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プレゼント

「お母さま!」

「キャッ」


お母さまの驚いた声に私の方がびっくりしてしまう。なんなら、お父さまもお兄さまも驚いていた。


お母さまは私たち子どもたちの気配にとても敏感だ。こっそり部屋に忍び込んだりしても、すぐにバレる。それが、今は簡単に背後を取れてしまった。


椅子から落っこちそうなくらい飛び上がったお母さまをとっさに支えると、お母さまは目を見開いて私を見る。あまりにも鬼気迫る表情で、私はつい後ずさたのだが、それを逃がすまいと肩を掴まれた。こ、怖い。

な、なんか、先日の女神を思い出しちゃったな……。


「オリビアさん、どうしたの!?」

「どうしたの、とは……?」

「あなた、魔力がなくなっているわ!」

「えっ!?」


お父さまとお兄さまが椅子を倒して立ち上がり、血相を変えて私たちの方へと駆け寄ってくる。

貴族にとって、魔力がないことはかなりよろしくないことだ。社交界を追放されたり、家から除籍されたりすることもあるくらいで、そうでなくとも出来損ないのレッテル貼られて後ろ指をさされてしまう。

でも、魔力の有無や量は教会でしかわからないはずなんだけど、なんでお母さまはわかったんだろう。


「オリビア、何があったんだ。何したか、それともされた心当たりはあるかい?」

「ち、違うの。お父さま、違うのよ」

「でも、シャロンが魔力がないと……」


だからなんでお母さまは魔力がわかる前提なんだ……!

軽く混乱しながら、私は腕輪をつけた方の手を天井に向かって突き上げる。


「これ!この腕輪のせいなんです!」


お母さまとお父さま、それからお兄さまの顔が一斉にきょとんとなる。その腕輪が何か?という感じ。


「これ、魔封じの腕輪っていって、つけると魔法が一切効かなくなるんです。代わりに、魔力を吸われちゃうのでつけた人も魔法が使えなくなっちゃうんですけど」

「お前、そんなのを母上に渡そうとしてたのか」


お兄さまがじとりと私を睨む。うっ、好感度下落の気配。待って、そんなつもりじゃなかった。そんなつもりじゃなかったの!


「だ、だってぇ……。可愛いし、魔法攻撃を防げるならいいじゃないですか〜!公爵夫人自ら魔法を使うこともそんなにないですし!」

「だってじゃない!」

「えぇー!」


そう、この世界は魔物とかも出るには出るが、人の住む地域まで出張してくることはほぼないし、来たとしても警備隊や騎士団が対処する。貴族の、それも公爵家の奥様が魔法をぶっ放す羽目になるなんてことはそうそうない。

それなら防御に全振りしてもいいかなと思ったんだけど、やっぱりアウトかぁ……。


「……ごめんなさい、お母さま。これはなかったことに……」

「なかったことにしないで!!」

「えっ?」

「もし、あなたの話が本当なら、私はその腕輪をずっと求めていたの。……もらってもいいかしら」

「え、あ、はい。どうぞ」


よくわからないままに私は腕輪を差し出すと、お母さまは震える手でそれを受け取って手首を通す。すると、お母さまはぱちぱちと目を瞬かせた。


「……つらくない。気持ち悪くないし、吐き気もない。目眩もない!」

「シャロン、本当かい!?」

「本当も本当!これ、本物だわ!」


ひっしとお母さまとお父さまが抱きしめ合う。目には涙が浮かんでいて、ただアクセサリーををプレゼントしただけだったつもりの私は戸惑いを隠せなかった。


「お、お母さま?あの……、」

「オリビアさん!本当にありがとう!」

「ええと……?」


なにやら私はいい事をしたらしいけれど、事情がさっぱりわからない。興奮気味のお母さまからは話が聞けそうになく、ちらりとお父さまを見るとひとつ頷いて説明してくれた。


「シャロンは魔力を受け付けない体質なんだ。強い魔力が近くにあると、酷く体調を崩す。学校に通っていた頃まではまだマシだったんだが、今では高魔力を持つ者に触れるのも難しくなっていたし、自身の魔力で体調を崩すようになっていたんだ」

