ずっと一緒にいるために
「剣舞:模倣 罪火龍閃」
「原初の光、疾く在れ」
ノアの攻撃を正面から受けて立つ。もとより動きに制限された私に選択肢はない。
……なんとなくは感じていたけど、ノアの放った魔法は龍の咆哮そのものと言っていい。人の身で再現できることに些かの疑問があるけど、この一撃に対抗できるカードなんてほんの数枚しかない。でも幸い、[グリーディア]と[アルカナ]は泡沫の夢最高傑作のコンボ。アレに対抗するならもうちょっと強化を重ねたかったけど、贅沢は言ってられない。
正面衝突した魔法は、ほとんど互角。わずかに私の、というか[グリーディア]の原初の光の方が重かったらしい。危うく当たり負けするところだった。
プレイヤーの質で劣っている自覚はある。なら、私はどうにかしてノアより良い手札を揃えないとスタートラインに立てすらしないんだ。今まで戦いが成立しているのもそのおかげ。ノアまで泡沫の夢を使うものだから均衡が崩れるかと思ったけど、数枚カードを持っている程度で覆せる差じゃなかった。
「[英雄の資質]」
吹き飛ばされるノアを追う。私の身を縛っていた[パラライズネット]はもう解除された。ノアと私で一回ずつ攻撃をしたから一ターン経ったということらしい。フィニッシャーサポート兼序盤攻め込まれた時の防波堤として優秀なカードだけど、こんな感じでたまにスカるのが玉に瑕なカードだ。
「ふぇ」
飛翔して瞬時に間合いを詰め、ノアの肩を掴んでそのまま地面まで引きずり落とす。
ノアの上にのっかかり、両足を使ってノアの動きを封じる。ノアの手から離れ、空中にある聖剣オラシオンを逆手で奪い取り、そのままの勢いで突き下ろした。
当然、ノアがオラシオンの物質化を解除しようとするけど、[グリーディア]ならその操作を一瞬遅らせることができる。
――ザッ
オラシオンが地面に突き刺さる。
ノアが少し首を逸らさないと致命傷を与えていた軌道。
数秒遅れでオラシオンが光の粒子となって消え、ノアの中に戻っていった。
でも、これは当てることができた。
私の方で無理矢理軌道を、ノアがギリギリ回避できるように変えた。
それは私もノアもわかってる。
……。
…………。
決着が、着いた。
「負けちゃったかぁ、やっぱりクリスちゃんはすごいね」
この勝負は私の勝ちだ。
欲しかった言葉も聞けた。
なのに……。
「まだ私が怖い、クリスちゃん?」
こちらを見上げ少し不安そうに、それでもノアは笑う。
ノアにこんな顔をさせたかった訳じゃない。
これは、私の問題で、ただノアはそこにいるだけなのだから、私が――私しか解決できない。
「怖いよ」
私は、何がしたかったんだろう。
ノアより強くなれば解決すると思ってた。
そして、そのために泡沫の夢を研究して、使いこなせるように練習して、とうとうノアのところまでたどり着いた。
そりゃ、精神的に参って動けなくなったし、右手はボロボロ。だけどノアには大した怪我をさせずに勝つことができた。私はちゃんと、ノアより強くなれた。
「実はさ、クリスちゃんが私より強くなってたとしても、クリスちゃんは私を怖いままだってことは分かってたんだ」
「え?」
どういうこと?
今日はそのために、私の意を汲んで全力で闘ってくれたんじゃないの?
「クリスちゃん、闘うの好きじゃないでしょ」
それはその通りだ。
こんな怖いこと、やらなければならない義務でもない限り、やりたい人なんて……。
「私は結構好きなんだ」
「!?」
「やっぱり意外そうな顔した。クリスちゃん、そんな顔もするんだね。うんうん、その顔も好きだよ」
私の顔なんて今はどうでもよくて、今はノアのこと。
闘うのが好きってどういうことよ。
「誤解しないで欲しいんだけど、殺したり殺されたりって意味じゃないよ。でも、命を賭けての戦闘はワクワクする。今の勝負は負けちゃったし、今度はどっちかが死んでしまうかもしれない。それでも、またやりたいって思ってるんだ」
私は二度としたくない。
大好きなノアと闘うの、ツライ。
「実はこの感覚、わりと一般的なものだと思ってたんだよね。私の周りにはそんな人多かったから、世界がこんなにも広いって気づかなかった」
ノアの周り。セレナさんやココさんはじめ、前の人魔大戦で活躍した人達のことだ。
「でさ、クリスちゃんは闘うの得意な方だと思ってたんだ。でもママに言わせればクリスちゃんに戦闘の才能はない、一番の理由は本人が闘いたくないって思っていることなんだって。だってクリスちゃん、人に刃物を向けることすら忌避感持っている訳でしょ。まぁ他にも技術やフィジカルに不満はあったらしいんだけど、今なら少し分かるなぁ。あの頃の私たち、そりゃ他の人に比べたら強かったろうけど外の世界に行くのは全然力不足だったもんね」
トレントはどうとでもなるけどグリフォン相手では逃げる事すらままならない。人の中で強くともそれじゃあ意味がない。
「だから私と引き離すために、到底クリアできない課題を与えたって言ってたよ」
心当たりがある。
一時期、セレナさんに課された鍛錬がありえないほど厳しくなった。
ノアと一緒にいたい一心で懸命に努力して、それでも結果一歩届かなかったのだけれど、なんとか許して貰った。
