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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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14.客棟の正餐会

王家の瞳とは、アレクサンドライト・カラーの瞳を指している。

日光の中では青緑に見えるが、人工光や魔法光の中では赤に見える。もとは古い血筋の巫女や神官の血統が受け継いでおり、聖なる山の大神殿に深く秘されていた。あるとき大神殿に御籠りをした王子が世話係に着いた巫女の瞳に気付き、王に即位したときにこの巫女を王妃に迎えた。

これが切掛けになって瞳について明らかになり、各王家が神官を王女の婿に迎えたり、王子が巫女を妻に迎えたりするようになった。珍しいものが好きという王家らしい好みでもあったろうが、それよりもなお、この瞳を王家の証とする「手段」の一つと捉えたのだろう。

王家同士での結婚を繰り返し、瞳は大陸の各王家に受け継がれていった。


エレクトラの瞳は、曾祖母が公爵家の姫、すなわち王弟の娘ミカエラ姫であるから、息子オーサー、孫シュリンと引き継がれ、第二王子の王家の血と合わせられてエレクトラに現れたと思われる。

この瞳はすべての王家メンバーが持つわけではないが、この瞳を持っていれば、王家の血筋を濃く引くことの証明になる。父母両方の血筋に王家の血が入っていないとこの瞳は出ない。

オクタビアの瞳は、もちろん、エレクトラのパーフェクト・コピーだ。



メーム子爵は、王子を説得して王宮の不手際として謝罪するようになんとか漕ぎ着けた。

あれほどに瓜二つの女の子を探し出すことなどできはしない。できるとしたら、双子を探してきてそのままエレクトラに差し替えた時だけだが、王家の瞳を持つ双子など、他にどこにいるだろうか。

メーム卿は、謝罪文を書き上げ、それを第二王子に写させて本館の伯爵に面会を求めた。


「モンスコンデ卿、この度の不手際、誠に申し訳なく」

メーム卿は深く謝罪の意を表す。とにかく謝り倒して王子にシュリンと話すチャンスをもらわなければ事態は収まらないのだから必死だ。

「メーム卿、王宮の書類はどうなっていたのかの」

「王太子より緊急の通信鳥が来ました。通信紙の短い文章でして、深い事情までは分かりません。ですが、王太子殿下は、双子の姉妹である、との仰せです」

「さようであるか」

「は。第二王子宮でも書類は確認いたしております。どこに不手際がありましたものか、エレクトラさまについてしか報告がございませんでした。

この件は、すでに王宮で調査が始まっております。結果が分かり次第、改めてご報告いたしたく」

「そうか、見届け人をサイラギ村にお迎えしたにもかかわらず、この不手際、伯爵家からは改めて王宮に抗議いたす」


「モンスコンデ卿、どうぞ王子殿下のお心にもご配慮をお願いいたします。

何度もシュリンさまとお子さまにお会いしたいとの申し入れを、そのたびにお断りなされたのは卿ではありませんか。一度でもお会いしておりますれば、このように15年も書類の誤りが放置されることはございませんでした」

「ほう、メーム卿はシュリンと姪娘の命にはご興味がなかったとな」

「え、いや、そんなことは、まさか」

「いや、そうであろう。

第二王子妃は、メリア侯爵家の姫君であられた。先に王女、後に王子をお生みなされた。

エレクトラとオクタビアは、王家の血筋をたどれば王女殿下の姉に当たる。もし、王子妃が王子をお生み申し上げられていなければ、継承権はどうなったであろうな」

「いえ、それは」


「わからぬことはないだろう。仮に王子妃が今回のようにお亡くなりになり、その時王子がおられず」

メーム卿の顔色が次第に白くなる。

「王子殿下が今のようにシュリンをお求めになって正妃になされば、私の姪娘ふたりは正嫡直しの扱いになる。

つまり、第二王子宮における継承権第一位であられた王女は第三位になられたのだ」


現在では王子がいるため、第二王子宮すなわち将来の公爵家での侯爵位継承権は王子が第一位、王女殿下が第二位だ。

しかし、エレクトラとオクタビアが正嫡となれば、王女は第四位になる。それに従い王位継承権も必然的に繰り下がる。

現時点でも深刻な事態は変わらない。仮に王子が不慮の事故や病でなくなれば、本来は唯一の王女が繰り上がり、継承権を持ったまま嫁ぐもよし、仮に名を継ぐ婿を探すもよしだ。だが、正嫡直しとなれば、オクタビアが第一王女として継承順第一位となる。


