ボクの名前
神器ちゃん視点です。
ボクは水筒、名前はまだ無い。
水分をその内に貯め込み、必要な時にそれを出して人々が潤う。
大事な仕事だしその時のボクが人格を有していたとしても、誇りを持ってると言って過言ではなかったはずさ。
『ふぅ……ここらで休憩と行くかな』
ボクのマスターはジャージ姿のこの人、名前は筒井歩って言う。
高校進学の時からの付き合いで、今でも愛用してくれてる……大切にしてくれてた事をずっと覚えてるよ。
相手を気遣ったり自分が嫌われるのが怖くて苦労して、上手くいかなくて傷ついて仕事を辞めてしまうことになった可哀想なマスター……。
そんな彼は異世界から召喚を受けてしまうのだ、驚きだよね。
『話を戻すが召喚の際に我ら二柱はカノスに選ばれた星の子に、“神器”を授ける事が運命られている』
普通に考えればすっごい神器がマスターに与えられて、ボクなんてお払い箱だったろうね。
もしそうなってたらなんて考えると、何だか寂しくて怖くて苦しくなっちゃう。
でもそうはならなかったんだ、神器をマスターに授ける役目だった繁神ラミト様は、ボクと水瓶の神器を混ぜる事で新たな神器にする事にしたんだ!
ボクはマスターの手を離れ、水瓶の神器へとくっついて混ざり合っていく。
不思議な感覚だったな。
水瓶の神器“アクエリアス”にはマスターの様な存在がずっと不在で満たされていなかったと、だからこそボクと一体になる事を感謝していた。
でもね、ボクだってそれは同じだよ。
『神器は主たる星の子達の魂と融け合い、常に共にある様になります』
『そうすれば何があろうと失う事はありませんし、共に成長出来る訳です』
神器になれたからこそ、こうしてマスターと融け合えたんだよ。
魂に融け込んだ事でこそマスターの事良く分かって、ますます大好きになった。
成長するまで会話で通じ合う事は出来なくて、もどかしい所もあったけど……それで得られるマスターとのコミュニケーションとか反応とかあったし!
コーデリアやデクスターにサジェリアと出会い、仲間が増えて賑やかになっていった。
その過程で様々な経験を経て、マスターもボクも互いに成長していく……その実感が得られていて、楽しくてしょうがないんだ!
「はぁ……!はぁ……!もう一本お願いします!」
「えぇ、どうぞ掛かって来てください」
「あゆむさま、ふぁいとですわ〜」
「アユム!無理はしないでね!」
「ははっ、分かってるさァ!」
前回の呪い祓いでデクスターは5割強まで力を取り戻したみたいだ、純粋な白兵戦なら現場の誰も勝てないだろうね。
コーデリアも負荷が減った事でまた強くなったみたい、元から戦いのセンスがあった所に肉体が追いついてるって感じかも。
元から肉弾戦が強くないサジェリアは兎も角、二人との差にマスターが意識しちゃうのは当然かもね。
『マスター、温泉成分付与したお湯を浴槽に張っといたからね!』
『ふひょーっ!助かる!汗だくでマジヤバイからな!』
今のボクは以前の様な擬古ちなさが無くなり、完璧に流暢に話せる様になったんだ。
自分で考え、自分で判断して、自分で動く………成長したと感じるけれど、同時に分かってることがあるんだ。
今までの爆発的な成長は、呪いから取り込んだ力の塊による物……そして同時に神器として未熟だったからというのもある、もう不可能なのだろうね。
コーデリアにある呪いも数がないわけだし、この方法は頭打ちなんだよ。
『さぁあと少し!頑張れマスター!』
『やぁってやるぜ!』
「直線的ですな」
「ごほッ!」
だからこそマスターが自身を積極的に鍛え、心身を育むのは大正解!
ダンジョンの存在もリスクがあるけど、精神世界ではない場所での危険な魔物との戦いや使い魔が仲間として新たに増えたりと、ボク達の成長に大きくプラスになるはずだよ!
