5年後あの絵の前で出逢うかもしれない君へ
ここは19世紀フランス。
セーヌ川のほとりにあるヴェトゥイユという小さな村で画家は教会を描いている。傍らには少年がいた。
赤の他人である二人は、およそ1時間そうしていた。
痺れを切らした画家が少年に話しかける。
「エコール・エレモンテールはどうした?」
「学校は……行きたくない」
「そうか」
そこからさらに2時間経ち、教会の鐘が鳴った。
今度は少年が画家に話しかけた。
「この絵、夢の中みたい。朝の空気?」
「そうだ。私はここに『朝』を描いている。今から『昼』にカンバスを取り替える」
「色んな時間帯で描いてるの?」
「ああ。同じ場所でも時間帯、天気、季節が変われば空気が変わる」
「面白いね」
「ああ、面白い」
画家がイーゼルから『朝』を持ち上げる。
「夢ならいいのに……」
ぽつりと目線を落とす少年の睫毛の光が滲んだ。
「腹が減ったな、デジュネにしないか? 少年」
画家は少年にサンドイッチを手渡した。
少年は戸惑ったが「ありがとう」と言って受け取った。
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「そうか、友だちか」
「うん。僕は彼に嫌われてしまったみたい。最近距離があるんだ」
少年は画家に悩みを打ち明けた。
「だから学校へ行きたくない?」
「うん。何が悪かったんだろう。どこを直したら元に戻れるのかな。そればっかり考えてる」
「つらいな」
「うん」
二人はごろんと横になって空を見上げた。
雲が時間を撫でるように流れていく。
「そのままでいたらどうだ」
「そのまま?」
「ああ、少年はもう悩んだ。改善もしてみた。でも状況は変わらなかった」
「うん」
「ならば以降は『縁』に任せてみてはどうだ」
「縁……諦めるってこと?」
「いや、そのままでいるってことだ。見てごらん」
画家は絵の具を混ぜた。
「混ぜた色は綺麗だが、濁る。より鮮やかにカンバスに光を描き出すため、私は筆触分割という画法を使う。絵の具を混ぜないで併置するのだ。このように……」
「……不思議」
「だろう? 色は混ざって見えるのに鮮やかなんだ」
「夢みたいだね」
「ああ。楽しかった日々を濁らす必要はない。『夢』のまま飾っておけばいい。自身を振り返り改善するのも尊い努力であると思うが、やりすぎれば少年の色がわからなくなり濁ってしまう。混ぜなくていいさ。少年は少年のまま美しい。縁があれば隣同士、美しい色になるのだから」
少年は、寂しく懐かしい空気を大事そうに吸い込んだ。
「ありがとう。僕、学校行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」
お読みいただきありがとうございます。
美しい絵画を見た記念に書きました。
第5回なろうラジ大賞と冬の童話祭2024参加作です。
ご評価ご感想とっても嬉しいです!
ぜひ一緒に楽しませてください!
この季節わくわくします!!素敵な作品たくさん!!楽しみます!
今日もあなた様にとって光優しい一日になりますように。
※ この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。