魔法少女は想いを伝えるために友情パワーをぶつけ合うものだって管理局の人が言ってた
ごめんなさい。今回長いです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人には、忘れたい思い出がいくつもあると思う。
「[獣人の掟]。場にいるのはココ姉含めて≪猫≫のみだね。にゃー」
「はいはい、場の獣人全員の≪攻/守≫が≪+2≫ね」
ごそごそとカバンから何かを探して……ってまさかこのためだけに用意したのだろうか。
ノアの手には猫獣人の耳を模した装飾品、いわゆるネコミミが握られている。赤毛のネコミミを頭のてっぺんに持っていき、ゆっくりと装着する。
そして両手をこちらに向け、指を丸めてその手を上下に動かす。にゃんにゃん。
「ほらクリスちゃん、にゃー」
「珍しく勇者でもセレナさんのでもないデッキを使うと思ったら、えぇ、なに学校にそんな物持ってきているのよ」
「この前教会に行ったときにココ姉と孤児院の子たちが露店やるっていうから手伝ったの。これお礼だって。一番人気のココ姉とお揃いの色だよ。似合う?」
「微妙。ノアの髪ってかなり黒いから、ココさんみたいに明るい茶色系統の耳は似合いづらいね」
「えへへ。ママにも同じこと言われた」
ノアは何が楽しいのか、にこにこと笑みを崩さない。
勇者パーティの中に、赤毛の耳と同色の髪を持つ獣人がいた。
名前はココ。
魔王討伐が行われた当時、十四歳という私たちと同じ年齢でありながら、勇者パーティで最強とまで言われた少女だ。
一対一に限っての話だけど、なんとあの勇者リオンより強かったらしい。
今は教会に付属している孤児院で暮らしている。
[誇り高き猫人 ココ]もその史実をもとに作られた。
タイマン性能はレベル5の[勇者 リオン]に全く引けを取らない。
勇者リオンのデッキにセレナさん関連の厚いサポートがあるように、ココさんのデッキは教会系列のカードとシナジーが強い。
「ねぇもうターン貰っていい? それとも[小さな村の桜吹雪]とか[遺跡の調査依頼]とか使う?」
「あぁごめん。[桜吹雪]の方使う。対象はココ姉ね。ターンどうぞ」
ようやく引けた手札の[誇り高き猫人 ココ]をどうするか迷う。ココさんのミラーマッチは先に[ココ]を出した方が有利。ただでさえ先手を取られているのにこれ以上強化されたら追いつけなくなる。
でも、今ここでこのカードを出したらどうなることやら。とはいえ選択肢はないか。
「じゃあ私も[誇り高き猫人 ココ]参戦」
スッ
「……」
私の分であろうネコミミを手渡された。これ番外戦術じゃない?
私の動揺誘おうとしている戦略なんだよね。
「[瞑想]と[神託]発動」
――。
ノアがネコミミ付けてと煩い(無音)。
あぁもう。分かりました。着けます。これでいいんでしょ。
髪の色と合わせて白い耳を装着。ちょっと着けてはみたかったけど、この姿でカードゲームをする羽目になるとは思わなかった。
「うんうん。やっぱり可愛いよ」
「やめて。何も言わないで」
とはいえ、この時の私はまさかネコミミ姿で戦う運命が待ち構えているとは思ってもみなかった。
いいもん。ココさんって素敵でカッコいいもん。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「久しぶり」
「うん、ひさしぶり」
ノアにあったら伝えたいことがいっぱいあった。
でも、いざ対面しても言葉が出てこない。
正直いきなり罵られる可能性は考慮していたんだけど、お互い無言は想定外。
あの時のことを謝らなければいけないのに、口を開くことができない。
……昔はお互い無音でも居心地が悪いなんて思ったことなかった。
私は、どうやってノアの隣に立っていたのだろう。もう分からない。