マスターとしてはコーデリアを呪いから救う事は必須事項、鍛錬とダンジョンはその後の将来性もあるし未来は明るい……問題が無ければだけどね。
それを知るために、やっておかなきゃならないことがある。
「コーデリア」
「うぇ!?ってそうだった、もう話せるんだったわね神器ちゃんは………どうしたの?」
「……マスターには黙っておくけど、皇城内の調査に行こうと思ってね」
「────そう、出来るのね?」
「うん、ボクとマスター互いの情報を敢えて遮断出来るんだ……鍛錬に打ち込んでるマスターの邪魔をしたくないし、奴らの情報は事前に知っておくべきだって思ってね」
リーデン帝国皇帝“ブランドル・ド・リーデン”、奴がマスターともう一人を召喚した元凶だ。
同時にコーデリアの血統上の父で、呪われた事にも大きく関わっていたりと碌でもない人物だ。
わざわざ“いらぬ物”と隔離した以上こちらに興味なんかないだろうけど、向こうがやらかした事がボク達を巻き込んで損害を与えてきかねない。
もしそうなる可能性が高まってきているというなら、ボクは何としてもマスターをこの国から逃がす。
「……そうね、私からもお願いできる?」
「もしかしなくても、キミもボクと同じ気持ちかな?」
「アユムをあの男が引き起こす惨劇から引き離して一緒に遠くへ行きたい、っていうならそうよ」
「ふふふ、なら一緒だね」
コーデリアは心からマスターを慕ってる、信頼出来る娘だ。
この場は彼女に任せよう。
『マスター!ボクちょっと用事済ませてくるね!』
『ハァ…ハァ…おう、行ってらっしゃい!気を付けてな!』
アハハッ、気を付けてって今のボクなら大丈夫な事分かってるのに言っちゃうなんて……本当に優しいよね!
だからボクは、マスターが出来ない部分を補う。
そして守るんだ!
*************
皇城に潜入完了。
隠密性の高い蛇に襲われた経験からか、魔力を消費して姿と気配を周囲から完全遮断する隠密水筒とも言うべき能力を獲得したんだ。
自立機動、隠密水筒、そしてそれらに使う魔力はサジェリアから筒状収納の拡張能力でいくらか貰って収納する事で、周囲に魔力探知されない様に動けるわけ。
「よっしゃあ!俺がアイツやってるとこ見とけよ、見とけよ〜!」
「きゃあ〜!リキヤ様、素敵〜!」
ここは訓練所、だね。
皇城最下層のそこそこ広いスペースで、皇城務めの帝国騎士達が鍛錬を積んでいる場所と情報解析出来たよ。
しかしあそこにいるのってマスターと同じ様に召喚されたけど、見事に暴君達に取り込まれた“熊倉力矢”じゃなかったっけ?
コーデリアやサジェリアと比べると、魂に穢れを感じる令嬢達……10人くらいかな、に囲まれてるよ。
そしてその向かいで震えてるのは文官だ、年若い中性的な容姿の少女だね。
「り、リキヤ様!私は間違った事を言っておりません!」
「は〜ん?何が言いたいの?」
「異世界召喚から5日目、既に期日の7日目に迫っております!どうかご自身が楽しいからと訓練と戯ればかりでなく、教養を!」
なるほど、アイツは訓練だけはやってるんだね。
リーデン帝国の風潮を考えれば、それで目溢しされてもおかしくないもんね。
ただ気になるのは期日か……やっぱり何か。
「黙れや戦えねぇ雑魚がよぉッ!!」
「────ッ!?」
「俺昔っからお前みたいな勉強を強要してくる奴大っ嫌いなんだよね!その癖力見せつければピーピー泣いて俺が悪いみたいでよぉ……ムカつくぜぇ!!」
「流石リキヤ様!その迫力憧れちゃいます〜!!」
うわぁ……何か元からアレな奴だったのが、帝国の空気と神器の力で増長してる感じかな?
「頭でっかちの……しかも男とかなよっちぃ!ますます嫌いだぜ!!」
しかも性別分かってない感じだよーっ!!
でもここだとこんなでもモテはやされるんだね……納得だけど、同レベルだし。
あっ、神器出した。
『……』
何も喋らない、無口なのかまだ喋られる領域でもないのか。
どちらでもボクは構わないよ、マスターが会わないに越したことない存在だし。
「リキヤ様!お披露目に初陣も控えておられるのですよ!だからこそ皇帝陛下も教養を……ッ!」
お披露目に初陣、つまり7日目には戦場に向かう為に臣民に姿見せて演説したりするってこと?
