第2話
朝にやってきて桶に水を用意し、夜に夕食を運ぶ日々が、半年続いている。
……私、こんなんでメイドって名乗ってていいんだろうか……
虚しい思いに駆られつつも、今日も桶に一杯の水を運ぶ。
「失礼します。お水をお持ちしました」
「ああ、ありがとうございます、リリアナ嬢。」
「では……」
「あ、ちょっと待って下さい」
「はい?」
何だろう。
まさか、やっとメイドらしい仕事がもらえる……とか!?
「この半年、リリアナ嬢は休み無しに俺の世話をして下さいましたよね」
「はあ……」
毎日休みみたいなものですが、とは言えない。
「明日から四日間、休みにして構いませんよ。」
「はあ、分かりました……って、ええ!?」
ちょっと待った。
どういう事だ!?
「お、お世話とかどうなさるおつもりですか!?」
「えーっと……代わりの人が来てくれますから……」
『えーっと』って言った。
今『えーっと』って言いましたよこの人!
明らかに嘘ついてるよ!バレバレの嘘を!
「わ、私、何か粗相をしましたか……!?」
これって解雇の危機ですよね!?
「粗相なんてありません!ただ、若い女性が休み無しに働くなんて、良くないですから。」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。」
よ、良かった……!!
「とりあえず、今日の夕食を運んでくれたらそれ以降四日間は休みにしていいですよ。五日後の夜に夕食を運んで下さい。」
「分かりました」
五日後の夜、と。
なんで嘘をついているのかは分からないけど、とりあえず解雇の危機は免れたようだ。
そのまま部屋を出て王城へ向かい、ちょこちょこ色んな場所で仕事のお手伝いをしてから少し休んで、六時になったので夕食を運ぶ。
いつも通りのやりとりをして、騎士さんに連れられて城へ帰った。
「リリアナ、お帰り。」
「リリアナちゃん、ご飯食べに行こぉ?」
「いいけど、着替えてからよ?」
アリアと連れ立って部屋に戻り、メイド服から私服に着替える。
「そうだアリア、私明日から四日間休みもらえることになったんだけど」
「嘘!なにそれ羨ましい!いっつもあんだけ暇もらってその上休日まであんの!?」
「いいなぁ〜、明日から四日間ってことは、騎士団のパレード見に行けるんだねぇ……わたしも見に行きたかったよぅ……」
「パレード?何のこと?」
きょとんとして聞き返すと、周りの空気が凍りついた気がした。
……え、何その信じられないものを見る目。
私何かマズい事言った?
「リリアナ!あんた知んないの!?五日後、隣国に嫁いだ第二王女さまが久々に帰ってらっしゃるのよ!」
「騎士団の第一師団と第六師団がわざわざお迎えに行くんだから!大々的にパレードやるのに、知らなかったの!?」
「し、知らなかった……」
たじたじになりながら答えると、何故か他のメイド達まで寄ってたかって騎士団の話をし始めた。
「騎士団と言えばやっぱり第一師団長のガーファンクル様よねっ!冷たそうな顔がすっごく格好いいのよ!」
「私はリヴァプール第二師団長!妖精みたいに綺麗で優しそうで、それなのに物凄い強いんだから!」
「ええー!!タミル様の方が良いわよ!第五師団長なのに、気取んなくて爽やかでやんちゃで、たまんないじゃない!」
「何言ってんの、やっぱり第八師団長の方が」
……何がなんだかさっぱり分からない……
正直男性にも結婚にもそんなに興味がない私としてみれば、女の子同士の話はあまり面白くない。
だって、みんなの話題になるような男性って、私にはほとんど縁がないし。
私は基本的に叶わない夢は見ない主義である。
生ぬるい笑みを浮かべながら彼女たちの話を聞いていた私だか、ふとある事に気付いた。
「ねえ、第六師団長っていらっしゃらないの?」
彼女たちの話は第一から第十までの師団長の話だったはずだが、何故か第六師団長だけがでてこない。
何気ない質問だったのだが、彼女たちは困ったように黙ってしまった。
私、やっぱり何かマズい事聞いちゃってる……?
どうしようかと悩んでいると、アリアが私の問いに答えてくれた。
「第六師団長は……いっつも仮面してて、顔が分からないのよ」
「うん、なんかミステリアスな人だよね」
「焦げ茶色の髪なんだけど、あれ染めてるんじゃないかなぁ?なんか、のっぺりした色なの」
「あ、言われればそうかも」
「でも、すごく強いよね」
「第二師団長さんと張るくらい強いもんね」
「あと、すごい良い声なんだって」
「でも生傷絶えないよね」
「半年くらい前も、なんか狼かなんかと戦ったとかで怪我したって」
「四カ月前も、盗賊に殺されそうになった部下を助けて怪我したらしいよ」
「三カ月前は、凶悪犯に追われたおじいさんを助けて怪我したって」
うわー、すごい来歴。
よくそんなに怪我するなぁ、6カ月前、4カ月前、3カ月前って、つまり均したら2カ月に一度は大怪我してるじゃない。
血の臭いが染み付いちゃいそう……って、ん?
半年前に、4カ月前に、3カ月前?
なんか、殿下から血の臭いがしたのも、それくらいの時期じゃなかった……?
それに、すごく良い声?
騎士団は明日から四日間出ていて、私の休みも、明日から四日間……
……なんか、変……
それからの話は、まるで耳に入らなかった。
その晩私は、殿下と第六師団長の共通点について、眠ってしまうまで、考え続けていた。