メーム卿が苦しい息を押し出した。

「おっしゃる通りにございます」

「口を憚らずに言わせてもらおう。

メリア家から守るために、サイラギ村に隠しておいたのだ。

王子と会わせる? どうやって。それは命を懸けるほどの事なのか」

ひたすら頭を下げるしかできることがない。

「申し訳もありません。考えが浅く、言葉が軽うございました」


そのあとも、拝み倒すようにして、何とか客棟での正餐への招待状を受け取ってもらったメーム卿は、ため息をつきながら王子への報告を終えた。



客棟での正餐会は、第二王子を蒼天城へと迎えてもてなしている伯爵家に対する、第二王子宮からの儀礼的な返礼に相当するから、招待状に名前がある全員が出席する。


その夜、客棟の正餐室は念入りに磨かれ、飾られていた。

細長い部屋の縦に長いテーブルに白いテーブルクロスが垂れている。テーブルの長辺中央部には、魔力で輝く三叉ろうそく型の照明と低い水盤に生けられたグリーンに白い小花が交互に並べられている。相対して着席する人の会話を妨げないようにという心遣いだ。

壁際には等間隔に魔力照明が暖かい色を発し、ひとつの席に対してひとりの給仕が付く最上級のもてなしだ。

座席は、長辺の上座が第二王子、その右脇から子爵夫人、ジョットリニ子爵オーサー、エレクトラ。

左脇から伯爵、シュリン、ショリンツ子爵アラシュミー、オクタビア。

最後にエレクトラの隣、オクタビアの前に第二王子筆頭侍従であるメーム子爵となっていた。

誰が見てもわかるように、ネーム子爵はオクタビアとエレクトラの瞳の色を確認するための陪食だ。


ショリンツ子爵夫人アウロレアは、この場の婦人のなかでもっとも地位が高いから、王子の右手に招かれている。王族の席に並ぶため、濃い紅色のビロードのドレスを選んでいる。軽くトレインを引き、胸ぐりは深め。首から真珠のロングネックレスを二重に掛け、耳に揃いのイアリング。このセットは伯爵夫人が嫡子の妻に贈ったものだ。結い上げた濃い茶色の髪には実家である侯爵家から嫁入り支度の一部として持たされた真珠の飾り櫛、結った髪の頭頂部分から耳に添わせた後部は、交差部分に真珠が留められた銀糸のネットで飾られている。優し気な雰囲気を引き締める身なりだ。


シュリンはこの場の婦人の第二位だから、アウロレアを引きたてながらも個性的であるように装っている。地の色は辛子色、アクセントに茶色を使った絹のドレスで、シュリンの侍女、パッシィー、シュリン自身合同で作り上げた渾身の作品だ。舞踏会ではないので裾がひらめくデザインではないが、上半身がテーブルの上に出るために、胸元を透ける素材で覆って魅惑的に見せるディナードレスだ。毎年誕生日に王子から送られていた宝飾品の中から琥珀のネックレスとイアリング、金の飾り櫛を選んでいる。


エレとタビーは、15歳という成熟前の女性の魅力を引き出すようにプラチナブロンドの髪を顔に添わせるように結ってカールさせたおくれ毛を遊ばせ、花をかたどった簪とピンを飾っている。

正餐用に深い色を選んだが、ひとり分ずつの布しかなかったのでおそろいのドレスはできなかった。アレクサンドライト・カラーを意味するように、エレは深い青色、タビーは青味掛かった深緑色という色の違いはあるものの、同じデザインのロングドレスを着ている。浅い襟ぐりには光を反射するようにカットした大粒の水晶が綴られたネックレス、耳には揃いのイアリングだ。

エレの部屋のクローゼット内の引き出しに納められていたために、タビーの分もあったのが幸いだった。実に愛らしい。


男性陣の服装は大して変わりはない。ひざ下丈のパンツの裾を白いストッキングに被せて締める。ディナージャケットの首元は白いスカーフ、ジャケットの間から模様を織り出したベストがのぞく。ジャケットとパンツの色、そしてベストが目立つ違いで、デザイン自体はさほど変わらない。

