02 ギャルヒロインに絡まれる
「ちょっと待って。さすがに、もう良くない?」
わたしは、日奈星凛莉の手を取り、駆け足で街を離れた。
男が追いかけてくるかも、という恐怖心に掻き立てられ休まず走ってしまった。
その結果、気付けばかなりの距離になっていた。
「ご、ごめん……。疲れたよね」
「ううん、それは全然いいんだけど。むしろ助かったし」
確かに日奈星さんに疲れている様子はない。
むしろ、わたしの方が肩で息をしている。
生まれ変わっても陰キャの運動音痴は継続か……。
「雨月さん、だよね……?」
日奈星さんは、わたしを見て半信半疑でその名前を口にする。
時期は二年生の春、日奈星さんとはクラスメイトになったばかり。
うろ覚えでも仕方がない。
「うん、雨月涼奈……」
とりあえず名前は名乗っておく。
日奈星凛莉はクラスカースト最上位の派手な女の子だ。陽キャでギャルのステータスを付けてもいい。
それに対して、雨月涼奈はカースト最下位の陰キャ女子。
本来、交わる事のない存在。
それでもゲームの中では、進藤湊という主人公を中心として言葉を交わす機会はあったけれど……。
「ありがとね雨月さん。なんか勧誘しつこくて、困ってたんだ」
屈託のない笑顔で日奈星さんは笑いかける。
……まさか、こうしてわたしから絡むことになろうとは。
「あ……うん、日奈星さんの態度見てたら何となく困ってそうなの伝わってきたから」
「あれ、わたしの名前分かるんだ」
「分かるよ。クラスメイトだし、日奈星さん有名だし」
大きく丸い瞳に、ゆるく巻いたブラウンの髪。
ブレザーの前は開いていて、ブラウスのボタンも外れて胸元を少しだけ覗かせている。
スカートは短くて、足は結構露出している。
細いけれど、痩せすぎてはいない健康的な体つき。
そんな誰もが目を惹く彼女は、星藍学園随一にモテる女子。
……という設定だった。
まあ、そんな予備知識なくても彼女が人気なのは一目見れば誰だって分かる。
「あ、あはは……あたし悪目立ちするからね。なんか良からぬ噂でもあるんでしょ」
「そういうことじゃないけど……」
そして、日奈星凛莉は自分の人気に無自覚な少女でもある。
優れた容姿で、見た目も女の子らしく着飾っているけれど、高飛車ではない。
むしろ、かなり砕けた性格。
そりゃ、人気者になるわ。と真逆のわたしですら納得してしまう。
「いいのいいの。なんかあたし軽く見られがちだしね。さっきの男もそういう目で見てるから声掛けてきたんだろうし」
それは聞きようによっては遠まわしに自慢しているようにも聞こえるのは、わたしの性格が悪いだけだろうか……?
