細かく震える肩を、背中を、そっと抱きしめる。

こんなに情けない彼が、とても愛おしく思えて、慰めてあげたくて。

陳腐なことしか言えないけれど、そっと彼に話しかける。




「辛かったですね……悲しかったですね。苦しくて、痛かったですね……。お母さんに会いたくて、それでも姿だけで我慢しようとして、偉かったですね……。」




優しく背中をさすると、先ほどまでより強い力で抱き締められる。




「あなたは、悪魔の子なんかじゃないです。醜い子なんかじゃ、ないんです。強くて優しい、とても素敵な人、なんですよ。みんなを守って、傷ついて、それでも頑張ってるんですから……」




殺しきれなかった低い嗚咽が、聞こえてくる。

私の肩口に埋められた彼の頭をそっと撫でて、囁く。




「もう、逃げる必要なんてないんです。自分を誇って下さい。頑張ってきた自分を、自分が認めてあげなくてどうするんですか。……あなたは、私にとって、誰よりも素晴らしいひと、なんですから。」




声を押し殺して泣く彼が、眠りにおちてしまうまで、私は彼を抱きしめていた−−








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