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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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16.シュリンの恋

シュリンが王子を説得して、王妃を遠慮して離宮を賜るように話がまとまるにはなお二日ほどかかった。シュリンは一歩も引かず、「殿下は妻が欲しいのですか、それとも妃が欲しいのですか」と詰め寄るが、王子も「両方だ」と引かない。

「お選びください。わたくしを妻とするか、それとも王子妃として他の方を選ぶか」

シュリンが王子に最後通牒を突きつけ、ついに譲歩を勝ち取ったが、王子も条件を出してきた。

そのひとつは、臣籍降下する際には公爵夫人を名乗ること。もうひとつは、離宮で暮らすことは譲るから、伯爵夫人でなく侯爵夫人を名乗ること、これに付随して王子の持つ銀鉱山を資産として受け取り、アルージェ(銀の)侯爵夫人とすることだ。


シュリン、伯爵、オーサー、メーム卿はこの件について鳩首談合となった。

前王妃が侯爵令嬢だったことから侯爵夫人とすることで愛人ではなく正式な妻ではあるが、メリア家に憚って妃を名乗らないことは悪くない、この件は第二王子宮に任せてほしい、とメーム卿が請け負った。

第二王子宮には王女と王子が住んでいることから、離宮に住むことも適当だ。軋轢を避けるに越したことはない。こうしておけば、王女・王子とシュリンが顔を合わせるのは公式行事の時のみとなる。



「おかあさま、お疲れさまでした」

なんとか話し合いを自分に引き寄せて終わらせたシュリンを、エレとタビーが労わっている。最後の一日はメンタル・サポートの為にと、母のソファの後ろに並んで座り、黙って交渉を聞いていただけに、ふたりは母を尊敬すらしている。粘り強く、相手が受け入れやすい言葉を選びながらも、譲歩もする。


エレが母に敬意をこめて話しかける。

「すごく頑張りましたよね」

「そうねぇ、わたくしは第二王子宮に、マリアニ妃のお子さまと一緒に住むことだけは避けたかったのです」

「それはそうですよね」

「王子妃の名前を戴けば摩擦の素になるのはわかり切っています。

王子妃にならずに王宮に上がる、でも公務ではお助けする、そのためにはこれが一番いいと思ったのよ」

「ねぇ、おかあさま、あの王子の妻とか?大丈夫ですか?」

「ふふふ、エレ、それは不敬かもしれませんよ?」

「すいません、おかあさまは納得しているのですね」

「そうねぇ、他に選べる道があるならばねぇ」


タビーがエレの方を確認して、小さな声で話しかけた。

「おかあさま、私たちすごく協力しますから、おじいさまも一緒に隣の国、いえ、魔の森に逃げませんか?」

シュリンが驚いてタビーの方を見れば、エレもうんうんと頷いている。

「あら」

ふたりはまじめな顔で母を見ている。


しばらく間をおいて、シュリンは返事をまとめていた。

「そうね、それも悪くないかもしれないわ。

確かにそうよね、殿下と伯爵家の為にわたくしが犠牲になると思うのでしょう?」

「そうです。おかあさまがひとりで背負うなんて。おかあさまも自分の幸せを追いかけていいのではないですか?」

エレが強い声で言う。

「王子は妻を手に入れて、伯爵家は一族から王族を出して、王宮は王子妃の名前はいらないという便利な嫁を手に入れるじゃない、おかあさまは何を手に入れるの? あの王子が欲しいの? 王宮に住みたいの? まさかそうじゃないって、私とタビーは知っているわ」


「その通りよ。ふたりともありがとう。心配してくれているのですね。

では、こう考えてみて?

わたくしは、もともと王宮侍女として宮廷に上がりました。伯爵家の姪、子爵の娘ですが、おとうさまが王宮騎士団の副団長でしたし、亡くなった母も結婚前は王宮侍女を務めましたから、話はすぐにまとまりました。

職責は第二王子妃侍女で、殿下の身の回りのお世話をする5人の侍女のひとりでした。

第二王子宮に配属されたのは、子爵の娘ならまさか王子妃を狙うようなことはないと人事の方で考えたからでしょう。その思惑は外れたわけですけどね」

シュリンはクスッと笑う。

「おかあさまが狙ったわけじゃないです」

「まあ、そうなのですが。王宮の人事はそうは思わなかったのじゃないかしらね?」

「えー、なんてこと、腹立つわー」


「まあまあ、人は自分の責任が少しでも軽くなるように、責任を人に被せようとするものですよ。特に王宮はそうです。そこは知っておきなさいね。

第二王子宮は、まだ妃殿下がおいででなかったので、侍女の仕事は主に他の宮との連絡を滞りなく行うことで、わたくしたちは手紙や招待状、文書を持って宮の間を歩き回って一日を過ごしていました。