気まずい沈黙を破ったのはノアの方だ。
なんとなくだけど、ノアがこの停滞をちょっとめんどくさく思ったのが伝わった。
少しだけだけど昔のノアが戻ったみたいで、こんなときなのにそれをちょっと嬉しく思ってしまう。
「ねぇクリスちゃん、この場所に呼んだってことは、もう平気ってことでいいんだよね?」
魔力を高めたノアの圧が大きくなった。
ちょうどあの時と同じくらいかな。じつは全然平気じゃない。
平気じゃないけど、退かないことくらいはできるようになった。
息苦しいほどの圧迫感を無理やり振り払って返事をする。
なんとか一歩も退かずに済んだ。この場所でヘタレる訳にはいかない。
ここはグリフォンに襲われた場で、私がノアに呪いの言葉を放った場所だ。
「どうだろ。自分ではそのつもりなんだけど、ノアの最近の武勇を聞くとあんまり。あの、ノア。あの時は……」
「クリスちゃん」
謝ろうとして、遮られてしまった。
「まどろっこしいの嫌いだから、とりあえず一戦やろうか」
「前から思ってたけど、ノアってぜったい脳筋の気があるよね!?」
正直、ノアがそうしたいなら私を打つなり罵詈雑言を浴びせるなり好きにすればいい。抵抗する気なんてない。
ノアが何を望んでいるかが分からない。
「[蜃気楼の雁字搦め]」
「あぶな、って躱せないの!? ますますインチキくさ……。あ、デコイには素直に引っかかるんだ。変なの」
捕まったわりにすぐに抜け出された。
なんか精霊魔法って不思議な感じ。私の魔法とは違うルールで動いているだけある。
「[夕凪に佇む墓守]」
「なんだっけそれ? スターターによく入ってるけど使わないヤツ!」
「[雪月花・翠]」
「紅と蒼しか使ったことないって!」
まぁ便利だけどあと一歩足りない、みたいなカードはたくさんある。ドローソースやダメージソースなどの系統を覚えてはいても、正確な効果を知っているのはせいぜい八割ほど。
どれだけ覚えていようが百パーセントにはならない。
特にノアの場合、使うデッキはリオンとセレナに偏っていたからひょっとしたら記憶しているカードはもっと少ないかもしれない。
……口では紅と蒼って言うけど雪月花の読みは紅と蒼だからね。ちゃんとしってるよね? ね?
「[月を臨む天翼]」
「先月発売されたばかりの奴じゃん。もう!?」
!
驚いた。
ノアが驚いた事に驚いた。
ひょっとして、ノアはもう泡沫の夢のことを知っている?
幻はノアが作り出した土人形を拘束し、足を止めるはずの夕闇は強引に空間を裂かれた。
空を裂く一陣の風は一飛びに躱された上に反撃された。
夕闇を切り裂いた剣とは別に四本の剣が生成され猛スピードでこちらに向かってきたのを飛翔の魔術……では間に合わなかったのでカードで翼を顕現させ、はためかせて上に逃げる。本当は翼を動かさなくても飛べるんだけど、ノアをちょっとでも惑わせることができるならそれでよし。
「ノア、その剣ってまさかだけど」
「そうだよ、本物のオラシオン。ママがこっそり持ってたんだって。普段は私の中にしまえるから超便利だよ」
失われた伝説の聖剣を便利って評価するのはどうかと思うよ。
光を纏い、概念を切るなんともインチキくさい武器だ。
せめて物質としての法則くらい守ってほしい。
「制空権は渡さないよ。中距離戦に付き合う気もない」
ノアも魔力で羽をかたどり、剣を振りかぶりながら向かって来る。
蝶々を模したものだから、羽じゃなくて翅かな。
「なにそれ可愛い」
「可愛いのクリスちゃんの方だからね」
私のは大梟を模した翼。確かに力強さはあるけど、ノアの光でできた透き通るような翅の神秘性にはかなわない。
色は、透明? 透明って色じゃないよね? 何色って表現すればいいんだろう。
強いて言えば赤……かな?
