百物語(99の怪談と1の怖くもなんとも無い話)
僕の名前は荒牧 大輔と言います。高校生で、小柄で眼鏡を掛けていて、どちらかと言えばクラスでは冴えない奴です。
実は僕、物凄い怖がりでして、だからクラスの皆が夏休みに怪談百物語をすると言い始めた時は背筋が凍る様な思いをしました。
でもクラスの皆が参加するって言うし、泣く泣く僕も参加することにしました。
当日の夜、僕は一人でクラスメートで実家がお寺をやっている椎名 明美さんのお寺までの長い石階段を登ります。足取りが重いのは怪談が怖いからですが、実はそれだけではありません。
階段を登り終えると、お寺の赤い鳥居の前に、制服を着た椎名さんが立っています。椎名さんは髪が長く、後ろ髪はおろか、前髪も長いので、まるで顔を真っ黒なカーテンで隠したようになっています。
「こ、こんばんは。」
「こんばんは、荒牧君。準備は出来てますよ。」
「あ、あの、そのことなんだけど・・・。」
僕は割と重要なことを言おうとしたのだけど、椎名さんがテクテク歩いていくので、仕方なく彼女の後ろを付いて歩く。
夜のお寺は不気味で、唯一の光源である灯籠の灯りすら近寄りがたい怪しさがあります。
「お父さんに聞いてみたんですが、やはり本堂の方は貸してもらえなくて、代わりにあまり使われていない倉を貸してもらえました。」
椎名さんの言うとおり、薄暗くなった道の先に大きな倉があありました。椎名さんが倉の鍵を開けて、中に一緒に入りました。そうして椎名さんが電灯を点けると、そこはだだっ広い木造の空間、確かにここならクラスメート全員が入れるかもしれません。
倉の木の床には蝋燭が無数に立っており、今から火を着けますねと言って、椎名さんがチャッカマンで火を着け始めます。蔵の隅を見ると水の入ったバケツもあるが、本当に百本も一人で並べたのでしょうか?だとしたら椎名さんが不憫で堪りません。
「椎名さん、あの・・・。」
「すいません、一人だと時間が掛かってしまうので、荒牧君も手伝ってくれますか?話すスタートが遅れると夜が明けてしまいますから。」
「は、はい、分かりました。」
また、言いそびれてしまいました。これは正直マズいです。
百本の蝋燭に火が灯り、電灯が消えると、蔵の中が不気味な光で照らされた怪しさ満点の空間になりました。
「上の窓だけ開けておきますね。火を使っているので換気しておかないと。」
そう言って、開け放たれた窓の外からは月の光が入ってきて、何処か幻想的かつ不気味な雰囲気です。
怖い、こんなところで怪談百物語が開催されようとしていたと思うと、正直ゾッとします。
そう、もう言わないと。
「皆さん、遅いですね。」
「あ、あの椎名さん、あのね・・・」
言い辛いですが、僕が勇気を出して真実を告げようとしました。しかし、椎名さんが僕の言葉を遮りました。
「じゃあ、始めましょうかね。皆もその内来るでしょうし、実は怪談を用意してない人達のために、私百個程は話用意してたんです。」
「へっ?」
「荒牧さん、話を用意してましたか?」
「い、いえ、すいません。怖い話は苦手でして。」
「なら今夜は観客ですね。どこでも良いので座布団敷いて座りましょう。」
口元だけ見えてニィっと笑っている椎名さんが、不気味に見えて、もう僕はお腹いっぱい怖かったですが、とりあえず座布団を敷いて、椎名さんの怪談を聞くことにしました。
さぁ、恐怖の始まりです。
早朝3時半、まだ暗く、新聞屋さんの配達員ぐらいしか起きてない時間に、椎名さんの99個目の話が終わり、99個目の蝋燭が椎名さんの息で吹き消されました。蝋燭の火の光一つに照らされるというのは、光が足りなくて頼りなくて、怖さ満点ですね。
ちなみに僕は恐怖で大号泣です。だって椎名さんの声の抑揚とドスの利いた声、時折、普段聞いたことのない大きな声が凄くて、怪談話のプロ顔負けなんですよ。そりゃ怖いですよ。
「ふぅ、99個終わりましたね。流石に疲れました。荒牧君怖かったですか?」
「ひっく、と、とっくに腰が抜けて、もう立てそうにありません。うぅ・・・メチャクチャ怖かったです。」
日本兵の骸骨の穴から人の手が出てきたり、人間の殺人鬼が、殺した子供達の霊に逆に惨殺されたりと、一癖も二癖もある怪談話に僕はショック死寸前でした。
「それは良かった。一人でもちゃんと怖がってもらえて、私もやった甲斐がありました。」
結局、怪談が99話されても、クラスメートの人達は人っ子一人来やしませんでした・・・なんて白々しいですね。僕はその理由を知っているというのに。
「あ、あの椎名さ・・・」
