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クマがあばれてテラフォーミング! RM  作者: 遊歩人


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2024年4月 米国-アリゾナ州

アリゾナ州北西部、モハーヴェ砂漠。

地平線まで続く赤茶けた荒野に、風が砂と鉄の匂いを運んでくる。

その一角に、傭兵部隊、《セクション・ダグラス》の訓練施設があった。

退役した空軍基地を改修しただけの無骨な場所で、錆びた滑走路の上には簡易テントと射撃場が並んでいる。

夜になると、冷えた空気に火薬の残り香が漂った。


ミハイルとアリーナがこの地に来たのは、約半年前――2023年10月。

戦争で両親を失った兄妹は、闇のブローカーに捕まり、ドバイで開かれた非合法のパーティに出品された。

そして、その場で二人を競り落としたのが、傭兵部隊の隊長ノアだった。


――それがすべての始まりとなる。


現在、選抜訓練は最終盤に差しかかっている。

施設内では、ある名が静かに囁かれ始めていた。


ミハイル・コルネンコ。13歳。


今回の選抜訓練は、戦死した隊員の補充を目的としたもので、志願者3名とミハイルを含む計4名が対象だった。

スポンサーの意向では、最終的に1名ないし2名が選抜される予定。

ミハイル以外の3名は全員成人で、うち1名は軍経験者だった。


「銃を構えろ」


ノアの声に、少年は無言で訓練用のM9を手に取る。

構えの説明が始まる前に、ミハイルは誰よりも早く、完璧な姿勢で立っていた。

肘の角度、指の添え方、重心の置き方――すべてが正確だった。


「……撃て」


乾いた音が響く。

標的の中心に、一発。

ノアの眉がわずかに動いた。


心の中で呟く。

――こいつはヤバい。天賦の才能だ。


その他の訓練でも、彼の精度は異常だった。

格闘訓練では、一度見ただけの動きを再現し、体格差のある相手の足をわずかな力で崩す。

戦況判断では、地形図を一瞥しただけで最短ルートと危険区域を即座に見抜いた。

模擬戦では、仲間の動きを予測し、敵の裏を取ってみせる。


ミハイルは他の訓練生と比べても、兵士としての素質がずば抜けて際立っていた。

13歳の少年とは思えぬほど静かで、一切無駄な動きをしない。


ただ、彼の瞳はいつまで経っても氷のように冷たく、まるでこの世界の光を何も映していないかのようだった。

訓練においてもノアから命令された事以外は一切行わない。他の訓練生とも交わろうとしない。


ノアは、腕を組みながらその様子を黙って見つめていた。


あの時、ドバイで見た瞳――。

吸い込まれそうな瞳だった。

感情も、希望も、何も映っていないのに....

