第15話
そろそろ演技も疲れてきた……
視線は多少減ったものの、見られているだけで緊張感が増す。
というか、僅かに漏れ聞こえてくる会話の内容が私たちのことばかりなのが分かってちょっと嫌だ。いや、本来の目的を考えればこれでいいんだけども、なんというか、聞こえよがしに喋っているとしか思えない。特に私たちの近くにいるご令嬢たちが。
「……ごきげんよう、オルデンベルグ伯爵令嬢?」
……うわ、来ちゃったよ。リヴァプール師団長狙いの令嬢群が。あーめんど。
「ごきげんよう、ノイエ侯爵令嬢さま、バード侯爵令嬢さま」
にっこり笑って膝を折る。一応身分的には私の方が下だし。家は私の実家の方が長く続いてるから、実質ウチの方が偉いけど。
「あぁら、殊勝でいらっしゃること。どうせなら身の程も弁えていて欲しかったですわね」
「まったくですわ!たかが伯爵家の娘の分際で、リヴァプール様たちに近寄るなんて……浅ましい下心が透けて見えるようですわ、なんていやらしい。」
……随分言いたい放題いってくれるわね…
どちらかと言うと、浅ましい下心が透けてるのはあなた達の方だと思うけどね。露骨に色目遣ってるし。
リヴァプール兄弟に色目を遣いつつも、律儀に嫌みを言ってくる侯爵令嬢たち。正直面倒だから言い返さないでいると、嫌みはどんどんエスカレートしていく。
「第一、今までロクにこういった席に出てこなかった鄙者が、こういう席にいる事自体間違っているのですわ!」
「早く領地にお帰りになったら如何?その辺の田舎者があなたにはお似合いよ!」
……いやいや、出てこなかったって。私正式に参加はしてなかったけど、王女さまの側付きとして参加してたのに。王女さまの側付きは名前こそ盛大に呼ばれたりはしないものの、貴族の参加者の一人に数えられてるし。
……知らない方が常識ないと思うんだけどなぁ……
とはいえ、やっぱり反論はしないでおく。だって下手に反論しても彼女たち刺激して状況が悪化したら嫌。
「……ちょっと、聞いてますの!?」
「ああまったく、これだから田舎者は嫌だわ。人の話ひとつまともに聞けないなんて……同じ貴族として恥ずかしいですわ」
……放っておいてはもらえないようだ。
表向きは優しく微笑みつつも、私は心の中で盛大に溜め息を吐いた。
「……失礼ながら、私からリヴァプール公爵様方に近寄った訳ではございません。この場で、陛下を始めとする王族の皆様の次に身分が高くていらっしゃる公爵様方に挨拶をしただけですわ。正式にご挨拶した事がございませんでしたので、礼儀として。ただ、以前多少の縁が御座いましたので、挨拶の後に多少お話をさせて頂きました。お話をする際、先に声を掛けるような無作法も致しませんでしたが、何か問題がありましたでしょうか?」
優しく優しく、聞き分けのない子供を諭すかのような口調で言ってみた。とりあえず正論しか言ってない。
ここで下手に突き放すような話し方でもすれば、私の評価が下がるだけ。冷静になろう。うん。
「……なっ!せっかく親切に注意してさしあげましたのに、わたくしたちを馬鹿にする訳!?」
「ふざけないで頂戴、三流の出の女が!!私を誰だと思っているの、仮にもこの国と隣国の王族の血を引く、バード侯爵家の娘よ!」
顔を真っ赤にして怒られてもねぇ……
馬鹿にした訳じゃないし。
「リヴァプール公爵様、なぜこのような下賤な女を連れていらっしゃるのです!?」
「そうですわ!こんな礼儀も弁えないような女を連れるくらいなら、わたしたちとっ……」
「黙れ」
アルフレート様が、冷たく突き放すように彼女たちの言葉を遮った。
見ると、セルシウス様もとても嫌そうな顔をしている。