「それは……」


それって猫が猫アレルギーみたいなことだろうか。あまりにも生きるのが大変すぎる。同情を禁じえない状態に思わず言葉を失ってしまった。

そんな私の隣で、お兄さまが震える声で言う。


「じゃあ、俺に近寄らなかったのって、俺がいやだったんじゃなく……?」

「嫌なわけがないわ!」


少し落ち着いたお母さまはお兄さまの言葉を即座に否定すると、そのままの勢いでお兄さまを抱きしめた。


「本当はね、いつでもこうやって抱きしめてあげたかった。でも、そうすると私のこの体質がばれてしまうかもしれないと思って出来なかった。……言い訳に聞こえるかもしれないけど、これ以上あなたの立場を悪くしたくなかったの」


貴族は魔法を使えて当然という風潮のあるこの世界で、お母さまの魔力を受け付けない体質がバレたら、お兄さまにもいろいろと影響があっただろう。例えば、貴族のお家から嫁が来てくれないとか、逆に婿入りできないとか。子どもにそれが遺伝したらと考えるからだ。


お兄さまは目を見開いたまま抱きしめられていて、今の状況が理解しきれていないようだ。


「母上は俺を嫌いじゃない……?」

「あなたは私のことを嫌いかもしれないけど、私はあなたのことを愛しているわ。今まで黙っていてごめんなさい。あなたに嫌われたらと思うと、なかなか言い出せなかった」

「は、母上……」


お兄さまが顔をくしゃりと歪ませて泣きだす。

知らないうちに人払いをされていたのか、部屋にいるのは私たち家族とアンジェリカさんのみ。アンジェリカさんもうっすら涙ぐんでいた。


……えっ?もしかして、ついていけていないのは私だけ?


女神に言われて腕輪を作っただけで特になんにも考えてなかったから、まさかこんなことになるとは思ってなかった。渡して、『うわー、綺麗!ありがとうね、オリビアさん』くらいの反応を期待していたから、この感動のシーンに入っていけず置いてけぼりの状態だ。


「オリビアさん!」

「は、はい!」


だから突然手招きされると、ものすごく身構える。肩をはねさせながら返事をする私の手をお母さまが握った。うわ、逃げられなくなった。


「本当にありがとう。あなたは私の恩人だわ。……私のこの体質、気がついていたの」

「め、女神様が……」

「ひいおばあさまに言われたの?もう、あの方ったら……」


主犯は女神だとチクろうとしたのに、それを置いとかざるを得ない爆弾が投げ込まれた。


「お母さまのひいおばあさまが女神様……?」

「そうよ。私はあの方の血を濃く継いでいるようで、魔力が受け付けないの。女神は魔力がダメだから」

「あっ、だから泉では魔法が使えないんだ……」


よくよく思い出したらお母さまとそっくりなのに、女神の登場シーンが衝撃過ぎて全然結びつかなかった。というか、一本釣りされる女と義理とはいえ母親を結びつけることを本能的に拒んだのかもしれない。

情報量の多さにパンクしそうになっていると、「……オリビア」今度はお兄さまが私を呼んだ。次は何?正直嫌な予感がするんだけど……。


「今までごめん!」

「えっと……?」

「変に張り合ったりして、本当にごめん。俺、自分のことばかりでまったく周りが見えてなかった」

「いや、別に気にしてないので……」

「死んだ父さんがよく言ってたんだ。領主は領民のために働くんだって。自分のためや、ましてや領民が領主のために働くなんて問題外だってよく言ってた。俺、伯爵家を見返すために……、自分のために公爵家を継ぐつもりでいた」

「ま、まあ、そういうこともありますわよ」


この流れはまずい。なんだかとっても嫌な予感がする。

どうにか軌道修正を試みるけれど、感触はあまりよくなかった。


「俺は公爵にはならないし、なれない。お前が継ぐべきだ」

「い、いやいやいや!能力的に優れた方がやるべきですわよ!ねっ!?」

「謙遜するな。お前が俺を立てて勉強の手を抜いていたのはわかっていたんだ。……わかっていたのに俺は甘えていたんだ。人格も能力もお前の方が公爵に相応しいよ」

「そ、そんなことありませんって……。私に公爵なんて務まりませんわ!」

「より優れた方が公爵家を継ぐ方が、公爵家のためになる」

「えっと、」


いやに覚えのあるセリフだ。言葉を詰まらせた私をお兄さまが真っすぐ見つめる。


「そう言ったのはオリビア、お前だ」


ここでなりたいのは公爵夫人だと言える胆力が私にはなかった。

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