水筒と脱出と新天地
あの会議から一ヶ月……。
聖杯恩賜を受けてなかったコーデリア、デクスターさん、サジェリアには早い段階で聖杯を飲んでもらい終えている。
デメリット、何それ美味しいの?って勢いだった。
ダンジョンの育成方法は、サキを介して皆の魔力を体調に影響無いギリギリまで吸い上げて、ダンジョンの中で放出する事だ。
恩賜を終えた後は俺の分も追加され、結果としてだがこのくらいの期間で収まった。
その間はデクスターさんに師事して鍛錬と稽古、そしてコーデリアとエレンとサジェリアとの睦事……。
日に日に増す絆は俺達の連帯感を高め、稽古はより身に入った。
「アユム」
「ああ、いよいよだな」
サキの情報解析により、既にダンジョンは飽和状態を迎えかけてる。
放っておけばスタンピード発動って寸法だ。
人によっては俺達は帝国人を大量殺戮したテロリストとしてその名を歴史に刻むだろう、そして同時に長きに渡る暴君との争いによる犠牲を……リーデン帝国崩壊によって治めたヒーローと語り継ぐかもしれない。
実際それほどの事が起こるわけだから、皆でこれで大丈夫かと話をした事もあった。
それでも、そうである事を承知の上でやると決めた。
「既に実験して分かっていますが、あの様な安全で確実な手段が得られるとは思いませんでしたな」
「元よりサキは力の塊で急成長してましたが、あの日々の俺達なりの努力が実を結んだってとこですかね」
「ふふふ、それにその効果は大変光栄な物でしたからな」
「でしたら良かったです」
皆との絆と連帯感を育んだ結果サキは成長、神聖団結共言うべき能力を得た。
召喚者と聖杯恩賜を受けた者は、神器サキと共にある時のみその能力と全員の魔力を共有できる……で合っていると思う。
俺とサキと一緒でないと行使出来ないと言うのが、聖杯のデメリットを受け入れ飲む事が出来る者だけに許された特権と言う感じがある。
「アユムさん、万事整いました」
「わすれもの、ありませんわ〜」
「ああ、分かった」
コーデリア、デクスターさん、サジェリア、エレン。
皆、ちゃんと揃ってるな。
っと、サキ!
「どうしたのマスター!」
「お前がいないと始まらないだろ、分かってる癖によぉ」
「えっへへ!だよねぇ、さぁ今回は能力大盤振る舞いだよ!」
魔力を消費して姿と気配を周囲から完全遮断する隠密水筒、自在に浮遊し移動する自立機動、これを神聖団結で共有化!
「これで飛べるわね!」
「私も飛べますが、魔力の消費無しは凄まじい」
「ふわふわ〜ゆらゆら〜」
「魔法でこれを行うのは、相当の魔力量が必要ですよ」
「だよね!やっぱりボク最強!」
「ああ、多分今文句なしで最強神器はサキだよ!」
「やった〜!」
こう話している間に館を飛び越える程まで高くに来ている、だがまだ忘れ物がある。
「サキ、筒内収納!」
「アイアイサー!」
そう、館を収納したのだ。
いずれ自由に住める土地を得たら、あの館を置けばいつでも住めるだろう。
それにあの館はな……。
「皆で過ごした記憶もあるが……コーデリア個人としても思い入れあるもんな、捨てておけない」
「ありがとう!母との思い出、デクスターと暮らした3年間……まだまだ一緒よ、皆と幸せな思い出で満ちてほしい!」
「ああ、そうだな!」
良いこというじゃないの、雨が降って来ちゃう……やばいやばい。
「それじゃあ改めて、繁神勢力国に向けて出発!」
「「「「おー!」」」」「お〜」
さらばだ、リーデン帝国。
理不尽と、脳筋と、戦に溢れた国よ。
ぶっちゃけ嫌いだったが、良い出会いをくれた……だからそこだけは感謝する、ありがとう。
宰相クラーク・ド・ギレット、最初にデクスターさんと出会わせてくれたのはナイスだった。
召喚者熊倉力矢、やった事はクソだがエレンと出会い救うきっかけとなった……次はいい奴に生まれ変われよ、またな!