全体的には透明なんだけど、輪郭の際立ったところは鮮やかな真紅が多く、他は虹色だ。
って見惚れてる場合じゃない。
ノアが飛べるなら空中戦は分が悪い。翼を解いて自由落下に身を任せる。
「およ? 空中戦しないの?」
泡沫の夢をもってして、ノアに押されている。
自分と同格以上の相手と戦う経験が足りない。ノア、この一年どれだけ闘ってきたのよ。
別に使わないで済むと思ってなんかいない。
使うリスクが大きな訳じゃない。それでも、この全能感に慣れてはいけない。
「[誇り高き猫人 ココ]」
≪英傑≫のカードを使う。
落ちながら、飛んでくる剣を手の甲で弾いて難なく着地。もちろん素の私にできることじゃない。
徒手空拳に秀でたココさんを纏う。
ココさんは中ー遠距離の攻撃の手段を持っていない。本人にも確認済みだ。それでも、勇者パーティで最強といえばココさんだ。
普段は孤児院を経営している優しいお姉さん。だけど一度牙を剥けばあの精霊勇者リオンでも手がつけられなかったとされている。
いいよノア。接近戦が望みならそれでやろう。
私も、あの時とは違う。
「[幻惑の杜]」
とはいえ飛んでる敵相手に平地は不味い。
ココさんが負けるとは思えないけど、私は普通に負ける。
だから、あの時、グリフォンの時も使ったカードでこの辺り一帯を森に変えた。
これで機動力を五分に持ち込む。
「へぇ、本当にココ姉と戦っているみたい、だよ!」
オラシオンを振り回すノアの剣を躱して拳を打ち込む。
もちろんココさんさながらの掌底は、たかだか一五の少女のガードを容易く砕く……はずが、数メートル後ろに吹き飛ばしたくらいでダメージを与えた様子もない。
空中で翅を広げて木々にぶつかる寸前で止まり、こちらに向かってくるのを確認して迎撃態勢をとる。
「ノア、普通の魔法も使えるんだね」
魔力を腕に収束しいなす。その技術は精霊じゃない。拙くていいならココさんのカードを使わなくたってできる。
ノアの魔法を使えなかった姿をずっと見てきた私としては少し感慨深い。
それはそれとして、精霊魔法と普通の魔法を使い分けるノアが厄介なことこの上ないわね。
攻撃はともかく防御と回避は体がほとんど勝手に動くのに任せて凌いでいるだけ。やっぱり≪英傑≫のカードは格が違う。
「お陰様でね。てっきりママのカード使うと持ってたよ。クリスちゃん魔法得意だったわけだし」
「セレナさんのカードは危険すぎるから泡沫の夢にできないのよ」
その点ココさん纏っても、無茶な動きを真似た体が悲鳴を上げて次の日から三日くらい筋肉痛になるだけで済む。
……そろそろ一日くらいで治まってくれないかな。
「[猫パンチ]」
「猫パンチってこんなものだったっけ。私の知ってる奴と違うんだけど」
不用意に近付いて来たノアにカードを向ける。
カードから半透明の肉球――ノアの顔より大きい――が飛び出した。
ノアはその猫パンチを腕を交差させて受け、ピンと伸ばした背中の翅や地面を削る両足、まさに全身で踏ん張っている。ところへ突っ込んで一つだけフェイントを入れて掌打を放つ。
体勢崩してたし入ったと思ったんだけど、空中に逃げられてしまった。
そのままふわっと私を中心に円運動で頭上を抜けられた。
振り向きざまに蹴りを入れてみるけど当たらない。なんでそんなフワフワと私の攻撃を躱せるのか、理屈はなんとなく解るんだけど納得がいかない。
なんというか、[ココ]さんのカードは強いんだけど、私はそれを使い熟せてはいない。
分かっていても一朝一夕ではどうにもならない。
なので、裏技的な感じだけど試しにもう一段深く……
――ヒュッ――
鼻先をオラシオンが掠めた。
そう理解したのは、私の身体が半歩身を退いた後だった。
さっきまでは直感という形で[ココ]さんが力を貸してくれて、その選択肢のうちの一つを私が選びながら戦っていた。ノアの攻撃パターンがいくつか未来予知のように解って、その精度は見事という他なかった。
でも今回のは、避けるまで気づけなかった。
「緩急がえげつないよ」
つい弱音を吐いてしまう。
私の力はノアに及ばないなんて、そんなこととっくの昔に分かってた。
それでも、
「まだまだ!」
私はノアと違って突然覚醒したりなんてしない。
いや、本来の力を封印されていたあの時ならいざ知らず、今のノアもそんな突然パワーアップなんてできない。
……はずだ。
でもノアって、あの勇者リオンの血をひいてるのよね。
