第三章:荒鷲の名は
俺は一人の男とカフェで会っていた。
名前はネルガル。
秘密警察の長官を務め、俺の親父の影として活躍している男だ。
「これが資料です」
ネルガルは俺に茶色の封筒を渡した。
それを開けて資料を見る。
顔写真が載っていた。
通り縋りの所を隠れて撮ったと解かる映りだった。
しかし、ちゃんと相手の顔は捉えているから腕の良い奴が撮ったんだろうな、と俺は思いながら改めて写真を見た。
年齢は20代半ばで鋼色の髪で鋭い眉に冷たい瞳で端正な顔立ちだが、陰のある顔だった。
そして資料を読み始めた。
「・・・ヴラド・ブローディア・クレセント。性別は女。一族の長であるサミエル・ツェンターと妻のブレンダー・ツェンターとの間に生まれた」
生まれた時から一流の戦士として鍛えられ、若年300歳・・・人間で3歳の頃に初陣を飾り敵将の首を上げ名を上げる。
「3歳で初陣とは速いな」
「仰る通りです」
ネルガルは頷きながらコーヒーを啜った。
そして資料に目を通し続ける。
そこからは絵に描いた様な殺しの世界を泳ぎ始めた。
剣術から始まり、槍術、弓術、暗器、格闘技をマスターし更には女の武器も活用し非合法な任務も淡々とこなした。
1000歳・・・人間で10歳の時には「荒鷲」という異名を取り一族でもその名を轟かせて順風満帆な人生を送り続けるように見えた。
「ですが、皇子様も知っての通り魔界の制度も完成した所で、一族の栄光もそこで途切れる事になりました」
ネルガルが金色の眼を細めて言った。
無法地帯だった魔界でも法律などが出来上がり、王威なども広まり始めた。
そこから無用な戦などは御法度とされた。
その為、傭兵などには住み難い・暮らし難い時代へと変わった。
「そこからは“汚れ屋”として暗躍した、か」
「はい。栄光と没落の道を一途に歩んだ一族です」
資料を捲ると没落した時からの事が書かれていた。
中央貴族から非合法の仕事を頼まれ、それを引き受けた。
初めは簡単な仕事だったが、次第に政治色の強い仕事を請け負うように成り始めた、か。
「我が秘密警察もその時は、誕生したばかりで手も足も出ませんでした」
「だが、こいつ等の仕事を追う内にノウハウを蓄積し分析できたんだろ?」
こいつ等を追うごとに奴等の手の内などを学び、それでノウハウを手に入れ今では泣く子も黙るほど恐れられているんだ。
「はい。正にヴラド一族様様という所です」
自嘲気味に笑うネルガルを尻目に俺は資料を読み続けた。
汚れ屋仕事でもクレセントは遺憾なく力を発揮して来た。
そして最後には、魔界皇子の暗殺が持ち込まれた。
「後は皇子様が体験した通りです」
俺を暗殺しに来た奴等を片っ端から殺し、最後には雇い主を突き止めた。
そこで雇い主を捕えて処刑した。
だが、あいつ等は一流の暗殺者だ。
例え、依頼人が死のうと依頼は生きている。
そしてそれを完遂する事に執着した。
自分の命が無くなろうと・・・・・・・・・・・・
ここは俺も畏敬の念を覚える。
自分の命を顧みず仕事を完遂するのは、見ていて愚かに見えるが見習いたいと思う。
・・・・しかし、俺を殺す事は失敗した。
そして一族は老若男女を問わずに皆殺しにされた。
「・・・で、クレセントは公爵夫人を護衛して逃げた、か」
「はい。ですが、公爵夫人を逃がした後は雲隠れをして、そこからの経歴は不明です」
まぁ、恐らくは事故か病死と言われた何人かの貴族・軍人などの死亡に関わっていただろう、とネルガルは推測した。
俺も同意見だ。
こんな商売に関わった奴等は、この手の仕事でしか自身を食わせる事は出来ない。
だから、きっと暗殺を生業としていた事だろう。
「それで、どうなさいますか?」
「どうとは?」
俺は煙草を銜えながら訊いた。
「荒鷲の事です。貴方様としては、どう処分なさいますか?」
生きたまま曝しに処するか、それとも火焙りにするか、獣に食わせるか、慰み物にするか、的当てにするか・・・・・・・・・
数えれば切りが無い程の処刑方法をネルガルは上げた。
堂々と外にあるカフェで小声ではなく言うのだから、えげつないにも程がある。
子供などは怯えている。
「おい。あまり子供を怯えさせるな」
俺はネルガルを叱り付けながら子供の前に行き、手を握った。
「手を出して」
子供は言われた通り、手を出した。
俺は握っていた手を離した。
手から飴玉が出る。
「このおじさんが怖がらせて御免よ」
子供は飴玉を口に放り込みながら首を横に振った。
「よしよし。良い子だ」
子供の頭を撫でながら俺は元の椅子に戻った。
「俺の考えをお前は、聞き入れるのか?」
「さぁ、どうでしょうか・・・・私は、皇帝陛下に仕えております故。しかし、貴方様は何れ皇帝になられる方。今の内に良い印象を与えるのも良いと存じ上げます」
つまり、俺の意見に従う気もある、という事だな。
「出来るなら、俺の部下にしたい」
「それはそれは、随分と大変な事を言いますね」
言葉では驚いているが、態度ではまるで驚いていない。
「こいつの腕は確かだ。持っていて損はない」
「ですが、貴方様を殺そうとしている輩ですよ?」
何より金で雇われた殺し屋だ、とネルガルは言った。
僅かに侮蔑の念が込められている。
「金で雇われたからと言って必ずしも裏切るとは限らない。それに、この女を使うのも悪くない」
今、少し面倒な事になっていると俺は言った。
「・・・・なるほど。使い捨ての駒が必要な状況ですか」
「そうだ。仮にそこであいつが死のうと何ら問題はない。もしも、生き残れば正式に部下にする」
「・・・分かりました。では、皇帝陛下にはその様に言っておきましょう」
「あぁ。頼む」
ネルガルは一礼して椅子から立ち上がった。
「では、私はこれで。貴方様の願いが聞き届けられるように尽力します」
「あぁ。頼む」
俺は煙を吐きながら、もう一度だけ頷いた。