そして暴君皇帝ブランドル・ド・リーデン。
コーデリアとデクスターさんと出会わせてくれて、呪いとの戦いでサキが急成長、ダンジョン出来るきっかけだからサジェリアとの縁もくれたし、熊倉のクソムーブに承知したからエレンとの縁もか。
……あれ、実はMVPなのか?
いや、それは認めたくないな。
でもこれだけは言える、“血縁上”のお父さん……俺は娘さんと幸せになります。
そうして俺達は反リーデン連合方面へと旅に出た。
*************
俺達は何事もなく国境を越えて、リーデン帝国と反リーデン連合が争う戦場に通りがかる。
どうやら武力で押し勝っているリーデン帝国が優勢な場面な様で、奴らは完全に調子に乗っていた。
「ハハハァッ!ほれほれ、死ぬぞ!すぐ死ぬぞぉ!」
「ヒッヒイィッ!」
「貴様ら!わざと痛めつける様に!!」
「何と卑劣なぁ!」
「弱ぇやつなんざ生きてる価値はねぇんだよぉ!」
……俺が就職していた時だ。
悩んだ結果安定して裕福な家の生まれながら大学に進まず、就職を選んだ俺は中々決まらない中で最終的に交通誘導警備の会社に決まった。
特別身体が強いわけじゃないし、周りから弄りやすいキャラだと笑われ……嫌な奴に立ち向かう度胸も無かった。
それでも初めての仕事だから、辞めずに挑んでいる内に少しは度胸もついたかと思った。
ある時生真面目な年配の方が新人として入った、現場で先輩から『遅い』『声聞こえん』『使えない』とどやされていた。
俺は別にそこまで思わなかったし、先輩に軽い調子で意見したはずだった。
『先輩パワハラ良くないっすよ〜』
『……あ?お前オレに意見すんのかよ』
『え?』
『調子に乗ってんなボケ!』
不良上がりの先輩は舐められる事に敏感だった。
その日から明らかに乱暴な態度だったし、無茶な場所に振られて危ない目にあったりした。
おまけに先輩は上司のお気に入りだから味方で、お前が謝って早く仲直りをしてくれと散々だった。
そして次の現場が先輩と同じになるかもしれない、そうなったらと思って身体が震えた……その時だった。
『自分、代わりますよ』
声をかけてくれたのは生真面目な年配新人さんだった。
俺はうっかり安心してお願いして、体調不良を原因として仕事を休んだ。
実際そうではあったが、俺はこの時の事を後悔している。
翌日年配新人さんが亡くなった、原因は車を止めようとしての追突だ。
現場にいた先輩の責任追及とか、休んで任せた俺の責任があるとか揉めに揉めていたのを横目に……高校卒業して初めての仕事を辞めた。
あの時自分に勇気があったら、そう悩みながら色んな仕事を始めてはすぐ辞めてを繰り返した。
家族は仕事が全く手につかなかった俺を心配し、『無理をするな、休んでゆっくり考えなさい』と言ってくれた。
そして就職意欲を取っ払った完全なる無職となった俺は、自分が今までやらかしてきた事を少しずつ消化する日々だった。
それが、今に繋がっている。
俺は今、無性に腹が立っている。
帝国の兵士や騎士を見ていると、あの先輩を思い出す。
そして連合の兵士や騎士は年配新人さん……。
かつての俺は度胸がなく、勇気が出ず、後悔する選択をした。
異世界で力もない完全に無謀な状況なら兎も角、言われるまま言われっぱなしで俺は屈した。
俺は皆に振り返る。
「俺はもう間違えたくない、だから力貸してくれ!」
あの1ヶ月の間に俺は過去を話すこともあった、皆それを知っていて思い当たったから……一斉に頷き動き出した。
金属鎧を着込んでる帝国兵士騎士達に熱湯をぶっかけ、装備や兵糧等の物資を筒内収納で分捕り、拠点の各所に栄養添加で作ったガソリンをぶち撒けて魔法で火を放った。
