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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
13/21

12.せっかくですから、高く買わせていただきます、そのケンカ

昼過ぎに到着した王子一行のために、その日は昼食をずらしてハイ・ティーとなった。午後の遅い時間の食事だ。

朝の光が入るくつろいだ雰囲気の朝食室でも、ディナー用のロングテーブルを備えた華麗な晩餐室でもない、落ち着いた装飾の食事室が準備されていた。メニューは、冷菓と小さなサラダから始まり、牛肉かエビ料理のチョイス、小さなグラタンが出て最後がフルーツという簡単なものだ。パンと若いワインが用意されている。

食後に居間へと移動して飲み物と甘い菓子かチーズのワゴンが出て、好きなものを取り分けてもらう。


食事室には、伯爵、子爵夫妻、オーサー、シュリン、エレクトラ、オクタビアが揃って王子を迎えた。この時、エレとタビーは全く同じドレス、同じ髪型で、家族とともに立ち上がって、最後に入室してきた王子を迎えた。

王子が上座に座り、両脇は子爵夫人と伯爵、並びは子爵夫人側はオーサー、エレクトラ、伯爵側がシュリン、子爵、オクタビアだ。

王子が着席し、子爵夫人、伯爵と席に着き、後は椅子を引いてくれる奉公人に任せて座る。

「よく晴れたいい日になったね」

「さようにございますな」

「伯爵夫人は、まだ王都かな?」

「雪が降る前に帰ってまいりましょう」

出される皿の間に、無難としか言いようのない会話がするするっと通り抜けていく。


牛肉とエビを選ぶとき、タビーは牛肉を選ぶようにあらかじめ言い含められていた。フォークとナイフでエビを食べるのは熟練の技だというアドバイスを尊重し、大好きなエビ、しかも食べ応えのありそうな大型のエビを、涙を呑んで我慢した。

事情を知っているエレが口の形だけでウフフ、と笑いを見せる。



ハイ・ティーはなごやかに終わり、全員が居間へ移動した。

王子がソファに座り、筆頭侍従のドリエンテス子爵がその背後に立つと、護衛は三人のうち一人を残して壁際に控えた。

王子のソファの斜め向かいに、伯爵とオーサー、オーサーの右横にシュリンと適度な距離を置いて座ると、それぞれの右手前脇に小さなテーブルがセットされて、侍従が静かに飲み物とデザートの好みを聞き、すぐ後ろに控えるワゴン係が準備したカップとデザート皿をサーブする。

