18.こんなことありえない
蒼天城で話し合いがもたれるのはこれで三度目だ。
シュリンが結婚を受け入れ、王宮側が離宮に住むことを受け入れれば、本来ならばエレとタビーは自動的に離宮に住むことになっただろう。だが、シュリンとオーサーはそれをいいことだとは思わなかった。王子はまだ親子の名乗りさえしていない。
改めて、王子、メーム卿、シュリン、オクタビア、エレクトラ、立会人として伯爵とオーサー、アラシュミーが居間に集まる。
「何度もお集まりいただき、誠にありがとうございます。
伯爵にはお忙しい中、恐縮にございます」
メーム子爵が丁寧に頭を下げる。
「今日は、殿下がオクタビア様、並びに、エレクトラ様と正式なご挨拶を交わしたいとのことで、こうしてお集まりいただきました。よろしくお願いいたします」
「オクタビア、この前は不手際であった。私は16年ぶりにシュリンに会い、オクタビアとエレクトラに会うのは初めてだった。
王宮で、シュリンについての報告書を読んでいたが、報告書にはエレクトラという女児が生まれたとしかなかったのだ。このことはきっと質す。
兄皇太子より通信鳥が来て、ふたりが双子であることを知った。わかってもらいたい」
この人は割とまじめな人なのかも。エレは一瞬そう思ったが、タビーはそれほどお人好しではなかった。エレの手をぎゅっと握り、ちょっと後ろに下がって隠れるようにした。これはタビーが王子に怯えているというサインだ。
エレがタビーを見て、王子に答える。
「姉は長い間寝たり起きたりの生活で、蒼天城に来たのも初めてです。まだ人と話をするのは得意ではありませんので、代わってお答えいたします。
あなたは誰ですか、と、姉は言っております」
その場を「え?」という雰囲気が支配した。
「あなたが我が国の第二王子であられ、母の結婚相手になることはわかりましたが、それが私たちとどういう関係がありますか?」
「エレクトラ、攻撃的だね、私が君の父親であることは知っていると思っていたが」
「いえ、知りませんが? 姉と私は、父は亡くなったものと思っていました」
「いや、そうではない。今日はそのことを話す場であった。
最初にそこを言わなくてはならなかったのだな」
後ろでメーム卿がうんうん、と頷いている。だから「正式なご挨拶を交わす場」と言ったのに、言い訳からスタートするこのバ、いや、うかつ、いや、場の読めない……まあ、いつものことだが。
「私は第二王子で、オクタビアとエレクトラの父だ、長く名乗れなかった事情はすべて私に責めがある。名乗った後であるから、この先は父と呼んでもらいたい」
「おかあさま、間違いありませんか」
シュリンはにっこり笑って答えた。
「エレ、それでいいです。タビーも、もう許して差し上げなさい」
シュリンの言葉が王子に届く。
「そうか、私は娘たちを怒らせたのだな」
「殿下、その通りです。初めてタビーに会った時、なんとおっしゃったか覚えておられますよね。
ふたりはそのことを許せないのです」
「そうか」
タビーが再びエレの手を握る。第一ラウンドはシュリンから水が入っておしまいだ。
伯爵が場を預かることになった。
「殿下、どうぞお掛けください。皆も座って」
各々着席して、お茶が給仕された。緊張した場になったので、筆頭執事が菓子はあとにするようにと無言で指示を出す。
メーム卿が、このまま王子に話をさせることを恐れて、引き取ることにした。
「まず、オクタビアさまとエレクトラさまのご身分についてご説明申し上げます。
殿下とシュリンさまのご成婚後、おふたりの名前は王家の系図に書き込まれ、ご身分は王女となります。
それに伴い、第二王子宮にお部屋をご準備することになろうかと思います」
タビーが思わず声を出した。
「え?なんで?」
エレがタビーの背を撫で、メーム卿と王子を睨みながら言う。
「その身分はお断りします」
「いえ、エレクトラさま、それは」
伯爵が間に入る。
「メーム卿、少々急ぎすぎですな。
エレクトラ、怒るな。オクタビアも落ち着け。
まずひとつずつだ。エレクトラとオクタビアは、王女は嫌なのか」
「伯父上、当然です」
「理由を言えるか」
「タビー、言ってくれる? タビーの方が上手に言えるわ」
オクタビアの中に、こよりが色濃く出てきた。こんなことありえない!