長期戦になればなるほど不利な気がしてきた。
木々を利用して斬撃を凌ぐ。
樹木ってこんなスパスパ切れるものだったかな。
一本や二本ならともかく数十回もそんなことをくり返したら普通剣がダメになるはずだけど、物質という縛りに依存しなくて済むオラシオンならではの荒業。
もちろんノア本人の技量も侮れない。
ホントについ二年前は無名だったのか、いや無名どころか悪名が蔓延ってたのが不思議でしょうがない。
根元から切られた樹が倒れる前にノアの方にそれを蹴り飛ばす。
どれだけノアが凄かろうと、ノア自身は小柄な女の子。
質量の暴力には抗えない。
ノア以上の力技が、この姿なら可能だ。
反動で大きく距離をとって、牽制で飛んでくる氷弾を拳で弾く。
足元から火柱が上がるからそのタイミングでノアの方に突っ込む。
ノアの方も樹を飛び越えて近づいてくる。
斬撃を拳で受けることができる[ココ]さんなら、剣を持ったノアと互角以上に打ち合えるんだ。
ノアは私の拳を警戒している。
ノアは私のカードを警戒している。
当然だと思う。
だけど、一つだけノアが警戒していない武器がもう一つ。
私の魔法をノアは警戒していないはずだ。
だって、私の魔法は所詮は一般人の上位クラス。
超人同士の打ち合いに出せるようなレベルじゃない。
悲しいことにグリーディア――始まりの魔王のお墨付きだ。
魔法を作り上げた張本人であるグリーディアに魔法のコツを聞いてみたことがある。
「え、魔法のコツ? セレナから聞いた以上のことは何もないよ。魔力弾が初歩にして奧技。魔物との相性で属性付与したり魔力弾を中てるために飛翔魔術を使ったりはするけどね。キミのレベルは、……まぁひどくはないよ。セレナに師事されたことを加味すれば物足りないとはいえ、それでもそこまで努力したなら大抵の人相手よりは確かに上だ。けど、え、それをノア嬢に放つ気? まぁ牽制くらいには……ダメだ。悪いけど僕では使い道を示すことはできなさそうだ。たぶん通用しないよ。それでもやってみたいなら止めはしないけど、一つだけ手を貸そう。念のため言っとくけど、キミのエースもジョーカーも泡沫の夢だ。それを踏まえた上で、これしか……いや、これすら手はないよ」
[ココ]さんの魔力を隠れ蓑に、拳に魔力を貯め続ける。
最低でもノアの防御を打ち崩せるくらいの威力が必要なんだ。
ノアが一歩下がったタイミングで一歩踏み込んで拳を打ち込む。ノアはこの拳にのった魔力が肉弾戦でのみ使うものだと信じてる。
そう、信じさせるために接近戦特化の[ココ]さんのカードを使ったんだ。
ノアからすれば私自身の力は大したことない。
それでも私の力で勝ちたい。
私の力だって、ノアに通用することを証明したい。
あの時ノアを拒絶した理由が私の弱さにあるなら、乗り越えたい。
今まで一歩引いてたところで一歩踏み込む。文字通り間一髪で躱していた攻撃がかするようになり、今まで躱されていた攻撃をガードの選択肢に追い込む。
序盤戦より少しだけ捨て身戦法をとった理由はノアを惑わせるためだ。混乱が剣に現れた一瞬の、隙とも言えない隙を必死に作り出す。
ノアのオラシオンを蹴飛ばし、その小さな手から吹っ飛ばすことに成功。
こうなるとノアは体勢を立て成すために距離をとるしかない。
翅を使って滑るように身を退いたノアに攻撃するには、こちらも距離を詰める必要がある、とノアは考えるはずだ。
だから、その意識の隙をついて、無警戒のはずの私の魔法を
――ちゃんと警戒してるよ、クリスちゃんの魔法。
刹那、ノアと目が合った。
私の考えが見抜かれていることを悟った。
「[聖剣:オラシオン]」
私が放った魔力弾は、ノアが持つもう一つの[オラシオン]によって阻まれた。
無手になった次の瞬間にはもう剣を構えている。
しかも、ノアが手に持っている'あらゆる魔を切り裂く力を持つ'剣は、私の魔力弾をものともしない。
「クリスちゃんの泡沫の夢、実は一番すごい点って私でも使えることだよね」
加速した思考の中、確かにノアの声を聞いた。
だけど言葉を返す余裕なんてない。
引き延ばされたこの瞬間、私が行なったことは限りなく精度の高い未来予測。
[オラシオン]を振り上げた腕が振り下ろされる前に肉薄し、下がりながら来る蹴りを回避。
あと二回こっちの番、それが終わるとノアの攻撃。この攻撃で、私は左腕を切り飛ばされる。
でも、カウンター気味に抜き手を放ってノアの喉を潰せる。
