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もう帰っていいですか  作者: 倉名依都
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9.神の改竄

春から夏の社交シーズン期間、伯爵家は伯爵夫妻、長男夫妻、次男、長女が揃って王都の貴族街にある伯爵家の邸宅、ピアニ館に滞在する。

シーズン中には、王の諮問機関である貴族院会議が開催されるから、上位貴族当主および継承権者たちは気の緩む暇もない。

夜は夜で、王宮での大規模な夜会、公爵各家主催のダンスパーティー、今年社交界にデビューする貴族家の子女のための夜会、などなど。

伯爵以上の上位貴族のための、むしろ政治的なパーティーがほとんどで、外国からの使節に対して経済力を誇示したり、家同士の関係性のために婚姻を結ぼうとする者たちが相互に挨拶したり、求婚の許しを得たりする機会でもある。


同伴してきた夫人や令嬢が暇を持て余しているかというと、そういうわけにもいかない。

女性たちの午前は、午後に備えての衣装選びと着付けで精一杯、午後は勢力図や派閥地図に応じたお茶会で埋められている。

主催者は、王妃をはじめとした王子妃、王女、および公爵家、侯爵家、伯爵家の夫人だ。招待状を持った侍従が貴族街を飛び回る。

貴族令嬢がマナーと所作について手厳しい批判や指導を受けるのも主にこのお茶会の場でのことだ。この期間のために、令嬢たちは領地でもマナーの習得に余念がない。初めてお茶会に出席する令嬢は、付き添い(シャペロン)を頼んで、ミスがないように慎重に行動する。


また、王都在住の貴族家子息で、王宮官吏、王宮騎士、王国騎士などを務めている者たちと、普段は領地に住む婚約者である令嬢が会えるチャンスでもある。王都は華やぎ、ざわめき、誰もの記憶に残りながら夏が過ぎていく。



このシーズン最大の話題は、第二王子の新しい妃に誰が上がるか、ということだった。

妃が亡くなって1年半、喪も明けたことで、治世の補助をする第二王子の妃が空席なのは好ましくない。


噂に上がるモンスコンデ伯爵家当主の姪、シュリンの名を挙げる人も多かった。だが、本人は不在、伯爵もシュリンの名に反応しない。

それを見計らって、第二王子妃に名が上がる侯爵、伯爵令嬢は十指に余った。

王子にはすでに妃が残した王子と王女がいる。王太子である第一王子が王に即位したのちに、公爵家として臣籍降下、王子と王女は公爵令息(同時に侯爵位を得る)と公爵令嬢となる。

生涯にわたって政治上および社交上の役割を果たすことを望まれるから、夫人の存在はほとんど不可欠である。ただ、後継ぎ問題がないために、王子より年上の未亡人でも、極端に言えば現時点では誰かの夫人であっても、問題なかったからだ。


下位貴族の中では、それぞれの寄り親に力を入れる者もいるが、大多数は、この「第二王子妃レース」の結果に密かに「賭け」、楽しんでいた。



下位貴族に関しては、王都在住で王宮に勤めるいわゆる「王家の直臣」(直接王と会話できる)に、役割に応じてパーティーへの招待状が準備される。子爵位か男爵位で、領地も持っていないものの、たとえば式部のように伝統を正しく保持することを役目として、責任者に対し、儀式の様式についてその理由と起源とともに「絶対の権威」を以て「奏上」できる家もある。彼らなしでは王宮、特に儀典は維持できない。


侯爵家、伯爵家の領内で領地を預かる者の内から寄り親とともに王都に赴く下位貴族もいる。貴族院に出席する寄親の後ろに控えて求められる資料を提供するのが主な役目だが、顔つなぎに各種パーティーに出席する。彼らは、王都がどういうところか、主家に求められているのが何なのかを知るために費用寄り親持ちで同伴している。


社交シーズンの終わりに、領地に帰るモンスコンデ伯爵及び長男ショリンツ子爵 (アラシュミー・エバン・モンスコンデ)とともに、同行した下位貴族が帰ってくる。

王都には伯爵夫人と令嬢が残り、しばらくの間王都の様子を見ているが、雪が降る前に領地に戻る。次男ビニエストは宮廷騎士団のメンバーだから、領地との行き来はない。


領主の帰還を機に、伯爵家の城には領地を任せる下位貴族が集まる。

10日ほど続くその集まりは、親睦の場であり、同時に王都の様子を領主から知らされる場でもある。特に次の年の納税額についての連絡が行われ、その理由、算定基準の説明を受ける。