殿下の着替えや日常の介添え、宮の外に出るときのお付きは乳兄弟の3人が中心になって、護衛騎士とともに行いますし、掃除や片づけはもちろん部屋付きメイドの仕事です。

ですからわたくしたちは暇を持て余して、メーム卿と話し合って宮の間でやり取りされる文書類を開封してスケジュール表を作るようになったのです」


「そうだったのですね、それはもともと誰の仕事なのです?」

「メーム卿ですよ。あの頃はまだ殿下の悪友というスタンスでしたからね、じっと座って間違いが許されない仕事に集中する仕事は得意ではなかったのです。

スケジュール表が間違っていると、宮全体が大騒ぎになってね。最初は確認をしていたのですけど、そのうち任されきりになったので、話し合って正式に引き受けたのです。

5人で各宮の情報を突き合わせて、どのくらいの手加減で行こうかと、よく話し合ったものです。

どれを断るか、この顔ぶれならどのような服装がいいか、などとね。

殿下は会議や陳情対応、書類仕事などには優れた能力を見せる方なのよ。だけど、あなたたちもわかったでしょうけど、場の雰囲気を読めない方なのね。だから、招かれて夜会などに出席なさる時には、出席メンバーの好みや家族構成を調べて、この人とはこういう話題でと宮を出る前に入れ知恵したのよ」


「結構楽しくお勤めしていたのですねぇ」

「そうなのよ、そこはわかる?」

「はい」

「つまりね、アルージェン侯爵夫人ということになって、離宮に住まいを頂いたとしても、やることは大して違わないの。

各宮との調整、殿下の服装の指示よね。そして、今度は宴には妻として同伴することになるの。

ね? 要するに侍女としてのお仕事が、バージョン・アップしたようなものなの」


「ええー、さすがにそれは変じゃない?おかあさま、変」

エレは遠慮なく突っ込む。結婚でしょ?ね?

「そう? そうでもないのよ?

エレは結婚に夢を見ているでしょ、若いのだから当然よね。

でもね、恋に落ちて幸せな花嫁になったとしても、それが生涯続くとは限らないものなのよ。わたくしの同僚だった4人の侍女の方々も、結婚したのは2人だけ、あとの2人はまだ王宮侍女ですよ。

王宮で騎士と侍女の恋愛と結婚や、わたくしのように侍女が貴人に手込めにされる事件や、侍従の女性批評を聞いていると、恋と結婚に何の関係があるかな、って。よくわからなくなっちゃうのよ」

「ふーん、そういうものなの?」


最後にタビーがそっと聞いてみた。

「おかあさまは、王子殿下に恋をしていない?」

「そうね、タビー、確かに恋はしていないわ」

「では、お仕事?」

「恋はしていないけど、あなたたちを授かってわたくしは幸せだったのよ。

恋はしていなくても、娘たちの父親、つまり、家族として温かい気持ちは持っているの」

「一緒に住むのは嫌じゃない?」

「あら、そうね。考えてみたことはないけど。

そうねぇ、そう言われてみれば。

そうねぇ……。

これが答えになるかどうかわからないけど、殿下が飲み残したお茶をうっかり飲んでしまっても、あら、飲んじゃったわ、って思う程度で済むかしらね」

シュリンが笑いながら言い、エレはその場面を想像して、なんだか納得させられてしまった。


タビーは、高校時代の友達のデート話を思い出していた。

先輩とセントマルクでデートしていたその友達は、トイレから帰ってきたときに先輩が自分の紙コップからコーヒーを一口飲んだのを見てしまった。でも、席に帰ってそのカップからまたコーヒーを飲んだと内緒話を教えてくれた。初心者デート、あるあるだ。

その時はみんなで顔を寄せ合ってちょっと赤くなりながら、「間接キス~」と、はやし立てたものだった。


子までなしている仲の男女の関係としては少々ならず幼いが、シュリンと王子は本当に短期間の密かな恋人で、シュリンにとっては緊張に苛まれる関係だったのだ。

「おかあさま、それって恋じゃないのかなぁ、拗れてるかもだけど~」

タビーは呟いて、笑っているシュリンの顔が作り笑顔ではないことに満足していた。



寝る前、ふたりは作戦を練っていた。明日はふたりの番だ。あの「わがまま王子」を論破しなくてはならない。

「どうするタビー」

「お母さんって、やっぱり恋してるんじゃない?」

「そう思う?」

「ちょっと遅いとは思うけど。私の世界じゃ中学生か初心な高校生って感じかなぁ。なんていうの?侍女だったころと変わっていないかも」

「そうかもねぇ、サイラギに隠されて外と接触するのは1年に2回だもんねぇ」

「純粋培養? 深窓の姫君? 遠慮なく言うなら世間知らずかなぁ」

「そうよねぇ、サイラギには子爵令嬢の恋の相手なんていないしね。蒼天城じゃあ当主の姪で、王子の子を産んだ姫だしね、手の出しようもない相手だもん」


「まあ、結婚は嫌じゃないみたいだったし。

王宮での立場についても考えは凄くはっきりしていたし、王子もお母さんの言うことはきちんと聞いていたよね。

お母さんを信じて任せていいのじゃないかしら、どう思うエレは?」

「うーん、苦しいところ。お母さんを渡したくない~」

「そうだよねぇ、わかる気がする」

「とにかく、あれが私の父親だとか、ありえない」

「うん、うん」


エレはベッドの上で行儀悪く手足をパタパタさせて怒っていたが、やがて話し合いに帰ってきた。

「まあ、これはこれでおいておくとして、どうする?」

「うん、エレ、初めの作戦通りにいこ?」

「そうね、うん。

おじいさまを団長にする案でいいよね」

「そうよね、おじいさまはきっとびっくりねぇ」



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