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クマがあばれてテラフォーミング! RM  作者: 遊歩人


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2019年7月 日本-北海道

北海道の山深く、人の気配が途絶えた森の奥。

そこにぽつんと建つ施設は、外見はただの古びた観測所にすぎなかった。


だが、その施設の地下には――外の世界には決して知られてはならない「もう一つの顔」が隠されていた。


暗い廊下を進めば、無機質な実験室。

そこに立つのは、白衣の研究者たちと、黒衣をまとった謎の男たち。

彼らは、研究ビザを取得してこの国に来ているらしいが、その真の目的を知る者はごくわずかであった。


檻の中には、一頭の巨大なヒグマがうずくまっている。

荒い息と共に響く咆哮は、分厚い鉄格子すら震わせるほどだった。


「……準備が整いました」


誰かが低く告げる。


その時、一人の研究員が声を上げた。


「ま、待つんだ! やはりこの実験は危険すぎる! もし森に放てばどうなるか――!」


その必死の訴えは、黒衣をまとった男達の冷ややかな視線に遮られる。


「あの御方の考えに間違いはない。教えに背く者には未来はない」


次の瞬間、乾いた銃声が鳴り響いた。

声をあげた研究員は、最後まで言い切ることなく床に崩れ落ちる。


訪れた静寂の中で、ウイルスは注射器を通じてクマの体内へと注ぎ込まれた。


「……放て」


厚い扉が開き、檻の鉄格子が引き上げられる。

ヒグマは一歩、また一歩と外へ踏み出し、やがて夜の森に姿を消した。


――“災厄”が、解き放たれた瞬間だった。



北海道・東部。標高の低い丘陵地に広がる小さな酪農牧場で、異変は静かに始まった。


最初の一頭がやられたのは、八月の終わり。朝の搾乳に向かった牧場主・佐久間は、柵の隅で横たわる乳牛を見て言葉を失った。首元には深い噛み跡。だが、肉は食われていない。


「野犬だべ……最近、山の方で見かけたって話もあったしな」


そう言って、佐久間は箱罠を仕掛け、夜間の巡回を強化した。だが、翌週にはさらに二頭が倒れていた。どれも同じように、喉元を一撃で裂かれ、肉にはほとんど手がつけられていない。


「おかしい……野犬なら、もっと荒らすはずだ。群れで来て、食い散らかしていくもんだ」


一連の被害に疑念を抱いた佐久間は、古い監視カメラを牛舎の屋根に設置した。画質は粗いが、動きは捉えられる。

そして三日後の深夜、それは映っていた。


一頭のクマ。異様に大きく、動きが速い。柵を越える瞬間、カメラの赤外線に反応して一瞬だけ顔が映る。その目は、獣のそれではなかった。


「……なんだ、こいつは……」


佐久間は震える手で再生を止めた。


「クマが、こんな動きするか……? 罠も避けて、牛だけを狙って……」


その夜、佐久間は銃を手に、牛舎の前で一晩中待機した。だが、何も現れなかった。


翌朝、納屋の裏手に設置していた罠の様子を確かめに行った佐久間は、異常に気づいた。くくり罠は確かに作動していた。だが、そこに獣の姿はなく、罠には何も掛かっていなかった。地面には、深く刻まれた巨大な足跡だけが残されていた。前足の幅は、十八センチを優に超えていた。


「……あの日以来、ぱったり来なくなったな。あの罠を見て、何かを悟ったのか」


それ以降そのクマは、佐久間の牧場の牛舎に近づくことはなくなった。まるで罠の危険性を学習したかのようだった。


しかし、数週間後、隣町・羽白町の牧場で乳牛が襲われた。噛み跡は同じ。喉元を一撃で裂かれ、肉にはほとんど手がつけられていない。地面には、十八センチを超える前足の痕。


「同じ個体の可能性が高いです」


町役場の職員は、猟友会との合同会議でそう報告した。資料には、佐久間の牧場で撮影された監視映像と、今回の足跡の写真が並べられていた。


「罠を避ける。部位を選んで食べる。夜間にしか動かない。これは、普通のヒグマじゃないな」


猟友会の古参ハンター・大谷は、眉間に深い皺を寄せながら言った。


その後、このクマはさらに別の町へと移動し、また一頭、また一頭と牛を襲っていく。被害は点から線へ、そして面へと広がる。


自治体は緊急対策班を設置し、電気柵の導入や夜間巡回を強化したが、クマはそれらを避けるように行動を変えた。罠の配置を見抜き、監視カメラの死角を突き、まるで知能犯かのように動いていた。


