表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

第六章:夜の踊り

パリのモンマルトルにある西南麓のピガール地区は、パリ随一の猥雑な場所だ。


風俗店からビデオ店、アダルトグッズを売る店などとにかく猥雑な場所だ。


だが、追手の眼を誤魔化せる場所としては打って付けだ。


経験からして、ここ等辺を治めるのはマフィアというよりチンピラの一味だ。


マフィアなども売春などには手を付けるが、下請け的な面でチンピラを雇うことの方が多い。


彼等は誇りを何より大切にしている。


だからこういった商業には誇りが邪魔して手を出すが表だってはしない。


それを考えて、ここを隠れ家に選んだのだ。


ここに隠れればそう簡単には手を出せないから。


その他の理由にもここならセーヌ川も近いから、いざとなれば船で逃げられる。


だが、何よりここは風俗店が多い。


ここで娼婦の格好をして紛れ込めば簡単には見つからないとも踏んだ。


セフィム一族は天使の血を受け継いでいる。


天使は高潔だ。


だから、ここに足を踏み入れるのは二の足になる。


それ以外はどうかと思うが、先ず一つの敵を退けられる。


今、私が居るのは風俗店の直ぐ隣にある宿。


尤も、管理人は居ない。


いや、居るには居るけど姿を見せないだけ。


ただ金を払って、鍵を渡して来るだけだ。


私としてはそちらの方が下手に顔を覚えられないで済むから良い。


その一室で煙草を蒸かしながらほとぼりが冷めるまでは待つ事に決めた。


だが、その考えは着信音で打ち消された。


電話の相手は私を雇った組織。


もう掛けるな、と釘を刺していたのに掛けてきたとは良い度胸だ。


殺される覚悟があるという証拠だろう。


そう決めて電話に出た。


『も、もうだめ、だ・・・・・・・・・』


声の主は息も絶え絶えで、耳を澄ませば血が滴る音が聞こえてくる。


そしてライフルの乱射が聞こえて来て悲鳴も同時に聞こえてきた。


「・・・襲撃されたの?」


私の問いに別の声が答えた。


『あぁ、そうだよ。我らが主に逆らう不届き者を成敗しているのさ』


声の相手は男で銃の臭いがした。


「それは精が出るわね」


『あぁ。所であんたかい?我らが主に牙を剥いた愚か者は?』


「・・・そうだ、と言ったら?」


『直に我が主が貴様の首を頂きに参上する事だろう。それまでに全ての事を片付けて神に祈りでも捧げてな』


「悪いけど、神は信じていないの。寧ろ敵対者よ」


『ほぉう。そうかい?だが、何れ祈りたくなるさ。・・・・地獄に堕ちな』


「もう堕ちてるわ」


そう思いながら携帯を切り素手で砕いた。


この世に生を受けてから私は地獄に堕ちている。


幼い頃から殺しの道を歩み続け、死ぬまで歩き続けるだろうともはや諦めている。


そんな物を地獄と言わずに何と言うのか私は知らない。


携帯を砕いたから下手に着信跡などは調べられない筈だ。


念の為に足で更に粉々にした。


粉々にした携帯をゴミ箱に捨てた。


短くなった煙草も灰皿に捨て、買っておいた酒を飲む。


喉が焼けるような味がする。


身体が温かくなるが、心は冷たい。


プロはどんなに飲んでも必ず片隅だけは冷たい。


それこそ風呂に入っていようと、女を抱いていようと、食事をしていようと、だ。


一瞬の油断が命取りになる。


この世界で油断は禁物だ。


それは経験済みだ。


しかし、偶には酒を飲むのも良いだろう。


酒・・・バーボンを瓶でラッパ飲みしながら私は伯爵の事を考えた。


彼が私の首を頂きに参上する、と電話の男は告げた。


つまり私が行かなくとも向こうから来る、と考えられる。


それならそれで私としては、良い。


わざわざ獲物が来るのだから狩人としては嬉しい限りだ。


瓶一本の酒を空にして私はベッドに沈んだ。


枕元に拳銃を隠して。


そして寝た。


どれくらい寝たかは分からない。


ただ、“得体のしれない何か”を感じて目を覚ました。


自分の縄張りには入っていないが。


その気配は近付いて来る。


黒く、深く、まるで奈落の底のように暗い何か・・・・・・・・・・・


拳銃を取り出してスライドを引いた。


何時でも撃てるようにした。


しかし、同時に身支度もして逃げられる準備をした。


本能とも言える感覚がした。


“ここに居ては不味い。逃げろ。逃げるんだ”


“ここに居ては得体のしれない何かが来る”


本能がそう告げていた。


こんな事は初めてだった。


今まで一度もこんな事はなかった。


これは恐怖なのだと、遅くも理解した。


そして私は本能に従う事にした。


窓を開けて足を掛けて出ようとした。


そこでドアが開いた。


ギィ、と腐った木が動く音が部屋に響くが後は何も聞こえない。


「よぉ、荒鷲。こんばんは」


ドアを静に開けて立っていたのは、私の獲物“だった”男。


黒い一色の服装に黒のトレンチコートとソフト帽を被っている伯爵。


だけど、今は獲物ではない。


今は・・・私が獲物で伯爵が狩人だ。


それが痛烈に分からせる相手の視線。


そして私の鼓動は激しくなり本能が“速く逃げろ”と叫んでいる。


「お出掛けかい?」


「・・・えぇ。少し、用足しね」


身体が震えているのが分かった。


“不味い。この相手といま闘えば不味い”


身体の中で何度も本能が連呼する。


「それは悪いが勘弁してくれ。お前さんを誰かに渡す気は俺には無いし、また探すのは面倒なんだ」


セフィム一族の事を言っていると解かった。


しかし、変に時めきを覚えた。


『お前を誰かに渡す気は無い』


もしも別な状況で言われたら、告白とも取れるだろう。


「情熱的な言葉ですね・・・不覚にも時めいてしまいました」


「俺は当たり前の事を言っただけだ。狩人にとって獲物は・・・恋人のようなものだ」


幾日も待ち続ける事が出来るほど恋しくて愛しい。


獲物を待つ気持ちは、恋人を待つと同じ気持ちと言った。


「・・・・・・私をどうなさいますか?」


本能が未だに叫び声を上げているが、私はそれを押し留めて訊ねた。


「なぁに。昔のケジメを付けるだけさ」


伯爵は腰から不細工な拳銃を取り出した。


フルオートが可能なマウザーM712だ。


オートマチックでは「老兵」の分類に入り、生産国のドイツでは正式採用もされなかった拳銃。


重い、高い、複雑、というマイナス3の言葉を持たされた拳銃だが、伯爵が持つと何故か合っていると同時に品がある。


黒い銃口が私に向けられた。


「今宵は月も無い。俺らのような者にとっては素晴らしい夜だろ?」


夜こそ我らが世界。


月が無い夜こそ我らが真の世界だ。


確かに私たちにとっては素晴らしい夜だ。


だが、今は恐ろしい夜へと化そうとしている。


「さぁ、一緒に踊ろうじゃないか?荒鷲ちゃん」


「・・・・遠慮しておきます」


私は窓から飛び出した。


それと同時に銃弾が肩を掠める。


一瞬だけ鋭い痛みが走ったが後は鈍い痛みとなった。


窓から飛び出て着地するや否や人ごみを掻き別けて逃げ始めた。


何処に逃げる?


などという冷静な思考は無い。


ただ走り続けるだけだ。


地の果てへでも逃げたい気分だ。


後ろから足音が聞こえてくる。


その足音だけが、何故か妙に耳に入り、何処までも付いて来る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