力矢にそれができる様に見えないし、そりゃ焦るよね……この子だけは。
「陛下のお達しだぜ、『弱い奴に舐められるな、気に入らん奴には“罰”を与えて構わぬ』ってなぁあ!!」
「そ、そんな……きゃああああああッ!!」
やっぱりそうなっちゃうのか……教養が出来てるかより、弱くて戦えなさそうな人間の言いなりになっている方が心象悪いってこと?
頭おかしいよ……。
あっ、どうやら文官の子は息があるみたい。
「あーあ、ひっでーボロボロ具合だぜ!おい!」
「ハッ!」
「汚いから片付けておけよ、そのボロ雑巾を」
「承知しました!」
「しっ、痺れましたわーっ!」
「ハッハッハッ!」
騎士に指示を出して、あの子を城外に捨てる気だ。
今生きていたとしても、手当しなきゃ命は……。
マスターなら迷わず助けるだろうね、よし助けよう。
力矢を後2日で旗頭にして前線に戦力投入を行うって情報は得れたし、どうせまたすぐ来れるしね。
騎士達についていくと、少女は案の定外へなんの処置もされずに捨てられた。
「はぁ、終わった終わった」
1人の女の子捨てるのにこの対応、早く滅ぶべきじゃないかなこの国。
……行ったね。
ボクは魔力を消費して、女の子に傷を癒やすヒールポーションと状態異常を治すキュアポーションの効果を付与した水を飲ませる。
カノスにポーションの概念は存在するけど、リーデン帝国に薬師とか錬金術師みたいな存在が居着くわけがないから知らないだろうね。
そしてこの子がここから居なくなってても何も気にしないんだろうな、ぶっちゃけバカだよバカ。
「んっ、んぅ……」
大きな火傷に裂傷、体内に宿って苦しめていた雷属性を癒やして取り払う。
成長してボクここまで出来るようになったんだ、マスターには多少黙ってやった事を伝えなきゃだけど褒められるよね!
後は意識が無い内にこの子の肉体に入り一時的に魂に干渉して、自立機動の応用で魂に干渉した相手を動かせる魂魄操作で館の前まで持っていこう。
……そうして館へ半ばと言った所だったんだけど。
「何者ですかな?」
流石に感知能力が大分戻って来てるから、デクスターが警戒してきたみたいだ。
いやぁ、考慮するのを忘れてた……うっかりうっかり!
とにかく女の子の身体から出てっと。
「ボクだよ!」
「神器殿!?と言う事はこの少女は?」
「まともだったばかりに皇帝の理不尽にあった被害者って言えば分かる?」
「……分かりすぎる程分かってしまうのが嫌ですな、後はお任せを」
「ありがとう!」
そこからはデクスターを伴い館に戻ったら、当然大騒ぎになった。
傷は治ったけど意識が戻らない彼女は、一時的にマスターの寝室にあるサジェリアベッドに寝かせておく事にした。
結局サジェリアはマスターのベッドに潜り込むし、いいよね!
「さっすが神器ちゃん、良くやってくれた!」
「えっへへ〜!ボク1人でこれくらい出来るもんね!」
「前から出来過ぎると思ってけどな、とりあえず今回は今までの事もありご褒美を用意しててな」
「え?」
やばっ、情報遮断してたっけ!?
何が、マスターはボクに何を────。
「お前の名前は“サキ”だ」
────あははっ、これ本当?
「天使で水を司る存在の名を借りたけど、似合ってるんじゃないか?」
「ボク、ボクの……名前?」
「そうだぞ、サキ」
サキ、それなんだ……これがボクの!
実は羨ましかった。
アクエリアスが、サジェリアが……名前もらえてて良いなって思ってた。
それでも神器ちゃんって呼ばれるのは特別だから良いかなって、でも違ったんだ!
「えへへへへ!やったやったやったー!!ボクはサキ!!サキなんだー!!」
「うおお!どうしたサキ!!?」
「何言ってるのさ!嬉しいに決まってるじゃん!!分かってる癖にさぁ!!」
ああ、嬉しい!
ボクはやっと本当の意味で生まれたのだ!
これからずーっと、マスターの為のボク!
ハッピーバースデー!サキ!!
ジャージ→着やすさと気安さのダブルミーニング、流石に大事な時にはやめておくべきかもしれない
文官→この国で有能な文官は強くなければならない、さもなくば理不尽な事しか待ってない
ポーション→色んな種類があるが、同じ名前なのに別素材使われてて効果に差がない事もある