すべての領地でこの連絡が行われるわけではないが、王家からは強い要望を受けている。

モンスコンデ家についていえば、「当然の事」であり、先祖伝来の慣習でもある。



帰城した伯爵とアラシュミーは、執務室で去年の予算と実績、今年の納税負担について話し合っている。

王宮から要求された納税額は従来通りであり、それは近々には戦争がないことを意味していた。


「父上」

「何だ」

ふたりは忙しく去年の支出と今年の予算額と照らし合わせ、気になる点を確認している。

「叔父上の孫って、ひとりではありませんか?」

「ああ、そうだ、エレクトラだな。シュリンの娘、父はあの第二王子だ」

「では、この、オクタビアというのは?」

「オクタビア?」

「はい、伯父上からの予算請求に、オクタビアが上に、その下にエレクトラとなっています」

「何だと?」


ふたりは、予算請求を確認し、更にさかのぼって3年分の予算記録を出して確認するが、そもそもオクタビアという記載は初めてだ。

「何歳だ、オクタビアは」

「オーサー叔父上からの、招待状への返事があります、お待ちください」

アラシュミーは、園遊会への招待状リストと、返事の束が入った箱を抱えてくる。


「父上、双子とあります」

「何だと? 聞いてないぞ」

「はい、聞いたこともありません」

「おい、マサイアを呼べ。

いや待て、事を荒立ててはいかんな」

「そうです、父上、これは慎重に運ばなくては」

「サイラギ村のタトナスの報告書はどうだ」

「はい」

アラシュミーは、資料室に入り飛び地の記録を探した。

父の仕事を手伝うようになってすでに10年、最初の頃はひたすら書類の整理をさせられた。古い書類がどこにあるかは十分に知っている。


書類箱の中から、エレクトラの年の分、15年分を選んだ。

書斎に帰ると、父は手を停めずに仕事をすすめていた。

アラシュミーは15年分の書類の中から、エレクトラとオクタビアの名を探した。


「父上、ありません。オクタビアという名はどこにもありません。

今年のタトナスの半期報告書に初めて出ます」

「それを読み上げよ」

「オクタビアさま、病がちの床より起き上がるようになられる。

エレクトラさまと手を繋いで村を見回る。

村民一同、回復のお祝いを申し上げる。

お元気になられ、少しずつ体を動かしたいとのことで、おふたりで厩舎に通い馬の世話をしておられる。

先日、オーサーさまとともに、騎馬で領地の見回りにおいでになる。

オーサーさま、シュリンさま、大変にお喜び」

「うーむ」


「父上、どういうことでしょう」

「わからん」

「みんな騙されている? 誰かが根回しして嘘をついている?」

「おい、サイラギ村だぞ」

「そうですね。 無理、ですか」


サイラギ村は、モンスコンデ伯爵領の小さな飛び地で、隣国に国境を接した盆地にある。そこは、伯爵家に仕える使用人の訓練に使われるのだが、それは貴人の屋敷内に住みながら情報を収集するという特殊任務を目的としている。

馬丁、園丁、営繕、料理人、執事補佐、洗濯メイド、パーラーメイド、仕事の内容は下働きが主なものだが、少数ではあるが、長く仕えるうちに侍女頭や執事にまで登っている者もいる。

その侍女頭や執事の推薦を受け、さらに人を送り込み、そこから推薦状をつけて王宮にまで人を送り込んでいる。

更に隣国の王宮にも下働きとして入り込んでいる者がいる。このようなことは大陸ではごく普通の事とみなされている。要は上手いか下手か、それだけのことに過ぎない。


彼ら、彼女らは、主家である伯爵家から少なからぬ給与を受け取り、かつ仕事をしている家からも仕事に応じた金銭を支給される。

サイラギ村の風車番タトナスは、彼らを統べる者だ。

細かく情報を集め、時として勤める屋敷からサイラギ村に引き戻し、直接本人に事情を聞いて役目を解いて市井に送り出すこともある。

たとえば愛を得て役目を辞し、愛を失いあるいは連れ合いを失い再び役目に戻る者にも、温情を以って接する。市井での生活は、諜報の質を上げる面もある。

この手綱さばきについてタトナスを上回る者を伯爵は知らない。


翌日、ふたりは忙しい執務の手を停めて、オクタビアについて再び話し合った。

「シュリンの出産を手伝ったマサイアに遠回しに尋ねてみた。だが、双子だったとは言わない」

「そうですか。 いかがなさいます」

「俺は、本人を見てみようと思う。

顔を見ればわかることもあるだろう」

「はい」

「アラシュミー、おまえも知っていていい年になった。教えておこう」

「はい?」

「俺も先代から口伝で聞いた。

神の改竄、というものがあるのだ」


「神の改竄、ですか?」

「ああ、オヤジが伯爵だった時に、先々代の王が死んだ。その時、王子はまだ3歳だった」

「はい」

「オヤジは全く覚えていない、記録も何一つ残っていないのに、王弟殿下が現れた」

「え?」

「そうだ、先王の後見を務め、25歳まで22年間をお支えして、ご自分はお子をなすことも妻を娶ることも、公爵家を建てることすらなさらず、ある日ベッドで眠ったままお亡くなりになった、先の宰相さまだ」


「オヤジは、神の改竄だと言った。

先々代の弟君ということだったが、先々代に瓜二つ、本人と言われても誰も疑わないほどに似ておられた。王妃がな、姿かたちはそっくりだが、間違いなく別人だ、と言ったそうだ」

「神の改竄とは?」

「オヤジが、誰かが全員の記憶を書き換えた、と言うのだ。

自分は記録を細かくとっていて、王弟がいないことは知っていた。だが、今では、王弟殿下のお小さい頃のことまで覚えている。

こんなことは、魔法でもできない。だれがやったか知らないが、3歳の王子殿下の後見人などという火中の栗を拾う仕事を引き受けてくださるのだ。少なくとも自分はこれでよい。

神がお助けくださったのだと思う、とな」

「つまり、神がすべての人の記憶を改竄したと?」

「ああ。王弟殿下にお会いするまで、何のことかわからなかったそうだ。だが、お会いしたものは全員、お久しぶりにお会いしたがお元気そうだと言ったそうだ。

記録を調べ、確信をもってお会いしたのに、顔を見た瞬間に、お懐かしい、お元気になられたのだな、と思ったと言っておった」

「なるほど。 それで、神の改竄ですか」


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