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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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5.水車小屋のアンクル・タトナス

モンスコンデ伯爵家の飛び地には、小さな村がひとつあるだけだ。アーサーが郷士で村長の役目を果たしている。だがあまりやることもない。

郷士館は、隠居したモンスコンデ家の当主が余生をのんびり過ごしたり、シュリンのように事情がある者を匿ったりするために使われてきた。


郷士館から小川に沿って10分ほど歩いたところにサイラギ村がある。単身者向け長屋形式の集合住宅を含めば、全戸数50ほど、住民110名前後で、働き先は郷士館や山林、牧場だ。土地はすべて伯爵家の所有地で、村民はそれを借りている形だ。賃貸料として、納税期の秋に、野に咲くアラベラの花を入れたハーブ類の小さな花束をひと家族ずつ郷士館に持参するならいになっている。

この花束を受け取るのが郷士の最大の業務かもしれなかった。


山林を伐採するのは、伯爵家本家の指示で、指揮する者も本家からくる。牧場にも本家から管理人が来て、家畜の頭数はそちらで管理している。


領主館の玄関を出ると、きれいに手入れされた庭にシュリンの好きな花々が咲いており、庭は生垣で囲まれている。地味な花が咲いた生垣から甘い匂いが漂い、勤勉なミツバチがぶんぶん羽音をたてながら蜜を集めている。

エレとタビーは、手を繋いで仲良く庭を出、緩い坂を下って行った。少し歩くと小川があり、小川沿いに進むと水車小屋が見えてきた。水車小屋の前には、初老の男がのんびりとパイプをくゆらせている。


「アンクル・タトナスー!」

エレが大きく手を振りながら呼びかける。

「おお、嬢ちゃん、おはようさん」

近くまで来ると、タビーは設定どおりにそっとエレの後ろに隠れた。

「今日はタビーの気分がよくて、お散歩なの」

「アンクル・タトナス、おはよう」

タビーがエレの肩越しに小さな声で話しかけた瞬間、記憶の改竄がかちりと音を立てるように発動する。

「そうかそうか、それはそれは。

外に出られるとは重畳、重畳。うんだが無理するでない、無理するでない。また寝込まねぇよになぁ」

タビーがエレに囁く。

「タビーが、ありがとう、タトナスさん、あちらの木の下で少し休んで帰ります、って言ってるわ」

「ほうほう、そうしなせぇ、そうしなせぇ」

タトナスは、同じ言葉を繰り返す癖があるようだ。

タビーとエレは手を繋いで近くの大木の下に並んで座った。

頭を寄せ合ってひそひそと話している双子を見て、タトナスは満足そうに、うんうんと首を上下させた。


小高い場所からサイラギ村を見る。

壁は白漆喰で塗られていて、屋根は黒いスレート葺きだ。石畳の道、生垣、花が咲いた果樹、さらさらと流れる川、小さく届いてくる家畜のなき声。

「本当にきれいな場所ね」

「そうでしょ?」



次の日とその次の日、ふたりは手を繋いでサイラギ村を歩いた。

そこは本当に美しく、長閑な村だったが。


夜になって、ひとつのベッドに横になりながら、ひそひそと話していた。

「ねえ、エレ、あのね」

「なに?」

「きれいな村よね、すごく。

でね、なんでこどもがいないの?10代から40代くらいの人ばかりで、夫婦の人もいるのに、なんでこどもがひとりもいないの?」

「ああ、それねぇ。

私も昔不思議に思ったのよ。ここで育ったから、最初は気が付かなかったんだよね、私が小さい時はこどももいたの、一緒に遊んだりしたのよ。

でも、人がよく入れ替わる村なの。10歳くらいの時だったかなぁ、今みたいになって」

「ふーん、なんでかなぁ」


エレクトラによると、年に2回くらい伯爵家の本領地に行くのだそうだ。

伯爵家のお城でパーティーがあり、親類やモンスコンデ家の寄子である下位貴族が集まる。そこで昔遊んだこどもたちを見かけることもあるのだが、使用人の仕事をしており、遠くから微笑み合うことはできても話はできないという。


「うーん、つまり、エレの遊び相手として仕事で来てたのかも」

「そうなのかなぁ、寂しいなあ。昔は一緒に小川に入って叱られたり、木に登って叱られたり、馬から落ちて受け止めてくれた子と頭をぶつけて、ふたりとも気絶したりしたのになぁ」

「うわ~、やるわねぇ」

「楽しかったのよ」

「そうでしょうねぇ、一緒にやりたかったわ」

「身分の差かなぁ、山の中で育って馬に乗って走り回る姫だけどねぇ」

「そうよねぇ、あ、私もか、領地の人たちから見れば、伯爵の姪娘なんだねぇ。王子の子だから、王女でもあるのねぇ。どうせ公然の秘密なんだよね?そのあたりは。

あ、そうだ、マナーとか音楽とか、絵とかダンスとか、そういうのやるの?」

「うーん、やる気ない。ドレス嫌い」

「だよねぇ」


「あ、そうそう、水車小屋のタトナスおじさん?あの人だけちょっと年が上よね」

「そうなの、アンクル・タトナスは、ずっとあそこにいるのよね、他の人は2,3年で本家に帰っていくみたいなのに」

「ふーん、何かあるのかな、責任者?」

「あ、そうなのかな」

「うん、もしかしたらそうかも。ここって、訳アリ飛び地だって言ってたでしょ?

本家からくる使用人の人事管理してる?なんかそんな人なのかもね」

「あるかもねぇ。タビーと話していると、この領地が何だか違って見えてくるわ」



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