それまでタビーが話す声をほとんど聴いたことがない伯爵は、しっかりした声に驚いていた。
「殿下には、故マリアニ妃殿下とのお子さまがおられます。何歳ですか」
「それが何か?」
「お答えいただけますか?」
オクタビアはシュリンとそっくりに微笑んで見せる。
「娘は13歳、息子は11歳だ」
「つまり、第一王女殿下は、私と妹のせいで第三王女殿下になられます。そうですよね」
「うむ」
「お生まれになって以来、父君と母君に愛されて12年、第二王子宮の唯一の王女殿下として育ってこられました。公式行事にかわいらしい笑顔でお出になり、お小さい頃はバルコニーで殿下に抱かれて手を振り、国民に愛されておいでです。
そこへ、15歳の私と妹が、今日からあなたの姉ですよ、あなたは第三王女です、と言われるのですが、王女殿下はそれでよろしいのでしょうか」
「……」
「私だったら、殺したいほど憎いですけど。だって、母君と結婚なさる前の父君が、恋人との間にこどもをつくっていたのですよ? それが、自分の地位を奪って、第一王女と第二王女です。おかげで自分は第三王女。
否定しようとしても、アレクサンドライト・カラーの瞳があります。確か、王女殿下には現れていなかったのでしたよね。
おまけというのもなんですけど、その恋人は母君が亡くなるのを待っていたように父君の妻になっています。離宮に住んでいるから顔を合わせることはない、でも公式行事では会ってしまうのです。
そこへ追い打ちです。新しい王女がふたりも、第二王子宮に来るとか」
苦しい言い訳が王子の口から吐き出される。
「それが王族というものだ」
「そうですか。わたくしはお断りいたします。王女殿下がお気の毒すぎます。
ストレスで病気になってしまわれても不思議ではありませんが? 王族なら耐えられるのですか?」
重い沈黙が居間に被さる。エレクトラとオクタビアは絶対に退かない覚悟でこの場に臨んでおり、王子は夢に見たシュリンと娘との生活を手放したくない。
王子が、長い沈黙から浮かび上がってきた。メーム卿が今度は何を言い出すかと白い顔になっている。
「それでは、エレクトラとオクタビアはシュリンとともに離宮に住むがいい」
即座に二重の声がする。
「イヤです」
「ダメに決まっています」
「何故だ」
エレが再びタビーを見る。タビーが頷く。
「殿下、その方が悪い結果になります」
「何故だ、王女と王子とは顔を合わせないだろうが。それと、殿下ではない、父上と呼びなさい」
「えー、もういいですか? わたくしサイラギに帰ります、ね、エレ? 帰ろう」
メーム卿が必死で介入する。王子の耳元で「バカですか。ダメに決まっています」と囁くが、王子はわからない。メーム卿は、王子の腕を掴んで立ち上がらせると、一礼して言う。
「殿下はタイニーにございます、少々お時間をください」
タイニーは、トイレタイムの隠語だ。とにかくこの場から引っ張り出して、説明する以外ない。
王子はこうして何度か筆頭侍従に救われているから、今回も大人しく従った。
苦笑いをしながら、伯爵がお茶菓子の給仕を指示して、一同は王子主従の帰りを待つ。シュリンの背負ったこの先の苦難が偲ばれる時間となった。
タビーは憮然としている。エレにバターケーキを口に突っ込まれて、目を丸くして飲み下した。
「タビー、落ち着いて、ね?」
「う、うん」
「まだこれで終わりじゃないのよ」
「うん、そうね」
「凄く頼りにしてる、タビーでないと最後まで行けない、ね? お願い」
「わかった」
暖かい視線に励まされて、異世界から来た高校生は気を引き締めなおす。