あの瞬間、こいつには特別な“何か”があると感じた。

……まさかここまでとはな。


そしてノアは、彼の中にまだ僅かに残る、"生きる事"に対する理由が、アリーナの存在だけであることを、強く感じ取っていた。


ノアは静かに息を吐いた。


ミハイルは――天が与えたとしか思えない戦いの才能を持っている。

だが、その奥底はひどく脆い。

この少年の中には、希望という名の灯がもう残っていないように見える。

命令されれば動き、倒せと言われれば倒すだろう。

だがその瞳の奥には、生きる理由も、未来への願いも見当たらない。


妹の存在だけが、彼をこの世界につなぎとめている。

アリーナがいるから、まだ彼は壊れていない。

彼女がいなくなった瞬間、この少年の中に残る“人間”は、完全に消えてしまうだろう。


――だからこそ、引き離すことなどできなかった。


ノアは、スポンサーに対し、アリーナを特殊傭兵として別枠で入隊を認めてもらうよう直談判した。

結果、それが認められ、アリーナは支援要員としての配属が決まる。


そんなアリーナは二月で九歳になったばかりだった。

彼女の訓練は戦闘ではなく、エリザが担当する。

通信機の扱い、物資の整理、応急処置――支援要員としての訓練である。

アリーナは、施設に来て間もない頃は、兄の背に隠れて泣いてばかりだったが、エリザの優しさに触れるうち、少しずつ笑顔を取り戻していった。

手先が器用で、覚えも早かった。


正式配属が決まったその日もエリザと一緒に支援要員としての訓練を行っていた。


「ここをこう繋ぐのよ、アリーナ。敵の通信を遮断できるの」


「うん……できた」


「上手よ。焦らなくていいわ」


エリザは優しく頭を撫でる。

まるで母親のように、そっと。


エリザは彼女の手を取り、包帯を巻く手本も見せる。


「これが包帯の巻き方。怪我した人が痛くないように、優しくね」


「うん…こう?」


「そう、上手よ。あなたはとても優しい子ね」


その言葉に、アリーナも小さく笑う。


戦場の世界では滅多に見られない、柔らかな笑みだった。


そんなミハイルとアリーナは同じ宿舎で生活していた。

アリーナはいつも兄の隣に座り、今日の出来事を話す。

ミハイルは無言のまま、ノアの命令どおり銃を整備している。


「お兄ちゃん、私、今日、正式に配属されたよ。それでエリザがね、通信のコードを教えてくれたの」


ミハイルは何も言わない。


「包帯の巻き方も褒めてくれたんだよ」


ミハイルはしばらく間を空けて、軽く頷いた。


それだけで、彼女は満足そうに微笑んだ。


隣の宿舎では、ノアとエリザが訓練記録を見ながら、静かに言葉を交わしていた。


「ミハイル君って......本当にすごいんだね」


「....ああ。際立っている」


「......でも、本当にあの子達を戦地に連れて行くの?」


「ああ。そのつもりだ」


エリザは少し黙り、静かに呟いた。


「......ねえ、なんとなく、あの子達、私達と似ていると思わない?」


ノアは何も答えなかった。

視線を落としたまま、手元の報告書を閉じる。


エリザもそれ以上何も言わず、窓の外に目を向ける。


しばらく沈黙が続いたあと、エリザが口を開いた。


「選抜訓練、明日で終わりね。……増員の候補者は、決まったの?」


ノアは書類から目を離さず、短く答えた。


「ああ。ミハイルだけだ」


その言葉に、エリザはわずかに目を伏せた。


「……そう。」


「.......でも、あの子がどんなに優れていても......まだ子供だということは、忘れないでね」


「ああ。分かっている」


ノアが静かに答えた。

窓の外では、夕陽が訓練場の影を長く伸ばしていた。



翌日――。


五か月にわたる選抜訓練が終わった。

候補者は四名。その中で、最終的に残ったのはミハイルただ一人だった。

彼がそれを望んでいた訳ではない。ただ、選ばれ、与えられた場所に立っただけだった。


ノアの声が施設内に流れる。


「デルタ班、集合。今から新人を迎える」


訓練棟の影から、三人の兵士が現れた。

動きに無駄がなく、表情に迷いもない。

ブーツが地面を蹴る音が、規則正しく響く。

颯爽と現れた彼らは、無言でノアの横に整列した。

そして、ノアの声が響く。


「――ミハイル・コルネンコ。

今日から《チーム・デルタ》に配属する」


ミハイルが無言で軽く頷く。


「セクション・ダグラスには三つの班がある。デルタ、シータ、ラムダだ。

それぞれが独立行動が可能な戦術単位だが、主な任務内容は異なる。

シータは電子戦を中心としたチーム。

ラムダは防衛戦を主とするチーム。

そして――お前が配属されたデルタは、俺が直接指揮を執る精鋭部隊の主力チームだ。

構成人員はお前を含めて五名だ。」


そう言うと、ノアの隣に並んでいたメンバー達が自己紹介を始めた。


「俺は、アントン。デルタ班のサブリーダーだ。

お前の訓練記録を見させてもらった。命令に忠実で、判断も正確なようだ。

――それでいい。ここでは、それが生き残る最低条件になる」


最初にそう話したのは、アントン・シュレーダー。

ドイツ出身で、大学では経済学を学んでいた異色の傭兵。部隊の戦術策定に秀でている人物である。


「俺はマリクだ。

......訓練記録を疑う訳ではないが、こんな子供をチームに入れて本当に大丈夫なのか?俺たちは保育係じゃないぞ。」


鋭い目つきで、ノアの方を見て低く呟く。

次にそう話したのは、マリク・ハサン。

アラブ系移民で過去に米軍の通信部隊シグナル・コープスに所属していた人物である。


「俺はルカ。

まあ、俺は歓迎するよ。若いってのはいい。反射も速いし、身体も柔軟で怪我しにくいからな。

ただし――俺の射線に入ったり、邪魔したりはするなよ、天才くん」


最後にそう話したのは、ルカ・ヴィエリ。

イタリア系らしいが正確な出身地は誰も知らない。

射撃の腕はセクション・ダグラス内でも一、二を争う人物である。


三人の紹介が終わると、ノアが締めくくった。


「ひとまず、今日からは、お前と我々との連携の練度を上げて行くために、チーム訓練を毎日行っていく。模擬戦がメインとなっていくだろう。

これまで通り訓練に励め。


――ただし覚えておけ。

デルタは常に最前線に立つ。任務が下ればすぐにでも出撃する。

 “いつでも戦地に行ける心構え”は常に持っておけ。それが、このチームに所属するということだ」


「では、質問があるなら今のうちに聞け。なければ、すぐにでも訓練を始める」


ミハイルは静かに首を振った。


こうしてミハイルは自分の意思とは関係なく、この日よりチーム・デルタに配属される事となった。

そして、いつの日か必ずやって来る戦地への出撃に向けて、日々の訓練を重ねていく事となる。


チーム・デルタへの配属が決まったその日の夕方、宿舎へと戻ると、アリーナが走り寄ってきた。


「お兄ちゃん、すごいね!

チームに配属されたんでしょう?」


しかし、ミハイルは、アリーナの目を一度だけ見た後、無言で軽く頷くだけだった。

ミハイルの瞳は冷たいままで、笑顔もないし反応も薄い。

それでもアリーナは兄の事が変わらずに大好きだった。


闇の世界を彷徨っていた幼い二人の運命が少しずつ、そして大きく動き始めたのだった。

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