第3話
今回、流血描写があります。
苦手な方はご注意なさって下さい。
五日後の朝。
今日は夕方に殿下に食事を運ぶまで、暇だ。
私は王城を抜け出して、十時から行われる、第二王女さまの帰国パレードを見に行くことにした。
「うわぁ、すごい人混み……」
「リリアナ、はぐれないでよ!?」
「アリアちゃん、リリアナちゃん、みんなはぐれないように、手をつなごうよぅ」
エリカの子供のようなおねだりに苦笑しつつも、三人で手を繋いで、パレードの見やすい場所を確保する。
「まだかしら……」
「あ、あれ!来たわよ、ほら!!」
「わ、ほんとだぁ!ね、ね、アリアちゃん、一番前にいるキラキラの人が第一師団長さん?」
「そうよ!ああ、もう!すっごく素敵……」
うっとりとアリアが第一師団長に見入る。
確かに格好いい人だ。長めに整えられた金髪、切れ長の青い瞳に、スッと通った高い鼻梁、固く引き結ばれた口元がどこか冷たい雰囲気を感じさせる。
正直ちょっと怖そうで、私の好みではない。
私の好みは、全体的に落ち着いた色の髪や目の色をした、穏やかな性格の人である。間違っても第一師団長みたいな人を好きになることはないので、私がアリアのライバルになる事は有り得ないだろう。
そんなことを考えている間にも、きらきらしいパレードは私たちの目の前を通り過ぎていく。
王女さまの乗った豪奢な馬車が通ったあと。
騎士団を率いた、奇妙な仮面の人物が現れた。
「リリアナ、あれが第六師団長よ」
アリアが耳打ちしてくる。
みんなの噂通り、仮面を被って、どこかのっぺりした焦げ茶の髪だ。
民衆には意外と人気があるようで、ものすごく騒がれている。
確か、彼は過去に何度も民衆のために仕事をしているらしいので、それも当然だろう。
だが、馬を駆る手がどことなくぎこちない。
訝しく思っていると、こんどはエリカが耳打ちしてきた。
「第六師団長さん、また怪我しちゃったんだってぇ。王女さまを狙うふらちもの?がいて、庇ったせいで背中を斬られちゃったんだ、って、誰かが言ってたぁ」
そういうことだったのか。
今日は、血の臭いがしないかチェックしておこう。
心の中で決意しながら、ふと私は思った。
殿下と第六師団長の関係を暴いて、私はどうしたいんだろう?
答えは出なさそうな気がしたので、私はその疑問を胸の奥にしまっておくことにした。
‡ ‡ ‡
夜が、やってきた。
私は緊張しながら殿下の部屋の扉を叩く。
……あれ
いつもならすぐに返事があるのに、今日は、部屋の中から何の音も聞こえない。
どうしよう、入っちゃって、いいのかな……?
わずかに悩んで、でも仕事だから、と自分に言い聞かせて部屋へ入ることにする。
「失礼します……殿下、夕食をお持ちしました…………ッ!?」
え?
なに、これ
どういう、こと……?
「ひ……ッ」
喉から叫び声にならない声が漏れる。
手が震えだしたことに気が付いて、頭のなかで妙に冷静になった部分からの命令に従って、夕食の乗ったトレイを近くにあった小型のチェストの上に置く。
そして、部屋の奥、寝室の入り口の近く、朱いシミのある所に倒れている、『それ』にゆっくり近づいた。
『それ』は、人だった。
その髪は一見すると黒に見えるが、よく見れば黒百合のように艶やかで美しい、伝説の妖精王のような、濃い紫色。
その肌は、日に当たったことがないかのような白。
その顔は、どこか温かみがあるものの、この世のものではないかのように美しく。
その顔色は、ひどく青ざめていて。
−−その背からは、朱い血が今もにじみ出していた。
「い、や、あぁあぁあああぁああぁあぁああああぁぁあぁああぁああぁあぁぁあぁッ!!」
私は、その叫び声をどこか人事のように聞いていた。
部屋の外から、たくさんの足音がする。
彼らが到着するまで、私は気が狂ったかのように叫び続けた−−−−