その類を見ない異常性の報告を受け、事態を重くみた国はある組織に調査を依頼した。


国の影に潜む特殊機関――《第五環境防衛課》。通称「五環」。

主に生物兵器や未確認生物の影を追う秘密機関。

今回、国からの要請を受けてこの機関が動きだした。

任務は、被害の拡大を防ぎつつ、可能な限り対象個体を“生け捕り”にして生体調査を行い、事態の真相を解明すること。

だが、相手は並の存在ではない。生け捕りの難度は、極めて高い。


五環からこの任務の為に派遣されてきたのは、志摩遥人しま・はると。獣医学に通じ、行動生態と戦術も学んだ異端の分析官だ。

彼は国からの専門家という名目で自治体に加わり、猟友会や牧場主と歩調を合わせながら現場の解析を進めていった。


「罠の位置、被害の時間帯、カメラの向き――すべて記録を取ってください」


志摩はノートをめくりながら自治体関係者に指示を出す。猟友会の大谷もいつでも動けるように常に現場にいた。


計画は慎重だった。

囮の牛を仕込み、その周囲の罠の配置を逆手に取り、クマが「安全だ」と思う空白地帯をわざと作る。そこへうまく誘導し麻酔弾で仕留める作戦だ。

志摩がデータからこのクマの行動パターンを読み、自治体が夜間の巡回を調整しクマの行動範囲を制限し、大谷の射撃の腕で確保する――そういう連携だ。


作戦当日を迎えた夜。厚岸の廃牧場。月は薄く、風は冷たい。志摩は息を整え、大谷は姿勢を固める。自治体の職員が無線で状況を伝える。緊張が張り詰める。


志摩の予測通りクマは来た。罠を避け、静かに、だが確実に牛へ歩み寄ってくる。

そして、狙撃ポイントにクマが足を踏み入れた次の瞬間、大谷によって麻酔弾が即座に放たれた――しかしクマは想像以上に敏捷で、その弾を咄嗟にかわした。次の瞬間には闇の中へ走り去る。


「しまった外れた!」


短い叫び。結局、その日の作戦は失敗に終わった。


しかし、その報告を受けても、生け取りを優先せよという国の依頼は変わらなかった。命令がある限り、今後も安易な射殺には躊躇せざるを得ない。


再度、計画の練り直しを余儀なくされていたが、事態は悪化した。クマの襲撃はその後も止まらず、ついには人家の近くにまで被害が広がりだす。近隣住民の恐怖は限界に達し、自治体も強硬な対策を検討せざるをえなくなってきた。


「志摩さんは生け捕りを望まれてはいるが、もうこれ以上被害を放置することはできない」


町長の顔は疲れていた。志摩は沈黙を破る。


「分かりました。――安全の確保を優先します。人への被害が出る前に片をつけましょう。最終手段の射殺を計画します」


志摩は、生捕りが困難である事を上司に伝えた。

覚悟を決めた上での選択だった。そう決めた以上、もうミスは許されない。

チームは、これまでのデータを洗い直し、射撃のための完璧な布陣を敷いた。農地の照明を落とし、退避経路を封じ、狙撃手以外は観測に徹する。すべては一瞬の勝負に備えるためだ。


その夜、別の牧場でクマは再び姿を現した。しかし、今度は完全に追い詰められていた。志摩の読み通りの場所、自治体の封鎖、猟友会の追跡も見事に噛み合う。闇の中で巨大な影が一瞬、足を止める。


「今だ!」


大谷は低く呟き、照準を合わせた。彼の指先は揺れない。長年の勘と経験が、ためらいを消していた。


銃声が夜を裂く。麻酔弾とは段違いの弾丸スピードで発射された弾は標的の急所、両肺部を的確に撃ち抜く。咆哮と共に雪に赤みが広がり、影は地面に崩れ落ちた。静寂が戻る。大谷は銃を下ろし、志摩はひざまずいて息を吐く。


