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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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7.モンスコンデ伯爵本邸への登城準備

朝食の間は、今日も穏やかだった。

「おはようございます、おじいさま」

「おはようございます、おじいさま」

「おはよう、オクタビア、エレクトラ、乗馬は上達したかね?」

オーサーは最近、毎朝のようにふたりに尋ねる。ふたりの孫と馬で走れる日をよほど楽しみにしているのだろう。

「ええ、何とか乗れるようになったのよね、タビー?」

「ええ」

「馬はどれにした」

「私の馬、ルビアの子、ネッテにしたわ」

「そうか、ネッテなら大人しいし、一緒にしておけばルビアが面倒を見てくれるだろうからな」

「そうなの、ルビアの指導が入っているみたいで、見ていると面白いの」

「そうか、そうか」


「オクタビア、馬は好きか」

「はい」

エレ以外の人がいるところでは、恥ずかしそうなうつむきがちの角度がタビーのデフォだ。口数も少なめ。

「よかったのぉ、こうして毎朝降りてくるようになったの」

「おじいさまのおかげです」

「エレクトラが気長に付き合ったからであろうよ」

「はい、ありがとうございます」


シュリンがテーブルに着き朝食が終わると、その日はオーサーの指示で、4人そろって居間に移動した。ニニがお茶を用意してさがると、夏の風が通る居間は4人になった。


口にしたお茶のカップをローテーブルに置き、オーサーは懐から封筒に入れた文書を取り出した。

「2か月後だな、伯爵家の城で秋の園遊会だ」

「はい、今年はタビーも行きますか、おとうさま」

「ああ、そのことだ。オクタビア、体調はどうだ」

「はい」

タビーは、エレの方を見る。

「そうですね、タビー、どう?馬車で1週間ほどかかるけど、行けると思う?」

「馬車で1週間……」


シュリンがタビーを覗き込むようにする。

「そうねぇ、タビーは本当に久しぶりに行くのよね。

最後に行ったのは、えーっと、いつだったかしら?」

エレが引き取る。

「たまに外に出てたけど、本邸まで行けるほど体力はなかったもんね。

私が最初に行ったのも12歳の時だったかな。タビーは行ったことないのじゃない?

馬車の旅は大変よ」

「揺れるのよ、かなり。1時間ごとに休憩しますけど、本当に疲れるのよ」


「あの、馬に乗って行けないかしら」

エレに小声で話しかける。

「あ、いいかも。いいかもね。

ねぇ、おじいさま、おかあさまには馬車で行っていただいて、私とタビーはルビアとネッテに乗って行っちゃあいけない?おじいさまもご一緒に、ね?」

「おお、馬なら3日だ。そうするか。

タビーどうだ、3日間馬に乗り続けられるか」

「あの、自信ありません」

「そうよぉ、おじいさま。練習はしますけど、さすがに無理だと思うわ。

そうね、1日乗って、次の日は半日、その次も半日、最後はたどり着ければいいから1日でどうかしら」

「あの、エレ?最後はおかあさまと一緒に馬車で行った方がよくない?」

「あ、そーかー、そうだね、最後の休憩地で待ってて、馬車に乗っちゃおうか」


シュリンの馬車は侍女がひとりついてふたりで乗り、後続の大型馬車に伯爵家本拠地(蒼天城)で必要となる衣装類を積み込む。馬車列は本邸から派遣される護衛が取り囲んで進む。

伯爵と孫娘の旅は、サイラギ村から本邸に帰る村人(?)と、領へ派遣されている騎士のうち交代する者が付き従う。


シュリンの乗る馬車は、タビーの提案で向かい合う座席の奥側半分に板を渡し、その上に板の長さと巾に合わせて麻袋に藁を詰めたマットとクッションや枕を準備した。旅の間、横になることができるようにしたのだ。シュリンは、試しに馬車を引かせて横になってみて、これじゃあマットが落ちちゃうわ、と言って板を箱型に変えたり、横になっても着崩れしないドレスを工夫したり、侍女と一緒になって楽しんでいた。


タビーの方はかなり大変だった。

まずは替え馬に馴染まなければならない。ネッテ以外の馬に乗せてもらうのは初めてで、恐る恐るルビアに乗せてもらい、次は黒い牡馬に乗ったが、当然のように「ひえ~」っと声にならない声を出しながら落馬した。

ひいひい言いながら、馬を拝み倒すようにして砂糖を差し出したらエレに叱られてしまった。

きちんと主人として振舞いなさい、と言うのだ。


結局、きれいな栗毛の馬と仲良くなり、毎朝の馬の世話が倍になったところで専属の厩番が付いた。

パルマという名の村の娘で、2頭になって手間が倍になったの馬の世話を軽減してくれた。そして、本邸でのタビーの侍女を務めることにもなった。


そのころ、本邸からエレの侍女を務めるパッシィーが送られてきた。パッシィーは本邸でのエレの侍女を務めるほかに、母娘3人の衣装を担当する。

パッシィーは、箱馬車に新しい衣装のための布をたっぷり載せて飛び地にやってきた。年に2回のことで、毎度ご苦労さまというところだ。パッシィーはこの役目を果たすために、社交シーズンの前半を王都で過ごし、パーティーでの給仕係を務めながら貴婦人のドレスを観察し、馴染の高級服地屋で美しい布を仕入れるという仕事をこなしてきている。

貴婦人の衣装は、侍女の誇りだ。シュリンの侍女、領館全体の衣装に責任を持つ衣装係のメイド2人、パッシィー、それにシュリン自身が加わって、3人分の女性用の衣装を準備する。去年の型紙をもとにして、今年の王都の流行を取り入れ、新しいドレスを縫い上げる。ミシンはないから全部手縫いだしアイロンは火延しと呼ばれる初期的な形だが、代わりに魔法がある。パッシィーと衣装メイドは魔法を巧みに操りながら素早く縫い続けていく。


記憶の改竄の効果で誰も気付いていないわけだが、実は去年までは2人分の衣装でよかったところが3人分の衣装になっていて、なんだか布が足らない感じで、仕事も若干遅れ気味。「腕が落ちたかしら?」と、5人ともクエスチョンマークを頭上に浮かべながら手を動かしていた。



「パルマー、落ちる~」

「姫さま、太ももを絞める、手綱を引っぱってはいけません!」

日々侍女パルマに叱られ、エレに笑い声で励まされながら、乗馬の練習に励んだ。


週に1度は、オーサーがふたりの孫娘を連れて遠乗りに出る。タビーにとっては乗馬で旅行する練習、オーサーにとっては楽しい領地見回りだ。

美しい孫娘たちを連れて、ゆったりと領地を巡るオーサーは、この幸せを手放さないために自分には何ができるかと考える夜々となった。



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