そのままの勢いで膝を顔に叩き込んで私の勝ちだ。
切り札勝負は、私の方が上だった。私自身の魔力弾、私は効かない前提で動けるようにしていた。ノアはこれを一つの決め手として対処してしまった。その差だ。
ノアもきっとそれは伝わって、今必死に打開策を考えているようだけど思いつかないようで
だから私は――
全力で背後に跳ぶ。
そして戦闘中にも拘わらず膝をつき、右手をつき、左手をつき、今幻視した光景を振り払うように頭を振る。
「――っ、……。――っ」
それでもこらえきれずに吐いた。
あのまま続けてたら、ノアも私も大怪我をしてた。
[ココ]さんのカードを解く。解くというか維持自体がもうできなかった。
っ私は、ノアに大怪我をさせるところだった。
いくら回復系のカードを揃えてるからと言って、そんなこと絶対にしたくない。
手札は私の方が強かったとしても、プレイヤーとしては私の負けなんだろう。
地面に見覚えのある黒い花が見える。
黒ユリの花言葉は呪い。
この呪いを打ち払うために、ずっと努力してきた。
通用しなかったなぁ。
「ねぇクリスちゃん」
いつの間にか私の周りを十二本の剣が浮遊している。
ノアが序盤から使ってる、剣を生成してそれを操るものだ。
ノアの意識一つで、あれが一斉に向かってくるんだ。いったいどういう原理なのか、精霊魔法には不可解なことが多い。
さっきまであれと互角に撃ち合ってたらしいですよ、私。
「クリスちゃん、魔族と通じてるよね」
なんかノアが戦おうって言った理由が分かった気がする。
脳筋なんて言ってごめん。
そりゃあ、ノアからすれば自分の父親を殺した相手だ。
グリーディアと手を組むってことをもっとしっかり考えておくんだった。
「あのグリーディアって娘、魔族だよね」
「うーん、うん? まぁ、うん」
口の中が酸っぱい。
グリーディアって魔族かな。
まぁ本人曰く魔族を作り上げた張本人である訳だし、魔族……だよね。
でも本人はもう死んで亡霊になってる訳だし、今は残留思念のようなもので。
うん?
駄目だ。思考がまとまらない。
「クリスちゃんは、人類を裏切ったの?」
そんな訳ないよ。
私もグリーディアも、人類を裏切ったことなんてない。
時を経るごとに魔王の意味は変わっていった。
グリーディアが最初に描いた夢は、私がグリーディアから引き継いだ夢は人類の破滅じゃない。
「ふふ、ノア。ソラノリュード拠点にしてたわりにグリーディアのこと知らないんだ」
「……」
ノアの目が細められる。
なんだか周りの剣が数ミリ私に近づいた気がする。
「ねぇ、ノア。ここからでも私に勝ちの目があるって言ったらどうする?」
ノアはこちらに[オラシオン]を突きつけ、他にも何本もの生成した剣で取り囲んでいる。
明らかな詰み状態のうえに、見るからに弱ったココロ。
それでも、私はあの時にはできなかったことができるようになった。
ノアは何も言わず、でも浮遊した剣はこちらに向かってきた。
その剣が私の腕に、肩に、背中に、腿に、切っ先が当たったのを感じた。
ご丁寧に私が躱すだろうルートも封鎖していた。今の私にこの剣を躱す術なんかないというのに。
剣が当たるまで全然気づかなかったな。
グリーディアの言う通り、私じゃ逆立ちしたってノアに敵わないんだろう。
「ノア、それでも私は呪いを克服することにしたよ」
ノアの剣は私の衣服を裂き、されど皮膚に届こうとも肉を貫くことはない。
ドロー効果でひいたカードは、わざわざ掲げる必要なんてないんだ。ノアに疑問を持たせないように少しずつドロー系のカードを織り交ぜた甲斐があった。
――――――
[チョコレートリリーの夢]
カード種:イベント
このカードは自分のターンの開始時に使う。
手札から[黒ユリの花弁]を一枚捨てる。
次の自分のターンの開始時まで、相手と自分はキャラを動かすことができず、また、ダメージを与えることもできない。
'黒ユリが呪物として間違った使われ方をされたのは最近のこと
本来の使い方は、もっと優しいものだ'
――――――
[黒ユリの花弁]をコストに発動する、最強の停滞カード。
【マジック・ブレイブ】初のプレイヤーを対象としたカードだ
そして、つい昨日まで存在しなかったカードだ。
黒ユリというと呪物のイメージが強いから、名前をチョコレートリリーと可愛らしく変えさせてもらったけど、両者は同じもの。このイメージを変えないことには、私は前に進めない。