準備が終わり、侍女や侍従、配膳係の全員が壁際とドア脇に退いて、ようやくデザートタイムとなった。


「殿下、ようこそおいでいただきました」

口を切るのは、主人側の伯爵だ。

「居心地の良い館に満足している」

「ありがたき仰せにございます」


しばらくの沈黙のうちに、王子がオーサーに声をかけた。

「ジョットリニ子爵、久しいな」

オーサーは、表情筋を引き締めて、無表情を保った。

「お久しぶりにございます」

「皆を紹介してくれるか」

「は、承りました」


オーサーはソファから立ち上がって、家族の方を見た。

「皆よく知っておろうが、こちらは第二王子殿下、ナユタニエ・サイナリエス様である。

名を呼ぶゆえ、挨拶しなさい」

一同が頷く。


「殿下、伯爵の長男、ショリンツ子爵は紹介済みにございますね、子爵夫人をご紹介いたします」

王子が鷹揚に頷く。

「ショリンツ子爵夫人、アウロレア・モンスコンデにございます」

子爵夫人が立ち上がり、美しいカーテシーを披露した。

「タットリナニ伯爵次女、アウロレア・ナイル・モンスコンデにございます。

お目に掛かれまして光栄にございます」

「そうか、ナイルというなら、祖母の君は先の公爵家の姫であるな」

「畏れ多いことにございます」

「伯爵夫人が王都にいるのだから、園遊会の手配は夫人の手並みであったのだな。

さあ、座りなさい、次に会うのは王宮であろうかな」

紹介された時にアウロレアがミドルネームを告げたのは、自分の出自を明らかにするためだ。

ミドルネームには代々父方の祖母の名を受け継ぐから、それを聞けば二代前の身分が分かる仕組みになっている。同じミドルネームを持つ女性同士は、血縁にあるといえる。


「我が娘、シュリン・モンスコンデにございます」

シュリンが立ち上がり、王宮を去ってすでに15年なのに鍛えた姿勢を忘れず、王宮侍女のカーテシーを披露した。

「第二王子殿下、15年ぶりにございます。

シュリン・ミカエラ・モンスコンデ、お目通りの栄誉に感謝いたします」

王子の目は霞掛かったように、甘く懐かしげだ。

「ショリンツ子爵令嬢、そなたの侍女姿、忘れもしない、懐かしいな」


そりゃ忘れないだろうよ、という一同の心の突っ込みは王子に届くことはなかった。


黙ったままシュリンを見つめる王子の肩に、筆頭侍従が手を添える。

はっとなって、王子が過去から帰ってくる。

「座りなさい、レディ・モンスコンデ、そなたとは、昔の思い出を話したい。時間をとってくれるよう。

長く待たせたが、ようやくそなたと語り合える日が来た」


どういう意味だ! と、伯爵家の怒りの炎が荒れ狂う。待たせた?待っていたというのか、シュリンは王子妃の死を!

王子は険悪な雰囲気に訝しい思いを抱いていた。筆頭侍従の顔から血の気が引いている。それでもシュリンは礼を失うことがなかった。

「父の許しがありますれば」

「そうか」


「我が孫、エレクトラ・モンスコンデにございます」

エレとタビーは、祖父の後ろの3人掛けのソファに座り、手を握り合っていた。

エレが立ち上がり、少々ぎこちないカーテシーの姿勢をとった。

「エレクトラ・ニーケ・モンスコンデにございます」

「そうか、そなたがエレクトラか、美しい娘に育ったな。

後ほどまた会いたい。さあ、座るがよい」


「我が孫、オクタビア・モンスコンデにございます」

タビーが立ち上がり、エレと練習したカーテシーの姿勢をとった。

「オクタビア・ニーケ・モンスコンデにございます」

王子が「え?」と、小さく口にして、シュリンを見た。

「ニーケ? ショリンツ子爵の子はシュリンのみ、孫がニーケを名乗るということは、シュリンの子か。

どういうことだ、ショリンツ子爵、オクタビアの父は誰だ。

いや待て、すまない、伯爵、そなたの孫のひとりを、子爵の養子として、名を改めたのだな。

確かに、エレクトラひとりをあのような辺境に置いておくのはよろしくないであろう」


タビーは何のことでしょう、という様子で静かにカーテシーを解いたが、エレはいきなり立ち上がり、タビーの手を握ると、王子を睨みつけてタビーを引っ張るようにしてふたりとも部屋から出て行ってしまった。止める者は誰もおらず、いたわしそうにふたりを見送る家族からも、壁寄りに立つ侍女・侍従からも静かな怒りが王子に押し寄せている。


「どういうことだ、説明せよ」

王子の声は、怒りを含んでいる。筆頭侍従は困惑している。

「はあ、どういうこととおっしゃいますが」

場は怒りと当惑に満ちている


「王子殿下、一度王宮にお戻りあそばせ。

そちらで、エレクトラ出生の報告書を再読なさいませ。

そののち、またお会いすることもあるかもしれません」

そういって、シュリンも居間を後にしてしまった。

もう誰も説明しようとはしない。



一方、こちらは深刻な表情を装いながらふたりに与えられている二階の一室に手を繋いで駆けこんだエレとタビー。声が漏れないよう、また誰かが入って来ても対応に余裕が持てるように、奥の寝室に飛び込み、タビーのベッドにダイブした。

「やったわねー、きれいにキマッタねー」

「うーん、充実!」

娘と異世界人の策略にまんまと嵌った第二王子殿下は、これまでの教育係と宮廷の品位保持の努力のすべてが、少なくともこの王子に関してはほぼ無駄だったことをおのずから証明していた。



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