まあ、でも女のわたしから見ても日奈星さんは綺麗だ。だから男の人に言い寄られるのは仕方ないことなのかもしれない。
わたしは窓に映った自分の姿を見る。
パッとしない冴えない顔立ちに、太い黒縁眼鏡。
黒髪を三つ編みにして垂らし、制服は全てのボタンを閉め、スカートの長さは校則をしっかりと守っている。
なんと絵に描いたような陰キャ女子。
いや、実際絵に描いた世界だから当たり前か……。
とにかく雨月涼奈は地味だ。
それもそのはずで、このキャラは一応ヒロインとして存在してはいるが、ふたを開けてみれば話を進行するための仲介役としての役割が大半だった。
エンディングも幼馴染としての距離感から変わらないような微妙な感じだったし……。
ま、それはいいけど。
前世のわたしも雨月涼奈のように地味で目立たない存在だったのでさほど違和感はない。
むしろ等身大すぎて、若干の同族嫌悪すらある。
だからと言って、目の前にいる日奈星さんのような対極の存在になりたかったと問われれば……。
ないな。
こんな女子力の塊、わたしには一日だって維持できないだろう。
「雨月さんは男前だね」
「え、え……?」
男前は言い過ぎじゃなかろうか……。
いや、わたしが女子力ないのは自覚しているけれど。
「街にいる全員が困ってるあたしを見て見ぬフリだもん。助けを求めてたわけじゃないからいいけどさ。でも、一番に声を掛けてくれたのが雨月さんだったのは意外だったな」
あ、なんだそういうことか。
本来は主人公が助ける場面だしね。
男前と言われればそうかもしれない。ほんとは男の子がやった行動なんだし。
「お役に立てたなら良かったよ。それじゃわたしはこれで……」
異なるタイプのわたしたちに、これ以上の話題はない。
変な沈黙が訪れる前に退散しよう。
「え、待ってよ」
しかし、日奈星さんに腕を掴まれる。
動きを封じられた。
「えっと……なんでしょうか」
「お礼させてよ」
……嫌な予感。
「お礼されるようなことしてない」
「いやいや、さすがにクラスメイトに助けてもらってそのままじゃ帰せないでしょ」
むむ……。
これと全く同じ展開を見たことがある。
本当ならここにいるはずの進藤湊を誘うセリフだ……。
それをわたしが受けてどうする。
「雨月さん、甘いものとか好き?」
「……嫌い」
ほんとは好きだけど。
ただ、受け入れてしまうとこのままスイーツを食べに行く流れになるので……拒否しとかないと。
「あ、そうなんだ。……放課後だし、ちょっとお腹空いてたりしない?」
「空いてない」
とにかく何かを奢ろうとしてくる日奈星さん……。
いらない、いらないよ。
わたし相手にフラグなんて立てなくていいから、それを進藤くんにしてあげてちょうだい。
「……少しも?」
「むしろ、満腹かも」
「……すごいね」
「うん、腹持ちいい方なの」
「良すぎだよね」
日奈星さんが若干引いてる……。
まあ放課後、夕方にもなって満腹とか言ってる子は確かに怖い。
もちろん嘘で、ほんとはお腹も空いてきたけれど。
「あ、じゃあ喉は乾いてるでしょ?けっこー走ったし、雨月さん息切らしてたし」
名案とばかりに日奈星さんが目を光らせる。
カフェとかに連れ込もうとしているのかもしれない。
でも、それもダメだ。
「乾いてない」
「……マジ?」
「マジ」
「あんなに走ったのに?」
「運動しても喉乾かないタイプ」
「……そんな人間いるの?」
「ここに」
「雨月さん、運動部じゃないよね」
「……帰宅部だけど」
じー、っと日奈星さんの視線が突き刺さる。
「あたし、雨月さんに拒否られてる?」
「……」
そういうデリケートな部分をオブラートに包まずに聞いて来るあたりが、何と言うか、陽キャだなと思う。
わたしならそんな怖い事聞けない。
気を遣った返事が返ってくるだけでこっちも気を遣うし、本当のこと言われても傷つくだけだし。
とにかく、そんなことを聞かれても反応に困る。
「いや、そういうわけじゃないから……」
我ながらはっきりとしない答え。
何かを濁しているのは丸わかり。
こういう時、コミュニケーションスキルが足りないわたしはどうやったら上手く対処できるのか分からない。
「だよねっ。嫌だと思ってる子をあんな堂々と助けるわけないもんね」
ニコッと微笑む日奈星さん。
様子から察するに、信じてくれている。
すごいな……。こんなあっさり受け入れてくれるんだ。
「そっかぁ。でも困ったなぁ、これじゃお礼ができないなぁ」
「いいよ、ほんとに大丈夫だから」
これ以上長引いても困る。
わたしは隙を見て、掴まれていた腕を振り払う。
「あっ、雨月さん。どこ行く気!?」
「帰る」
「ええっ、ちょっとそれじゃあたしの気持ちが――」
「その気持ちはクラスメイトの男の子に向けてあげて」
「……なんで?」
首を傾げる日奈星さんを尻目に、わたしは逃げるようにまた走り出した。