「礼儀を弁えない?……弁えていないのは貴様らだ」
「公爵家の人間に、侯爵程度の身分の人間から話し掛けて、許されると思っているのか?その程度の常識もないんだな、あんた達は」
みるみるうちに青ざめていく侯爵令嬢たち。
当たり前だろう。自分たちの主張に熱中するあまり、最低限の礼儀すら失念し、狙っていた男性に蔑むような目で見られているのだから。
「……俺、あんた達みたいな女は好みじゃねぇな。」
「ああ、セルシウスもそうだろうな。俺も貴様らのような女は嫌いだ。派手派手しく着飾って大衆の前で人を貶めようとする女など。理想の正反対だな。俺は清楚な奴が好きなんだよ」
「どうせ妻にするなら、俺は可愛らしくて賢い奴がいいな。俺と対等に言い合って、負けない奴。欲を言えば、髪は金茶色で瞳は緑色の……」
「ああ、この間から言っているじゃじゃ馬娘か。随分好みのようだな」
「当たり前だ。あんな面白い子、他にはいないだろ。絶対落とす。」
「せいぜい図書館通いを頑張る事だ。一国の宰相が、令嬢に論破されてくれるなよ」
……
アルフレート様、思いっきり好みを暴露しつつティナ様をガン見した。私の目は狂っていないはず。
ティナ様も気付いていたようで頬をほんのり染めている。可愛い。
好みと正反対だと大々的に宣言された令嬢たちは、屈辱に身を震わせて、そそくさとどこかに消えてしまった。
……そして、意図して気付かない振りをしているけど!しているけど、また大広間じゅうの視線が集まってるし……
誰かこの状況を打破……
「静粛に!王立騎士団第一師団長、第六師団長の、入場ー!」
よく通る声で扉脇に控えていた侍従が叫んだ瞬間、私たちに集まっていた視線が、扉の方へ集中した。
空気が一瞬のうちに緊張感を孕み、固まる。
閉じられていた扉が、侍従二人がかりでゆっくりと開かれていく。
誰も、何も言わない。
ただ、じっと扉の向こうからやって来る二人を待つ。
誰かが息を吐く音すら聞こえそうな、静かな空間。
その空間は、広間に入ってきた二人の靴音によって破られる。
かつん
かつん
かつん
単調なリズムを刻む靴音が、徐々に玉座へ近づいていく。
仮面を被った彼が、一瞬私を見た気がした。
かつん
かつん
かつっ……
二人は足を止め、玉座の前で騎士の礼をする。
王が、ゆっくりと口を開いた。
「……今回、第二王女を賊から守った事、深く感謝する」
「「光栄に存じます」」
「よって、褒美を与えようと思う。顔を見せ、名を名乗れ」
一拍置いて、第二師団長がゆっくりとした足取りで前へ出た。
「王立騎士団第一師団長、エリオット・ガーファンクル、ここに。」
「貴殿は姫を逃がし、守ったと聞いておる。その際に剣を折ったと聞いたので、今作らせている。近いうちに新しい剣が届くだろう。」
「有り難く存じます」
ゆっくりと一礼し、第一師団長が下がる。
代わって、ローブと仮面を付けた第六師団長が前に出た。
俯いた彼は、フードの中に手を差し込む。
カチリ、カチリ、と音がして、仮面が取れたが、目深に被ったフードのお陰でその顔は伺えない。
彼は無言で第一師団長に仮面を預けると、ローブのボタンを外し始めた。
人々が固唾を呑んで見つめるなか、ついにそのボタンが外され--彼は勢い良くローブを脱ぎ捨てた。
フードに仕舞われていた長い紫黒の髪が、弧を描いて流れ落ちる。
上げられた面は端正な顔立ち。
赤みがかった紫の瞳は凛と目の前の王を見つめた。
引き結ばれていた唇がゆっくりと開く。
「王立騎士団第六師団長、サファロニア・リーベルド・ラトレイユ、ここに。」
深々と頭を垂れた彼に、誰かが息を呑む音がした。