「で、ママの予想を超えて強くなったクリスちゃんは、なんと私をバケモノ扱いしました。まぁ隣にこんな戦闘狂がいたら恐怖を感じるなんて当然だよね。あの時までの私はママのおかげで弱かったから綻びに気づかなかっただけだったみたい」
目を逸らす。
けどすぐに視線を元に戻した。
視線が再び重なったことで、ノアの感情がすぐに伝わって来た。
自分で言って自分で傷つくのやめて欲しい。
落ち込んだ表情を隠そうとしているみたいだけど、ノアはそういうの得意じゃない。
今から必要なのは、ちょっとした勇気。
地面に手をつき、お互いのおでこを合わせる。
――コツン――
顔が近過ぎて焦点が合わないので目を閉じる。
私は一度間違えた。
それは言葉だけで取り消せるほど軽いものじゃなかった。
「クリスちゃん……?」
「そうだよ。ノアは強くて我儘で、好戦的で自信家で、私とは住む世界が違うんじゃないかって思えてきて――」
「うぅ……」
「それでも私はノアのそばにいたい」
「……」
「もう怖がったりしないなんて言えないよ。私は確かに弱虫で、ノアと一緒にいるのは不釣り合いかもしれない。これからもノアを傷つけてしまうと思う。でも、絶対に追いついて見せる。私、ノアがいないと駄目だ」
ノアがいない世界は空虚だ。
色を失った世界の虚しさに、きっと私は耐え切れない。
「けど、クリスちゃんの方がよっぽど傷つくんじゃない?」
「そうかな?」
強がる。
今みたいにノアと触れ合うことはできる。
目を閉じてくっつくこともできる。
でも、ノアの魔力の動きには逐一反応しちゃうし、体は緊張で強張って力んでしまっている。
リラックスとは対極。私の身体は、明確にノアを怖がっている。
ノアに馬乗りになって動きを封じてもこれで、自分のことながら笑っちゃいそうになる。
何より、ノアにこうした感情が筒抜けなのが問題だ。
ノアは私が反応するたびに傷付いて、私はそんなノアの様子を見て余計に傷付くわけだ。
「そうだよ。だって、肉食獣と草食獣が一緒にいるようなものだよ。こんなの、クリスちゃんが私より強い時しか成り立たない」
あぁ、そうか。
私は、きっとそのために強くなったんだ。
「なら、とりあえず今は大丈夫ね。私としてはこれ以上ノアに強くなってほしくないなぁ」
「……私の力は、ほっといてもどんどん大きくなっていくんだって。だから、それを制御するためにもっと強くならなきゃいけないみたい。力に振り回されて私に牙を剥く前に、なんとか御さないといけないってママが言ってた」
「それは、……大変だ。大変だけど、まぁノアがいなくなるより怖いことはないって、もう分かっちゃったからね」
「クリスちゃんの方がよっぽど我儘」
「我儘ついでに一つ引き受けて欲しいことがあるんだけど」
これからの身の振り方。私、人類裏切ったように見えなくもないんだよね。さっきのノアの発言でようやく自分の立場を知った。
魔族って悪い人達ばかりじゃないことを証明していかないといけない。というかグリーディアの定義ならココさんみたいな獣人は立派な魔族だ。
「聞きたくない。絶対面倒なことになる奴だもん。私今のクリスちゃん知ってるよ。笑顔で無茶無謀を押し付けてくるんだ」
「世界の半分、貰ってくれない?」
勝者の特権として嫌がるノアに無理矢理聞かせる。
駄目なら仕方ない。仕方ないけど、一人じゃ到底達成できそうにないことなのも事実。
「……うぅ。私が断ったら、クリスちゃんは一人でやる気なの?」
「そうだよ。人類殲滅派の魔族をなんとかして、魔族殲滅派の人をなんとかして。いい加減この二種族が目障りになってきた龍とか他種族をなんとかしないといけないの」
私はグリーディアに大切なものを託された。ノアと一緒にいることと同じくらい大事なこと。
はるか昔、グリーディアは龍と契りを結んだ。龍がたかが人族の言葉を話せるのは世界でただ一人、龍を圧倒した魔王がいたからだ。そのおかげでソラノリュードは作られ、人魔大戦では勇者リオンに力を貸してくれるきっかけになった。でももう、グリーディアの時代の龍はさほど多くない。世代交代が進み、魔王への敬意はあるものの、人族、魔族への感情は決して良いものじゃなくなっていった。
「まぁ私がノアに追いつくために勝手にやったことだから、ノアは気にしなくていいよ。あ、でもたまにカードゲームの相手はしてほしいかな」
「わーかーりーまーしーたー。分かりました、引き受けます。世界の半分引き受けます」
いい加減重くなったのか、私を押しのけてノアが座りなおす。
私も特に抵抗するでもなく、隣に座りなおした。少しだけ力が入っちゃったのは、もうどうすればいいんだろう。
「無理しなくてもいいよ。もとは人族だったとはいえ、ノアって魔族に良い感情持てないでしょ。私魔族側の代表に立つ訳だし」
「うぅ、葬られたはずの歴史を知ってしまった気分。いやそんなとこにクリスちゃんを一人で放り込めるわけないよ」
「大丈夫。私ノアより強いから」
「大した差じゃなかったよ。確かに泡沫の夢は便利だし強かったけど、別に反則的なものじゃなかった。ちゃんと分かってる? たぶんまだママには勝てないよ」
それは、……そうかもしれない。
セレナさんが襲ってきたら勝てる気がしない。
そして、その可能性は低いとは言い切れない。
「ねぇノア」
「なぁに?」
もし失敗したら、一緒に逃げてくれない?
