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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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8.魔法剣?

ふたりは、いつものように一緒に寝転んでひそひそと話し合っていた。

「エレ、相談があるんだけど」

「うん? 何?」

「あまり時間がないから、無駄になっちゃうかもしれないけど、おじいさまに剣を習いたいんだけど」

「え? 剣?」

「うん、あのね」


坂下こよりだった時に、神の勧誘を受けていろいろと考えたことは既に話してあった。

こよりはまず「王子ぶっ殺し」案を思いついたが、まあまあ穏便にやめておいた。

次に、何故王宮内で、侍従が付いているはずなのに強姦事件が起こったのかについて考え、転移したら母になるシュリンの、身の処し方を考えた。それが神の依頼の重要ポイントだから。


シュリンが王子妃になることを嫌がって逃げるなら、これは逃がす。この手伝いは伯爵家にどんな恥をかかせても知らんぷりで強行するつもりだ。

こよりが生きていた令和日本では、家の利益より個人の幸福が優先する。

ひとりの娘の人生を犠牲にして、領民全員を救うというのは美談に聞こえるが、その犠牲をお前が払えと言われてその役割を果たす、いや、やむなく従うということ、そのこと自体が世界を歪めていることに気が付かなくてはならない。

おそらく神が求めたのはこのことだ。


では、シュリンが王子を受け入れたらどうするか。

愛、それが単に娘の父親であるということに基づいた家族に対する愛だとしても、愛によるならそれは受け入れる。その時はシュリンの父である子爵とエレの身の振り方が問題になる。

無事にサイラギ村に帰還できればいいが、おそらくそれは叶わないだろう。家族の運命はシュリンの選択に引きずられる。その時、提示できる未来図がなければ、3人は未来を他人に決められることになるだろう。

子爵はおそらくシュリンの実家として伯爵位を授けられ、エレとタビーは正嫡直し(未婚の父母から出生した子が、父母の結婚によって嫡子と直されるというこの国の貴族法)によって第二王子宮の第一王女と第二王女になってしまう。


こよりは戦う力を手に入れようと思っている。

逃げてよし、立ち向かってよし。

具体案として、非常にうまく運ぶことができるなら、女性騎士として母の警護に当たる。それが受け入れられなくても祖父を団長とした女性騎士団を結成するという案をぼそぼそとエレに話した。

女性騎士があらゆる場所にいるなら、強姦事件の発生率は抑えられるかもしれない。男性である侍従や騎士が見逃すことも、女性騎士なら断固として介入する可能性は高い。


「タビー、すごいわ!」

エレは大きな声を出して、タビーに抱き着いた。ベッドの上のことなので、ちょっと怪しい絵柄だが。

「エレは賛成してくれる?」

「もちろんよ!」

エレはタビーにのしかかったまま、タビーの左の頬に自分の左の頬をぎゅうぎゅうと擦り付けて絵柄はもっと怪しくなった。

「エレ、苦しい」

「あ、ごめん」


抱き着いていた手をほどいて、エレはベッドに座り込んでしまった。

「タビー、ありがとう。私は思いつきもしなかったよ」

タビーは腕を頭の下に組んで、足をパタパタさせて照れ隠しをしている。

「うん、私もできるかどうかわかんないの。

でも、その準備はしておいた方がいいかな、って」

「タビーは馬に乗ったことさえなかったのに、剣を振るなんて、ごめん私たちの為に」

「ううん。あのね、私の体って、エレのパーフェクト・コピーなの。

だから、体を動かす筋肉も神経系統もエレと同じだけ持っているのよ、魔力もね。

使ったことがないからよくわからないでいるけど、多分大丈夫」

「そっかー、わかった。ありがとうタビー。本当に助かる。

剣の練習は明日の朝おじいさまに話してみよう、ね

騎士か、いいなぁ、王女よりよっぽど向いてるわ~」



次の朝、朝食の間でエレがオーサーに剣の練習について話し、午前中は馬の世話と乗馬訓練、昼食と休憩を挟んで午後から剣の練習となった。


領主館の裏手、練習場には熱気が立ち込めていた。

「オクタビア、脇を絞めろ。エレクトラは大振りするな!」

人が変わったようなオーサーが、素振りをするタビーと、久しぶりに従騎士と打ち合うエレに指導を入れていた。


オーサーには乳兄弟の従騎士がひとり、護衛騎士団として5人の騎士とその従者がいる。

合計6人の騎士と従者7人、領館の戦力としてはオーサーを筆頭に14人となる。騎士と従者は領館の別館に住んでいる。

小さな飛び地ではあるが伯爵の実弟である子爵と王子の子を産んだ子爵の娘、そして隠されているといっても王女の警護だから、腕は一流だ。従騎士以外は伯爵家から定期的に交代要員が来る。

エレは、その騎士たちと剣を交えて大きくなった。最初は村の子どもたちと一緒になってひとりの騎士に打ち掛かるところから始めた。遊びとしてきゃあきゃあ騒ぎながら楽しく剣を習い、子ども同士でつたなく打ち合い、素振りを何回できるか競い、騎士たちの笑い声とともに剣を振り回して育った。

