4.郷士モンスコンデ家の朝食
エレクトラが目覚めたとき、視線の先には自分と同じ顔の女の子が眠っていた。
うふふ、と笑い声が出た。昨夜のことは夢ではなかった。自分には異界で生まれて神に送り込まれた姉ができたのだ。
ちょん、とほほをつつくと、オクタビアが目を開いた。
「タビー、おはよ」
「エレ、おはよう」
ふたりは昨夜のうちにお互いの愛称を決めていた。エレは祖父と母からは愛称でなくエレクトラとフルで呼ばれていたので、初めて愛称を付け合って嬉しかった。本当の姉ができたようだ。いや、今日からは本当の姉なのだが。
オクタビアにとっても、元の世界では弟しかいなくて、欲しかった妹ができたからワクワクだ。
ふたりは今日から双子の姉妹なのだが、ひとりっ子のエレクトラと、弟がいたオクタビア、どちらも自分たちが双子姉妹であることに慣れなくてはならない。
ちょっぴり緊張しながら双子のイメージを交換し合った。
引っ込み思案ですぐに妹の後ろに隠れしまう姉と、すぐに姉を庇いに入る過保護の妹という役割分担を設定した。こちらの世界になじめるまで、この設定で行こうと話し合っているうちに眠ってしまったのだった。
ふたりはエレクトラのクローゼットに行って服を選んだ。今日は朝食の後で一緒に外を歩くつもりだから、ふわりとした袖のベージュのブラウスと、レンガ色の足首までのスカート、歩きやすいフラットな底の編み上げ靴にする。
オクタビアのクローゼットにも全く同じ衣服が用意されていて、同じ服装を整えた。
次に鏡台に座る。エレクトラがオクタビアの髪を梳き、大人し気に見えるように片方に全部の髪を寄せて三つ編みにした。
交代して、エレクトラの髪をオクタビアが梳く。ふたりはうれしくて、鏡の中で同じ顔ににっこりとほほ笑みあう。
エレクトラの髪は、いつも通りに両側におさげを垂らす。母はもうその髪型は幼いのじゃないの、と言うのだが。
「さあ、朝食の間に行きましょう」
「ええ」
ふたりは双子姉妹の練習のつもりで、手を繋いで階段を降りた。顔を見合わせ、また微笑み合う。
オクタビアの中の坂下こよりは、新しい人生にワクワクしていた。立場が難しいことはわかっている。だが、こうして無事にエレを説得できて、自信もついた。薬でぼーっとしたままずいぶん長い間ベッドで横になって、ただただ生きていた毎日から解放された。
エレとふたりで、秘密を共有しながら歩む日々を楽しもうと思う。せっかくもらった2度目の人生だ。友だちとも家族とも二度と会えないけれども、新しい友だちはここからまた作っていこうと前向きに考える。
まずは、父親問題? 第二王子問題に取り組もう。使命を果たし、転移させてもらった恩義に報いるところからだ。
「おはようございます、おじいさま。きょうもいいお天気ですね」
「おはようございます、おかあさまはまだですか?」
朝食の間と呼ばれている朝の光が入る東の部屋で、家族が揃うのを待ってお茶を口にしていた郷士オーサー・モンスコンデは、目をぱちくりした。え、っと、ふたりいるようだけど?
その瞬間神の仕込んだ記憶の改竄が発動して、娘の産んだ孫はうれしいことに双子の女の子だったことを”思い出した”。
「おはよう、エレクトラとえっと」
「オクタビアよ」
「そうそう、エレクトラとオクタビア。今日もいいお天気のようだね」
ふたりは、アーサーの左手に並んで座って、お茶を飲もうとしたが、カップが足りなかった。
「ニニ、カップがひとつ足りないわー」
エレクトラが台所に声をかける。台所から中年の女性が、カップをもって現れた。
「おや、私としたことが、足りませんでしたか、申し訳ありません」
女中のニニは、少女がふたりいることに一瞬怪訝な顔をする。
「おはよう、ニニ」
と、オクタビアが声をかけた瞬間に、記憶の改竄が発動する。
「おはようございます、オクタビアさま、今朝のご気分はいかがですか?」
「ありがとう、ニニ、とても気分がいいのよ、あとでエレと散歩に行こうと思うの」
「それはようございました。暖かくなりましたものね、臥せってばかりでは気も滅入ろうというものでございますよ。あまりご無理をなさいませんよう、近場になさいませね」
「そうするわ」
どうやら、体が弱くて臥せりがちだという設定になっているようだ。
エレとタビーは、顔を見合わせて設定を歓迎した。姉が弱気で妹が庇う設定に、性格以外の理由ができる。
「おはようございます、おとうさま、エレクトラ、えーっと」
「おかあさま、おはようございます。今日はタビーも起きてきたのよ」
「おかあさま、おはようございます」
母、シュリンが朝の居間に入り、一瞬怪訝な顔をしたが、オクタビアに話しかけられて記憶の改竄が発動した。
「そう、よかったわ、タビー」
「あら、おかあさま、タビーとお呼びくださいますの?では、エレクトラも、エレとお呼びいただけますか?」
タビーは妹が母からエレと呼ばれたがっていることを知っていたので、チャンスを捕らえた。
「え、ええ。かまいませんとも」
エレがとてもうれしそうな顔になった。
「今朝起きたら、タビーがとても気持ちがいいって。
暖かくなったからかしら、外を歩いてみたいっていうのよ」
「まあ、タビー。うれしい」