「実は今日発売の伝記があってね。その特典カードが二枚あるのよ」
カードを一枚、ノアの方に投げて渡す。
ノアが知らないカードが、泡沫の夢として十全な効果を発揮する。
その事実に驚けるだけの知識はもう持っているんだ。
「嘘、そんなはずない!?」
ノアが驚いてるのはきっと、あの時からずっと持っている[聖剣:オラシオン]のカードを調べていたからだろう。
何枚か回収できなかったカードの所在、ようやく確定した。
「ノアが不思議に思ってるのは、カードが現実に及ぼせるほどの名声を得る時間が足りないと考えているから?」
泡沫の夢の秘密は大したことない。
このカードはこうあるべきという、世界中の人々の共有概念とでもいうべき意識の集合体を利用して現象を引き起こしている。
だからたまに、本物よりも強かったりする。本物ではありえないことを起こせるようになったりする。もちろんその逆も然り、というか本物より弱いカードの方が多い。
【マジック・ブレイブ】を私のものだと信じるために、名義だけ、運営にはほとんど関わらないという条件で社長の座を継いだ。
例外はこの二枚の特典カードだけだ。後は名声さえあればいい。
主な目的は、さっきノアに指摘された弱点を克服するため。
あの時作っていたカードは間に合わなかったけど、もう乱用されないためのロックの機構を編み込んである。所在が分からなくなったカードは、やっぱりノアの手にあった。ちょっと安心。
「そうだよ。だって世の中に広まらないと、真価を発揮できないのが泡沫の夢のルールなんだよね。解析間違ってなんかないよね」
「裏技みたいなものだよ。別に人間だけじゃなくてもいいんだ」
「……魔族ってこと?」
ノアの殺気は軽減されない所為で碌に動けやしない。
生身の私じゃ、[チョコレートリリーの祝福]があったところで意識を失うのも時間の問題。
1ターン経って効果がきれるのが先か、私がノアに気圧されて気絶するのが先か。
止まらない冷や汗を抑え込めるはずもなく、それでもこの1枚を取り出すことに全霊を傾けさえすれば腕一本を動かすくらいなんとか……
「あっ」
手の震えを止めることができなかった。
カードが手から離れて地面に落ちる。
運悪くノアの足元、当然のように踏みつけられ……ない。
「っ!?」
ノアが躊躇った一瞬で、倒れこむようにして落ちたカードに手を伸ばす。ノアも立派なカードゲーマー。なら、カードを踏みつけるなんてできっこない。
どれだけカッコ悪くても指一本、触れさえすればいい。
既に地面を舐めるような低い姿勢だったことが功をなした。
「[初まりの魔王 グリーディア]!」
伝記の主人公の名を叫ぶ。
魔王というのは、魔法を一番うまく扱えることの証明。
この世界は、ただの人にはつら過ぎる。
グリフォンみたいな危険な敵性生命がたくさんいる。そんな世界で、人が人らしく生きるためにグリーディアは魔法という新しい概念を生み出した。つまり、彼女は世界で最初の魔法使いだ。
[グリーディア]は≪魔王≫。【マジック・ブレイブ】では≪英傑≫である[ココ]さんのカードと同じデッキには入れられないルールだ。
そのルールで何が起きるというと、今までこの場を支配していた[幻惑の杜]の消失。
使っているデッキを変えた、というのを現実に反映したのが今の現象。
急に視界が変わるとびっくりするよね。
ノアの足元に倒れている状態から、飛翔の魔法を纏う。
自分で使うよりずっとやり易い。
今まで魔法の使い方を間違っていたんじゃないかと錯覚するような高揚を感じる。
これなら、突破できる。
風を纏い、ただ前に進んでそのまま空へ。
体を反転させてノアに向き直る。
「私が勝ったら、ノアに全てを教える。聞いてもらう。私は次の魔王になる。だから、全力で私を討ってみなよ。勇者の娘!!」
一度膝をついて、地に伏した後の台詞じゃないことなんて承知の上だ。
まだ負けてない。
意志が挫けようと、心が砕けようと、ノアのそばにいるんだ。
「クリスちゃんって、たまに私以上に脳筋だよね!!」
根に持ってたか……。
ここで負けても、ノアは優しいからひょっとしたら一緒に入れるかもしれない。
でもきっと、もう二度とノアに頼られる事はない。
「だって、ここで終わるようならノアは一生私のこと下にみるでしょ! もう嫌なの! 自分の弱さが誰かを傷つけるの!!」
私はノアの隣にいたいだけで、後ろにいたい訳じゃない!
