第6話
しばらくは二人とも黙り込んだままだった。
やがて、殿下が沈黙に耐えられなくなった様子で、苦笑いをしながら私の言葉を肯定する。
「……よく分かりましたね。今まで俺に仕えていた人には気付かれたことはなかったんですが。」
「噂を聞いて、何か気になりましたので。」
「……さすがに目立ちましたか?」
「仮面で顔を隠して見るからに髪を染めていて、というのはかなり目立つでしょう」
「……やはり、エリオットに騙されていましたか……」
苦々しく呟いた殿下が溜め息をつく。
エリオットとは誰だろうと思ったが、あまり突っ込んだ話を聞くのもどうかと思うので、話を変えることにする。
「今まで一度も気付かれなかったんですか?」
「はい。皆、俺の方もろくに見ずに、言われた仕事だけして帰ってしまうので、気付く余地がなかったんでしょう。」
「……水を汲んで、夕食を運んで、だけですからね……」
「でも、水がないと髪染めが出来ないので、俺にしてみれば結構重要な仕事なんですよ。仕事をせずに逃げられると、そこは特に困りますね」
本当、ずれてるなぁ……
何故に話が水汲みの重要性になるのよ……
「かなり楽な仕事なのに、何でみんな辞めていってしまうんですかね……」
「ああ、それは俺に悪い噂があるから怖いとか、本当に色んな理由ですよ。確か一人目と二人目が仕事をさぼり続けて仕方なく解雇して……三人目は仕事内容にいたく自尊心を傷付けられた、とか言って辞めて、四人目以降はもう、俺が前任者を傷モノにしたとかの噂に怯えてすぐに……」
……この人すごく運が悪いのかな、ひょっとして。
そんなメイドにばかりあたるって、逆にあんまり無いんじゃないの?
メイドは主の命じる仕事を、私情を挟まずに実行するべき、って新人の頃に教えられるものなのに。
私が顔をしかめていると、殿下が心配そうに話しかけてくる。
「リリアナ嬢、どうしてそんな顔をするんですか?せっかく綺麗な顔なのに、眉間にしわなんて寄せていたら勿体ないです」
ぐはぁ!
こ、この人、何で痛い所を的確につついてくるのか……!!
「……殿下、私のような地味な女にそのようなお世辞を言わないで下さい。」
「地味なんて、とんでもない。確かに化粧とかは派手ではないかもしれないですけど、品がよくて素敵ですし、その金の髪も蒼い瞳も、素晴らしく綺麗だ。俺には、貴方は伝説の太陽の妖精のように見えます。」
は、恥ずかしい……!
何でこんなに恥ずかしい台詞をサラッと言うのよ!すごく良い声で!
か、顔が熱い……
こういう誉められ方をしたの、すごく久しぶりかも。
メイドになったばかりの頃は、まだ地味を装えなくて、火遊び好きの貴族連中から粉をかけられたものだけど、ここ二、三年は地味な女で通してきたから、そういう文句には縁がなかったし……
ど、どうやってあしらえば良かったっけ……!?
真っ赤になって焦っていると、寝室のドアが叩かれる音がした。
よ、良かった……!お医者さんが戻ってきたのかしら?
急いで椅子から立ち上がり、扉を開ける。
「お医者さん、お疲れさまです……!?」
「……こんばんは、メイドのお嬢さん?」
「エリオット!何しに来たんですか、こんな深夜に」
そこに立っていたのは、王立騎士団第一師団長、ガーファンクル様だった。
‡ ‡ ‡
「エリオット、彼女にあまり構わないで下さい」
「えー、何でさ。お前に仕えて半年保つ女の子とか、普通に考えて超希少価値のある娘を観察するなとか、無理な話だってー」
端正な顔を崩して、にやにや笑いながら私を観察するガーファンクル様を、殿下がたしなめる。
何なのよ、この人!
内心の苛立ちを押し隠して、紅茶を淹れる。ジロジロ見られながら仕事するのは、ものすごくやり辛い。
「どうぞ」
「ありがとう、オルデンベルク伯爵令嬢」
「!?」
何で名乗ってもないのに私の素性知ってんのよ!
そう思った私の内心を見透かしたかのように、殿下が説明をしてくれる。
「エリオットは俺の側近のようなものなんです。俺の身の回りの人間の素性は全員把握してますよ」
「でも俺がキミの素性を知ってたのは、ここ最近見た中で一番綺麗な顔の令嬢だったからだよ。お世辞じゃなくて、本当に。」
だから何でそういう事を言うかなホントに!
私にしてみれば、この顔は正直、面倒なことしか引き寄せない厄介極まりないものなのに。
昔は本当に、誘拐事件に巻き込まれそうになりまくり(自力で逃げたけど)、ロリコン貴族に金で買われそうになり(親バカ二人がとんでもないと断ってたけど)、その辺の令嬢から恋人を盗られた云々と因縁を付けられ嫌がらせされたりと(たいした嫌がらせじゃなかったけど)、ろくな事がなかった。
あー、やだやだ……
もっと可もなく不可もなくな顔に生まれたかったわ……
思わず遠い目になりかける。
「なあサフィー、そういやお前倒れたって言ってたけど、何やったんだよ」
「ああ……彼女が来る前に、髪の色を戻して血の臭いを消そうと思って湯浴みをしました。湯に浸からなかったから大丈夫だと思ったのですが……」
「うん、血流良くなったせいでやっちゃったんだな?」
「はい」
「馬鹿だろお前。馬鹿だろ。」
「エリオットに言われたくないです。」
……本当、何なのかしらこの二人……
私は深い溜め息をついた。