「知ってますか?荒牧君。怪談百物語は本当に百物語を語ってはいけないんです。話すと本当のお化けが出ちゃいますからね。」
再び僕の言葉を遮る椎名さん。それが少し強引な気がして、僕は言い直すことが出来ません。
「だから、最後に怖くもなんともない話をしたいと思います。」
怖くもなんともない話?それは一体どういう話なのか?僕は興味が湧いてしまいました。
そうして椎名さんが百個目の話を始めました。
「とあるところに、根暗で恥ずかしがり屋の女の子が居ました。クラスからも浮いていて、女の子には友達一人居ません。そんな女の子なので寂しい高校生活を送っていましたが、夏休みになる前に大役を任されました。怪談百物語をやりたいから、実家のお寺を貸してくれと言われたのです。」
・・・そこまで聞いたら、誰の話かは明白でしたが、僕は黙って聞くことにします。空気は読める方ですから。
「女の子は張り切りました。何せ人に頼られたのは初めてでしたから、だから会場の準備などを一人で引き受けて、怪談も沢山集めて話す練習もしました。そうして百物語の前日、女の子は蝋燭等、必要な物を買いにスーパーに出掛けました。すると、そこでクラスメートの女の子二人を見つけ、こんな話を聞いてしまったのです。『ねぇ、明日のクラス全員で行く海の花火って、追加で花火買って行って良いのかな?』『良いんじゃない?楽しみだね。花火。』そんな会話を聞いて、女の子は呆然としました。明日はクラス全員が女の子のお寺で怪談百物語をする筈でしたから。中止の知らせも、花火のお誘いも女の子にはありませんでした。」
知っていた。椎名さんは知っていたんですね。今日になって僕もクラスメートから怪談百物語が、海で花火をすることに変わっていたことを知らされました。
気になった僕が、椎名さんはそのこと知ってるの?と尋ねると、さぁ、誰かが伝えたんじゃない?と素っ気ない返事が返ってきました。
僕は嫌な予感がしながらも海の花火に参加しましたが、砂浜には、やはり椎名さんの姿はありません。
そうなると答えは一つだと、僕は一人で砂浜を抜け出し、椎名さんのお寺に向かって歩き始めました。
案の定、椎名さんは一人で待っていました。それを見た時、ただただ椎名さんが可哀想で、海で花火を楽しんでいるクラスメート達に怒りを覚えました。
それにしても知らないフリして怪談を話し続けるなんて、椎名さんの心情を僕には想像も出来ません。
そんな椎名さんは話を続けます。
「女の子は悲しくて泣きたい気分になりました。そして当日になって、何もする気にもなれなくて部屋に引きこもっていましたが、もしかして誰か来るかもしれない。そんな淡い希望を抱いてしまったのです。だから百物語の準備を整え、来るはずのないクラスメート達を待ちました。自分でも馬鹿らしくて、酷く滑稽でしたが、女の子はひたすら待ちました。ここで諦めてしまうと自分の中の大切なモノがガラガラと崩れ落ちてしまう気がしたのです。すると集合時間から少し遅れてから、クラスメートの男の子が一人やって来ました・・・それが女の子には嬉しかったのです。自分のことを気にかけてくれる人が一人でも居てくれたことが、嬉しくてたまらなかったのです。男の子は女の子の怪談を怖がりながらも頑張って聞いてくれました。男の子は女の子の心を救ってくれました。だから女の子は男の子に感謝の言葉を口にします。」
そこまで話すと椎名さんは、僕の方を向き直し、深々とお辞儀をします。
「本当にありがとうございました。」
お礼を言われる理由なんか僕には無いんです。誰だって最初にした約束を守るのは当然のことですから。
クラスの皆がどうかしてるんです。あー考えたらムシャムシャしてきました。あの人達最悪だ。
「顔を上げてください。椎名さん。今から花火を買いに行きましょう。お寺で花火しても良いですか?」
僕がこう提案すると、椎名さんはガバっと顔を上げて動揺しているようでした。
「は、花火ですか?」
「はい、蝋燭とチャッカマンはあるから、あとは花火だけです。まだ暗いですし二人で楽しみましょう。僕なんかと一緒で楽しいかは分かりませんが。」
「た、楽しいと思います。はい、絶対楽しいです。」
蝋燭の光が映し出す、前髪の間からチラリと見える椎名さんの瞳は、まだ涙に濡れていましたが、キラキラと輝いてとても綺麗で、僕は怪談とは別にドキッとしてしまいましたが、それはナイショの話です。
ちなみに花火は買いに行こうとしたのですが、僕の腰が抜けたのが治るのを待っていたら夜が明けてしまって、結局日を改めてやることになってしまい、椎名さんの怪談とは違って、なんとも話の締まらないオチでした。