一転、帝国側の地獄絵図。
更に連合側の負傷者がいるテントにヒールポーションや聖水を霧状で撒いて、回復と清浄化を行い。
壊れた装備を筒内整備、兵糧は分捕ったのを分けたり等で対応。
不利な状況を改善した。
連合側は突然の事に困惑していたが、すぐに切り替えて調子を崩した帝国側に攻め入った。
そんな事をあちこちの戦場で行った、神聖団結で魔力も全員で共有しているから余裕過ぎてやり放題やった。
俺達は“水筒無双”した。
「あっ、熊倉……!」
巡った場所の中では手を出す必要がない寧ろ優勢な場所もあった、その1つが熊倉力矢初陣の戦場だった。
熊倉はどうやら一騎打ちの真っ最中であり、相手は青い髪の女騎士であった。
鎧の胸元の紋章には“青い炎”が描かれていた。
「あの紋章はオリファント王国だって、ボク達が向かう予定の繁神信仰国で最大の国だって!」
「マジか」
「同時に連合の盟主だから、権力やばやばだね!」
繁神勢力最大で連合の盟主か……そこのお姫様だったりするのかな。
熊倉の神器と切り結ぶ度に青い炎が迸るし、特別な剣とか?
「魔剣、本物なのね」
魔剣!?
「知っているのか、コーデリア」
「知識だけならね!強力な魔物の素材を使って作った、人が作りうる武器としては最大到達点の代物よ!」
おいおいかっけーよそれ!
今までの魔物じゃあんなの無理だろうから、いつかあんな武器作れる魔物の素材と出会ってみたいものよ。
夢が広がりんぐ!
「行こうか、ここは大丈夫だ」
「ええ」
「そうだね、一応負傷兵に霧吹きだけやっとこ」
それだけ聞くと迷惑行為でしかないんだよなぁ。
実際は大助かりだろうけども。
兎も角十分溜飲は下がったし寄り道はここまでにして、全員で集合した。
「オリファント王国に向かうぞー!」
「「「「おー!」」」」「お〜」
という訳で目標が曖昧だったのを変更、繁神勢力最大国家で反リーデン連合盟主たるオリファント王国に向かう事にしたのだった。
*************
外が肌寒い時があるリーデン帝国と比べると、オリファント王国は穏やかな気候だった。
大きな畑を保有する農村に清潔な格好をした農奴が、汗水垂らして笑顔で働いていたのを見た。
それを見たコーデリアとエレンの顔が忘れられない、まるでありえない物見ているようだった。
「やっぱり、やっぱり、帝国っておかしかったのね!」
「帝国だと農奴はアンデッドと見間違えるレベルでした、おかしかったんですね」
ちょっと待てぇ!
それは流石におかしいって思っとけ、アンデッドって!
「それだけこの国は豊かであり、しっかりとした治世を行えているのでしょうな」
まぁこの様子を見る限りではそれに相違ない、穏やかな表情の兵士もいて治安よさそうだし。
「マスター!」
「どうした?」
「あそこがオリファント王国でもオススメの、パターソン公爵領の“迷宮領都ポール”なんだって!」
「いいなぁ!」
迷宮領都って響きが良い、まさに“ここダンジョンで有名です”って感じ。
ほら特に主従がウズウズしている、気になるのだろう。
「じゃあそこに決めるか」
「うん!了解だよ!」
「アユム、それでこそ私の惚れた男よ!」
「アユム様は人の心をよく理解しておられる!」
「私もアユムさんが決めたならば、そこで」
「ませきでつよくなって、やくにたってみせますわ〜」
全員大丈夫なようだし、行くとしよう。
────いざ新天地へ。
睦事→男女の交わりには魔素吸収率を上げる事が研究で判明しており、魔力をより早く回復出来るとされる
ヒーロー→誰かにとって英雄で、誰かにとっては悪魔たん
卑劣→何も無い所から水を出すのはこの世界ではよくある事、帝国軍人が卑劣なのもそう