持っている勲章の内で最も価値が高い物の略章が胸を飾っている。ホストである王子に、というよりも王家に敬意を表している。


宮中マナーになじみがないオクタビアとエレクトラを考慮して、正餐と言っても柔らかい雰囲気にまとめられている。シェリー酒から始まるが、女性陣にはグレナディア・ジュース、前菜も平皿に一品ずつ別の山にして、少し口をつけるだけでいいように配慮されている。


マナーなどはせいぜい口に物を入れたまましゃべらないという程度の躾しか受けていないタビーは気楽なものだ。そもそも磁器とシルバーを使って食事をさせておいて、音を立てるなとかムリゲーと割り切っていた。“割り箸くれればいいのにな~、音なんか出ないしね~”、と気楽に考え、フォークを使う時に皿に直接当てないようにビミョーに食材を挟むという工夫した使い方をしていた。

“ニコニコおいしく食べるのが本当のマナーだよね”、というわけだ。多分王宮では通じない。

タビーとエレの後ろには、熟練の給仕がついて使うべきカトラリーをそっと教える。タビーは親切な給仕ににっこり微笑む余裕があった。


エレはそうもいかなかった。初めての正餐会に緊張している。

静かな会話とカトラリーの「音がしないこと」に過度に緊張したエレが、ついにフォークを取り落としてしまった。

すかさずメーム子爵が自分のフォークを取り落とし、「失礼」と会食者に声を掛け、後ろの給仕が新しいフォークをテーブルに乗せる。真っ赤になっていたエレが、これに倣って「失礼しました」と小さな声を出す。


マナーは、人を貶めるためにあるのではなく、客をもてなし、招待主に礼を尽くすツールだ。だから、エレがフォークを取り落とした原因を察した会食者はカトラリーと食器が触れ合う音を出すようになった。

テーブル・マナーは、その場の最も慣れない客に合わせて、気を遣わせず食事を楽しんでもらうことにもある。それこそが礼儀の最高峰であろう。音を出さないことができるなら、音を出すことは簡単だ。誰もが最初の正餐の緊張感を懐かしく思い出していた。

雰囲気を察しないことでは定評のある第二王子ですら、伯爵と言葉を交わすことを一瞬忘れ、微笑ましく娘の方を見ていた。


正餐はどうにか最後のフルーツかチーズのチョイスまでたどり着き、席を改めて酒杯を傾ける時間となった。

アウロレアに連れられて、エレとタビーが館を離れる。ふたりの瞳の色を確認したメーム子爵が満足感とともに玄関まで送りだして、三人の女性が馬車に乗るのをサポートした。



正嫡直し

現在、エレクトラは王家の系図に載っていません。王子の愛人の子に過ぎないからです。

でも、王子がシュリンを正妃にすると、さかのぼってエレクトラとオクタビアは「第二王子を父とした正妃の子」と認められて、系図に載り、王位継承順位がつきます。男子優先かつ年齢順でいえば、第二王子の王子、オクタビア、エレクトラ、第二王子の王女、となるでしょう。(アレクサンドライト・カラーの瞳により、間違いなくそうなるはず。)


姫と王女

王女は王家の正式メンバー。

姫は、上位貴族の令嬢を指す一般名称としています。

この呼び方は、日本の旧貴族・大名制度を手本にしたもので、貴族・大名の娘が姫と呼ばれていたことに準じています。(現在日本には貴族制がないため、古い資料に頼っています)

王家に相当する皇室の娘は姓がなく「宮様」、男性は親王、女性は内親王。

将軍家、大名家、貴族家は「姫」。

これに従い、内親王に相当する王家の娘を王女(プリンセス、princess)、大名家、貴族家に相当する上位貴族(伯爵以上、すなわち貴族院議員資格を持つ家)の娘を姫(レディ、lady)としています。

これは、作者が訳語にこだわったためであり、それぞれの作者が構築する異世界のコンセプトに疑義を差し挟む意図はありません。


下位貴族でも、貴族家の娘に臣下ないし平民が呼びかけるなら、姫が適当となるでしょう。

これに対して、男子は、爵位をつけて呼ぶか、「殿」(英語のオナラブルに相当する敬称として)となるでしょう。


参照文献:

和宮様お留 有吉佐和子

天璋院篤姫 宮尾登美子

風の谷のナウシカ(コミック) 宮崎駿 (ナウシカとクシャナに対する周囲の呼びかけの対比)



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