第十章:仕事を依頼
私は額に冷たい感覚を覚えて目を覚ました。
右目は白い布で前が見えない。
それを気にせず起き上って見ると温かい暖炉に薪がくべられていた。
寝ていたのはモダンな印象を受けるソファーで毛布を被せられている事に気付いた。
起き上り、武器などは取り上げられていない事に気付いた。
どう言う事だ?
伯爵は私を殺さなかったのか?
それでもどうしてナイフを取り上げなかったのだ?
それを考えていると・・・・・・・・・
「気が付いたか?」
聞き覚えのある声。
だが、先ほどの声と違う。
別人と思えるほど淡泊な声だ。
声の方向を見ると・・・・私に初めて恐怖と言う感情を植え付けた男・・・伯爵が立っていた。
「・・・どうして貴方が・・・・・・・・」
獲物と成り落ちた私を助けたのか?
「お前は俺の獲物だ。だから、生かすも殺すも俺次第だ」
伯爵は煙草を蒸かしながら私に歩み寄って来た。
恐怖が無いとは言えなかった。
身体が小刻みに時間を指すように動く。
「さて、どうしようか?」
伯爵は腰を降ろして私と向き合った。
「・・・私を殺しますか?」
必死に震える身体を抑えて訊いた。
「初めは殺す気だった。一族を皆殺しにしたと思っていたのに生き残りが居た。明らかにミスだ」
ケジメを付ける気だったと伯爵は話した。
「だった?」
「あぁ。今は、そうだな・・・お前を使うか考えている」
「・・・つまり私に依頼をする、と?」
「そうだ。まぁ、お前さんも俺を殺すように依頼を受けたんだ。その依頼を覆す訳にはいくまい?」
「・・・貴方の手足が、私の雇い主を殺したのでは?」
「手足じゃない。俺の家族だ」
その声には聞こえが悪いなどといった態勢を気にした感情は込められていない。
ただ、純粋に家族と思っている声が込められていた。
「では、言い直します。貴方の家族が私の雇い主を殺したのではないのですか?」
「当たりだ。だが、一流の暗殺者は例え依頼人が死のうと・・・契約は遂行するのではないのか?」
特にお前の一族の間では、契約遂行は絶対不可侵の掟だと言った。
もしも、死んでも依頼が遂行できなら良い。
「えぇ。そうです。ですが、全額を貰っていません」
そう。私は前金として5000ユーロを貰ったが、まだ半分は渡されていない。
詰まる所、私を信頼していなかった証拠だ。
本当のプロなら、全額をその場で貰う。
そうする事で二度も会わなくて済むし、後腐れが無いからだ。
だが、私を雇った男は前金を払い、残りは成功報酬だと言った。
それが何よりの証拠だ。
一族に居た時も、前金を貰い、成功させてから残りを貰った。
私たち一族は最初から信頼されていなかったと痛感させられた。
ここに来てからもそれは変わらない。
「つまり、お前は前金分の仕事はした。だが、残りの仕事は半分を貰わないとやらない、と言う事か?」
「そうです。もしも・・・全額を貰っていれば、この場で貴方の首を切り落とす所です」
必死に強がりを言った。
「全額支払わなかった相手に感謝する」
伯爵は煙草を暖炉に捨てて笑った。
「それで・・・私をどうお使いするのですか?」
「お前さんを雇っていた組織の更に上、つまり紐を操っていた奴を始末して欲しい」
「・・・一国を相手にする気ですか?」
紐を操る者は、国を支配する者たちだ。
その者を消せという事は一国を相手に戦を仕掛けるようなものだ。
勝てる見込みなど殆ど無い無謀な戦と言えるだろう。
だが、伯爵は言い切った。
「相手が誰であろうと報復するのが掟だ。何より俺を殺す気なら自分で殺しに来い」
それが出来ない奴は、ただの臆病者だと言った。
その言葉が妙に“私を産んだ女を孕ませた男”を浮かばせた。
あの男も仕事を私たちに押し付ける割には自分で動く事は殆ど無かった。
長としての面子もあるが、それ以前にあの男は自分の手を汚す事に対して何処か嫌悪感を抱いていた。
生きる為とは言え、戦場以外で手を汚す事をあの男は潔癖とも言えるほど嫌がった。
あの男は自分を戦士だと思っていた。
だから、暗殺などはしたくなかったのだろう。
それを長の権限を利用し、手足にさせた。
戦士が聞いて呆れると幼い頃に思ったものだ。
他者の劇を強制的に終わらせる事に、汚いも綺麗も無いのに。
そんな男に孕まされた女にも呆れたが。
そしてこの男は、言葉通り受け止めるなら自分でも手は汚すと取れる。
今回の事も手足に任せればよい物を、わざわざ自分で動く辺りが納得できる。
この男こそ真の戦士だ。
それならば純粋に恐怖を感じるのも納得できるし、敵に対して情けとも取れる行動を取ったのも頷ける。
真の強者にこそ、恐怖は感じるものだ。
「・・・・・・・・」
「報酬は5000万ユーロ。全額を前渡しだ。成功したら、お前の願いを聞き届けてやる」
どうだ?と問う伯爵。
私は、ソファーから降りて跪いた。
「・・・お引き受けしましょう」
答えは決まった。
この男の仕事を引き受けよう。
最初は、自分の力を試したかった。
だが、今は素直に仕事を引き受け、生を引き延ばしたかった。
それが今の正直な思いだった。