生け捕りは叶わなかった。だが町と人々の安全は守られた。この地域にやっと訪れた安堵の瞬間だった。


捕獲されたクマの遺体は、秋田県某所――戦後に閉鎖された鉱山跡地に密かに作られた、五環の研究所へと搬送された。


志摩遥人は、白衣に着替えながら深く息を吐いた。解剖調査の任務も彼に一任されていた。助手はいない。記録は五環専用の暗号端末にのみ残され、外部への報告は許されない。


「……始めるか」


坑道の奥、冷気漂う解剖室に横たわるクマは、まるで岩のようだった。皮膚を切開すると、異常に発達した筋繊維が現れた。内臓の配置も微妙に異なり、脳の構造には不自然な肥大が見られた。特に前頭葉の一部に、通常のヒグマには確認されない神経の密集が観察される。


「……これは、普通じゃない」


思わず声が漏れた。

単なる突然変異なのか? いや、あまりに不自然だ。進化の過程で偶然こうなったとは考えにくい。胸の奥で直感がざわつく。


志摩は急いで端末を立ち上げ、採取した血液と脳組織の一部を解析機にかけた。

数分後、モニターに現れたのは、既知のどのデータベースにも一致しない配列だった。


「……新種のウイルス、か?」


未知のウイルスを思わせるパターンは、既知のデータと完全には一致しない。だが、解析を進めるうちに、ある傾向が浮かび上がってきた。


「……神経伝達物質の制御を……示唆している?」


息が詰まる。

その配列は、脳内のシナプス結合を異常に増幅させ、電気信号の伝達効率を高めている可能性を示していた。つまり――知能を押し上げているのかもしれない。


だが、それは祝福ではなく呪いに近い。

情動を制御する領域が異常に活性化し、攻撃性のリミッターが外れていることも示唆されていた。


「知恵を与え……攻撃性を解き放つ……?」


まるで人類が火を手にした瞬間を、獣達が再現しているかのようだ。

ただし、それは進化ではなく――暴走と言える。


「……やばいぞ、これは……」


志摩遥人は、解析端末の前で固まったまま動けなかった。


脳組織のスライスには異様なシナプス結合が広がっている。神経伝達の効率を高めるはずの微細構造が、明らかに「自然の進化」だけでは説明しにくい密度で埋め尽くされていた。

血液から検出された粒子状の構造体は、既知のウイルスとは一致しない。しかも、その作用は脳に選択的で、免疫反応の出方も通常とは異なる。


――偶然か。突然変異か。


だが、モニターに表示された分子配列を見れば見るほど、志摩の胸の中の念は重くなるばかりだった。配列には自然界に見られない人工的な節があり、遺伝子挿入の痕跡を示唆するパターンが含まれているように見えた。


「……これは、設計されている可能性が高い」


呟きは本心を割った声だった。断言はできない。だが、ただの変異で済ませられるだけの説明ではない――その確信めいた嫌な勘が、志摩の思考を支配した。


「……もしそうなら、国家の問題だ」


震える指で、志摩は極秘回線を立ち上げた。すぐにでも報告しなければならない。だが、その瞬間。


解剖室の扉が、音もなく開いた。


黒衣の男たちが無言で現れる。覆面の奥の瞳が冷たく光る。


「……なんだ!?お前たちは、誰だ……?」


志摩の声に答えたのは、低く無機質な声だった。

「残念だが――報告されては困るのでな」


次の瞬間、銃声が室内を切り裂く。

志摩の身体がのけぞり、血が白衣を染める。


「……ぐ……あ……」


最後の呻き声を残し、志摩の意識は闇に沈んだ。


黒衣の者たちは無言のまま端末を操作し、記録を消去するだけでなく、解析データも改竄し、「異常は何もなかった」と報告する形に整えた。

サンプルは焼却され、志摩も熊の遺体も跡形なく処分された。


後日、志摩遥人は「行方不明者リスト」にその名を連ねることになる。

真実を告げるはずだった証拠も、そして彼自身の存在までも、徹底的に闇へと葬り去られた。



「くまがあばれてテラフォーミング!」をもっと上手く書きたかったなと以前から思ってて、この度セルフリメイクをする事に決めました。

内容も最初のものと比べて大きく変わるかもしれません。

ただ、現在並行して「40光年」という作品も連載していますので、更新頻度が少し遅いかもしれません。その辺はご了承願います。

もし各作品、気に入ってもらえましたらブックマークや、感想等を頂けると当方としても大変励みになります。そちらも併せてよろしくお願いします。

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