やがて村から子どもがいなくなり、エレの剣の修業は遊びから本格的なものになった。

オーサーも伯爵家も、エレが安全な立場ではないことを知っていたから、護身術を越える武術を身に着けることについて積極的だった。


息を切らして素振りを終えたタビーが、座り込みながらぼそっと呟いた。

「魔法剣はないのかな」

「え?何? 魔法剣?」

「うん、こう、剣に魔法を纏わせるの」

「ええー、何それ聞いたことないよ」

「えーっとね、たとえば、剣に強化の魔法をかけて折れにくくするとか。

うーんと、お話の中だと、剣に風の魔法を纏わせてなんていうの?真空切り?みたいな?」

「何、それ、え? シンクウギリ?」

「あ、うんー、そうだ」

タビーがオーサーに話しかける。

「ねぇ、おじいさま?」

大人しいほうの孫娘に直接話しかけられてオーサーは少し驚いたが、うれしかった。


「思いつきなんですけど、魔力を剣に纏わせるってできませんか?」

「魔力を剣に纏わせる?」

「はい。 魔法を使う時って、魔力を手に集めてそこから発動させますよね。

でも、魔道具なら、まず魔力を魔道具に籠めますよね。えっと、たとえばランプの魔道具なら、ランプに籠めた魔力が発動して光ります。

同じように、剣に魔力を籠めて、そうですね、たとえば、風の魔力を剣に籠めておいて、剣の先から風を刃のように伸ばして、少し遠い間合いにいる敵に当てることができるようにする、というような」

「ふーむ」

オーサーは顎を撫でながら考え込んだ。一緒に休憩していた騎士たちも、ちょっと剣を振ってみたりしてイメージを掴もうとする。


「うむ、面白いかもしれんな」

乳兄弟の従騎士がうんうんと頷いて口を挟む。

「オーサーさま、ちょっとやってみましょう。

すぐにはできないかもしれませんが、面白いアイディアですよ」

こうしてサイラギ領館の騎士たちは、エレ・タビーと一緒になって、ああでもない、こうすればどうだと話し合いながら魔法剣が実現できるものかどうか試してみた。


最初に魔法剣を発現することができたのはアシアンという名の一番若い騎士だった。

アシアンの魔力適性は水・氷に大きく寄っていたので、寝る前の少しの時間でもナイフを持って魔力を籠め、振って発動するように練習を重ねた。

剣から水が出ても何かの芸に過ぎないから、水の魔力を籠めてそれを氷に、そしてその氷が手に持ったナイフの先から、ナイフと同じくらいの長さの刃に形成されるようにイメージを組み立て、ついに成し遂げた。

慎重な性格のアシアンは、それを披露する前にしっかりと練習を重ね、間違いなく扱えるようになったところで、午後の修練の時間に剣を持って振り、剣先から剣の半分の長さの氷を鋭い刃にして出して見せた。


「おお、できるのか」

「できるもんだなぁ、すごい」

「アシアン、コツを教えろ、コツを」

同僚やオーサーに取り囲まれ、エレとタビーにキラキラした目で見つめられ、アシアンはテレを押し隠して自分の訓練方法を教えた。

その場ですぐできる者はいなかったが、最初にエレが成功し、次々に自分が最も得意な魔法で炎の剣(火魔法)、氷の剣(水と氷の魔法)、強化剣(土魔法)、不可視の延長ができる剣(風魔法)を獲得することができた。


タビーは、なかなか成功しなかった。能力はあっても、幼少期から魔法に馴染んでいるこの世界の人たちと同じようにはいかない。

魔力を発現して、それを手に集めるところまではできていたのだが、その魔力を剣に移すところがうまくいかない。さんざん練習して、ついにエレがタビーを後ろから抱きこみ、剣を握った手を両手で包み込んでサポートをすることでなんとか獲得した。


成功するのは遅かったが、その効果はすさまじかった。

タビーは生まれた世界で様々なゲームに馴染み、魔法剣を知っていた。多彩なアニメーションを見ているから、自分でイメージを作り上げる作業がない。

最初に発動したのももちろん、最強剣とタビーが思っている「雷の剣」だ。

心の中で、「ライディーン」と唱えながら、剣から雷を発動し、プレートメールをかぶせた頑丈な的にぶち当てて粉砕した。


自分が発案したのに、散々練習しても自分だけが取り残されていたタビーは、「成功したら必ずこれをやってやる」と、つまらないことを考えていたので、その場で、思わずやってしまった。

「ほっほっほ、ご覧あそばせ、これこそ最強剣、雷の剣ですわ!」


魔法剣の威力に驚愕して声も出ないで粉砕された的の残骸を見つめていたその場の全員の目が、すすっとタビーに集まった。右手で剣を掲げて左手を腰に当て、大人しいとばかり思われていたタビーが大きな声で満足感満杯で技の名を言う姿は、騎士団全員のタビーに対する認識を改めるに十分だった。


タビーは視線を集めたことに気が付いて、真っ赤になって剣を持ったまま逃げて行った。

「絶対に黒歴史~」とか呟いている。

エレが「タビー、やり方教えてー、すごいわー」と叫びながら追いかけて行った。

オーサー以下全員、顎が外れたように口を開けてふたりの後姿を見ていた。


「姉姫さまを怒らせるな、大人し気な方と侮るなよ」

伯爵家の騎士団で密かにささやかれる「オクタビア姫様最強説」はこの時できあがった。



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