そう言おうとして、やっぱり弱った姿を見せたくなくて。
「人と魔族と龍が、それだけじゃなくて巨人や妖精種だって一緒にカードゲームする姿、見てみたくない? で、私はその頂点に立つんだ」
それは、グリーディアですら成しえなかった功績で。
それは、勇者ですらたどり着けなかった理想郷で。
それにどうせ私じゃ、武力で世界征服はできない。その舞台は戦であってはいけない。とはいえ戦力で劣るようでは話にならない。
「いや天辺は私のものだから。今日はたまたま負けちゃっただけで、【マジック・ブレイブ】でも勝率高いの私だったってこと忘れたの」
いやだってノアのデッキって遊ぶためのものほんのちょっとしかないじゃん。
「勝とうと思ったらいくらでも勝てるよ。いっつもあんなガチデッキばっかり使ってるノアじゃ私の足元にも及ばないから」
半分嘘。ノアはデッキ構築もプレイングも、ドロー運だってとっても強い。それでも、勝つのは私だ。
負ける気で勝負を挑む気はない。
「にしても服ボロボロになっちゃったじゃない。ちゃんと弁償してよ。これ結構するんだから」
普通の服よりいくらか頑丈に作られていて、いたるところにカードを隠せる特注品。それでいて動きやすさを阻害しないような特注品がもう修復不可能なほど壊れてしまっている。
あとついで右手がとても痛い。正直泣きそうだけどこれ自爆したときの怪我だから誰にも文句言えないのよね。ココさんの動きを真似た所為で筋肉痛は確定だし、グリーディアの力を使った所為で魔力操作に変な癖がついてないか心配。はっきり言ってノアよりずっと深刻な状態。
それでも、虚勢を張るためにノアに請求するのは衣装についてのみ。
「最大企業の社長さんが一庶民になんてこと言うの。というか私の服だって土まみれだしお相子でしょ。むしろ私にこそ服代を支払うべき」
ノアと軽口を叩き合えることがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
いや、これを手に入れるために頑張ってたんだからちゃんと分かってたのかな。ついでに魔王なんてものを引き受けちゃうとは思ってもみなかったけど、そっちだってちゃんとノアに手伝ってもらえることになったし、私達はちゃんとこれからも一緒にいれる。
「ねぇクリスちゃん。泡沫の夢って結局なんのために作ったの? まさか本当に世界征服な訳じゃないよね」
「あー、うん。ノアにだけは秘密」
「え、ずるい。教えてくれたっていいじゃん」
教えられるわけがない。
泡沫の夢はただ、ノアが魔法を使えないことに悩んでいるのを解消するためだけに作っただなんて。
世界に概念を一つ足した理由としてはちょっと小さすぎるかもしれないけど、グリーディアだって似たような理由で魔法を作ったんだ。その点で言えば私は立派な後輩と言える。
「最初の想いはホントそれだけだったのに、ノアが強過ぎた所為でいろんなもの背負う羽目になっちゃったなぁ」
「だからそれはなんなの!」
「いつか教える日が来るよ。百年くらい経ってからね」
この関係が薄氷の上に成り立っていることなんて分かってる。
でも私が折れない限り、ずっとずっと続いていくんだ。隣に座る少女に畏怖を抱きながら、私はきっとこれからも一緒にいる方法を考え続けることができる。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
以下あとがき的なのやりたい作者の自問自答です。
Q.魔王要素弱くね?
A.今空位なんだよ。これでも頑張ったんだよ。
Q.勇者要素弱くね?
A.同上。魔王が空位な以上勇者は現れないよ。
Q.百合要素弱くね?
A.作者の趣味。お互い知らない内に依存し合ってほしい。それを表現しきれていないなら作者の力量不足です。
Q.カードゲーム要素弱くね?
A.カードゲームって相手がいないとできない致命的な欠陥があるんだ。あとは訊くな。