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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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3.鏡から出てきた双子

エレクトラは落ち着かない気分のままベッドに潜っていた。

ここは、ミンカリジャ国西部。高坂真由の住む魔の森の北端からさほど遠くない、モンスコンデ伯爵の飛び地、その領主館だ。領主オーサー・モンスコンデには、娘シュリンとその子エレクトラ、そして今日からはオクタビアがいる。

壁のほうを向いていたエレクトラが、寝返りをうって眠りに入ろうとしていた時、薄く開いた目の前で不思議な現象が起ころうとしていた。

エレクトラの部屋は、廊下から入ると居間で、奥のドアから寝室に入る。寝室にはベッド、サイドテーブル、椅子があるだけのはずなのだが。


壁際に置かれていた椅子の、その向こうの壁がうっすらと光って消えていく。

窓に掛かった夏用の薄手のカーテンから入る満月の明かりの中、不思議なほどはっきりと見えた。

消えた壁の向こうには、まず椅子、カーテンのかかった窓、サイドテーブルとベッド。まるで壁全体が鏡になってこちらの部屋が映っているようだ。

そして、ベッドから起き上がった人がいる。眠りかけていたエレクトラの目が見開かれて、意識が覚醒した。


「だれ?」

ベッドから起き上がったのは、自分自身。

プラチナブロンドの長い髪、色が薄くて銀色にすら見える。眉毛とまつげもプラチナブロンド、瞳の色は王家の血に繋がるアレクサンドライト・カラーだ。太陽光を受けているときは青緑に、人工光を受けているときは赤に色を変える。公爵家から嫁した祖母ミカエラと第二王子の血によってこの色が出た。

白磁の肌は戸外で活動しても赤味掛かるだけで色づくことはない。すらりと伸びた手足は少女期特有のしなやかな線を描いている。

その少女は、自分と同じ白いワンピースタイプの夜着を身に着けている。


同じ部屋の、同じベッドから起き上がり、こちらに歩いてくる。まるで鏡の世界に住む自分が訪ねてきたようだ。

もうひとりの自分は、椅子のところに立ち止まってほほ笑んだ。

エレクトラは魅せられたようにベッドから降り、素足のままふらふらと近付いて行った。

その少女は、ゆっくりと手をあげ、体の前で手のひらを開いてこちらに向けた。害意がないことを示しているのだろう。

エレクトラも、ゆっくりと椅子の横まで行って、まったく同じように手のひらを開いて相手に向ける。


「こんばんは。はじめまして」

「え?ええ。こんばんは。

あなたは誰?」

「私はコヨリ。神さまにお願いして、今日からあなたの双子の姉妹にしてもらったの。名前はオクタビア」

「あの、どういうこと? 双子の姉妹?」

「そうなの。お話してもいい?」

「え、ええ」

「とにかく座りましょうか、驚いたでしょ?

あっちのベッドに座らない?」

そう言って、オクタビアと名乗った自分そっくりの少女は自分のベッドのほうに歩いて行った。



ふたりのまったく同じ姿の少女は、並んでベッドに腰を掛けた。

オクタビアはエレクトラが落ち着くように、ベッドで足をぶらぶらさせながら少し待った。

「きれいな村なんですってね、ここ。私はさっき送られてきたばかりで知らないんだけど、朝が楽しみかな」

「あの、オクタビア?でいいのよね、オクタビアはどこからここに来たの?」

「えっとね、異世界。こことは違うところ」

「あ、おじいさまから聞いたことあるわ。あなた、異界渡りをして来たの?」

「うん、そうなの。

私、もとの世界では病気で、もう命が尽きていたみたいなの。でも、すごく医学が発達していて、薬と医療機器で、もう少し生きられるようにしてもらっていたの。

起き上がることもできなくなっていたの。そうしたら、この世界の神さまが来て、誘ってくれたの、こっちでもう一度、歩いて、走って、お話して、生きてみないかって」

「ふーん、不思議な話ねぇ」

「そうでしょ?」


「神さまは、こっちの星で幸せに生きてって」

「神さまに会ったのね、オクタビア」

「うん。いい人だった。あ、人は変?すごく優しい神さまだったよ」

「それで、神さまは何でここにあなたを送ってきたの?私とそっくりだったから?」

「ううん、それは私がお願いしたの」

「え?」


「神さまは、あなたのお母さん、シュリンさんのことを言っていたわ。第二王子のことも」

「ああ、あのこと。第二王子が私のお父さんとかいう、あの世迷い事ね」

「うん」

「エレクトラ、聞いていい?エレクトラは王子の娘として王宮に行きたい?」

「冗談じゃないわよ。私すっごく怒ってるの」

「うん」

「ああ、もう。 そう、これで眠れなかったんだった。ああ、腹立つ」

「神さまからちょっとだけ聞いたけど、こっちではどんな感じだったの?」


「何を聞いてきた?」

「うん、っと。まず、シュリンさんは、王宮侍女だった時に第二王子の寵愛を受けてしまった」

「ふん、寵愛ですって?」

「ちがうの?」

「あれは強姦っていうのよ。立場上強く逆らえない侍女を相手に、あのクソヤロウ」

「そうなんだね、それで思い切りがつくわね。

王子には幼馴染の婚約者がいて、その人を説得できずシュリンさんとは結婚できそうではなかった。シュリンさんは妊娠に気が付いて、ひっそりと王宮を去った。

騎士団副団長だったオーサーさんは、娘を連れて伯爵家に帰り、モンスコンデ家の飛び地を預からせてもらって領主を務め、3人で幸せに暮らしていた」

「うん、うん、ほぼ正解」


「それから14年。第二王子妃が亡くなった。それで王子がシュリンさんに王子妃になれとか」

「そうなの、そうなのよ。ありえなくない?

自分には娘と息子がいるんだよ。それなのに、16年も放置していたうちのおかあさんを。

ジョーダンじゃないでしょ、もう。信じらんないわ」

「エレクトラは、行きたくないのよね、王宮」

「あったりまえよぉ。父が同じで母が違う弟と妹がいるんだよ。

王子さまと王女さまとして、10年以上王宮で暮らしてきたんだよ。そこに今更。

姉でございます、とか。なーに考えてんだバカ、自分さえよければいいのか!」

「一応おとうさんらしいけど?」

「知るかそんなこと。会ったこともないわ」

「そうだよねぇ」


「神さまが言うには、王子一人のわがままで、我慢しなくちゃならない人が多すぎる、って。まあそういう内容のことをうっすら言っていたの」

「うん、うん。なかなかよくわかってるじゃない、さすが神さま」

「ふふ、エレクトラ、気が合いそう」

「合う。うん」

「この話を聞いた時、ぶっ殺していい?その王子、って言ったんだ」

「へ?ぶっ殺す?」

「うん、王子が我慢すればいいじゃんね。勘違い野郎みたいだし。

面倒だからなんか毒でも盛ったら一発解決、とか思ったんだけど」

「うひょ~」

「もう動けなくて、毒とか探せなくて」

「そうか~、残念だったかもね」

「えへへ」


「それでここに来てくれたの?」

「神さまが、ここに来て、って」

「で、双子?」

「うん。味方が欲しかったの」

「完全に味方!うれしい!」

「ああ、ほっとしたよ、エレクトラ、ありがとう。ダメだったらあなたの記憶も改竄して、ひとりでやるところだったんだ。これでうんと楽になる」

「絶対協力する。まかせて。えーっと、ねえさんでいい?」

「えっとね、元の世界の年齢だと、私のほうが少し年上なんだ。で、姉でいいかなって。それでいい?」

「いいよ。元の世界ではコヨリって名前だったの?」

「うん、サカシタ・コヨリ。

界渡りの先輩がいてね、私と同じ国から、コウサカ・マユってお姉さんも来てるらしいんだ。ここのことが解決したら、マユを探しに行こうかなって」


こうして、坂下こより改めオクタビアは、無事にエレクトラを味方につけることができた。

その夜は記憶の改竄がどの範囲で行われているか、など細かいことを話しながら、同じベッドで寝転んでいるうちにふたりともぐっすり眠っていた。



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