「私的にはもう負けた気分なんだけど。まぁいいや、私が勝ったら、うーん。どうしよ。あ、このカードもらうね。実はもう何度も命救われてて、パパが使ってた方と同じく相棒と思ってるんだ」
[聖剣:オラシオン]がノアのもう一つの相棒。
それが事実なら、誰がなんと言おうと泡沫の夢は間違っていなかったんだと自信を持って言える。
「第二形態とか魔王にでもなったつもり? 人には向き不向きがあると思うよ!!」
ノアの魔力が高まり、背中の翅がふたまわりほど大きくなる。
私の意を察して、もう一度全力を出してくれるみたい。
[ココ]さんではなんとなくでしか感じ取れなかった精霊を、[グリーディア]の目は少し見ることができる。視覚でとらえることができる。
流石に何の精霊かは分からないけど、精霊を宿した[オラシオン]を構えて翅をおおきく広げてこっちへ飛んできた。
精霊は、この世界が作られた時に外側から混ざったもの。らしい。
グリーディアの時代ではまだ世界に馴染んでなかったため精霊使いは台頭していなかった。今まで精霊はこの世界のものじゃなかったはずなのに、勇者リオンによって世界の一部になった。
だから、これからはもっと精霊使いが生まれてくる。ノアはその先頭を走っているわけだ。
「わざわざ的を大きくしてくれてありがとう、ね!」
とりあえずノアの翅を魔力弾で狙ってみる。
右から八、左から二、正面に十七。自分が作ったとは信じられない数と密度になったけど、これ、まだまだいける。
なんだかズルをして強くなった気分。
紛うことなきズルなんだけど、ノアも反則みたいなもんだし何よりこのくらいしないと背中も見れやしない。
……私の力は通用しないんだから。
「わゎ、わ! こなくそー!」
二本が命中。そのまま翅を貫通して、精霊の力が大きく削がれたのが分かった。
華麗な空中機動だけど、その大きく膨らんだ翅じゃあ全てを躱しきるなんてできなかったみたいだね。
「[天魔杖アルカナ]」
本物のアルカナはセレナさんが使う魔法使い最高峰の魔法長杖。
そして、原典越えをしている数少ない泡沫の夢の一つだ。
さっきまでの倍以上の質と量の魔力弾を生成、速度だって増して弾幕を張る。
さらに四本の閃光がノアの翅を穿つ。
翅から感じる力は、最大だった飛び立つ瞬間の半分もない。だけど、その手に持っている剣が纏う力はむしろ増している。
相変わらず慣性を感じさせない見事な緩急で迫ってくる。
大量の魔力弾を生成しながら同時に[アルカナ]に魔力を溜める。
それを、向かってくるノアに向けて正面に構え、そして本命の一撃を撃つ直前で[アルカナ]の向きを右に変える。
直後ノアが消え……いや、意外と見える。だいぶん目が慣れてきた。
そして、私が[アルカナ]を向けた先にノアが現れる。
ビンゴ! ノアに向けて今まで溜めていた魔力をぶっ放す。
ノアが持っている泡沫の夢の[オラシオン]は魔法に対して特攻とでも言うべきカウンター性能を誇っている。
それが魔法である限り、'切り裂く'ことができる。
でも、泡沫の夢は'魔'じゃない。
グリーディアが作り上げた奇蹟の結晶である'魔法'じゃない。
泡沫の夢同士なら、たかだかフレーバーテキストに過ぎない一文なんて無視できる。
効果を及ぼすことができないからフレーバー、香り付けと呼ばれているんだ。
[グリーディア]の力で撃ち放った魔力弾を、ノアが[オラシオン]を使って受け止める。
切り裂けない魔力弾を、それでも弾こうとして……
違う
[オラシオン]を残してノアが今度こそ消える。
そういえばいくつかの泡沫の夢を躱すときに変わり身使ってたね。
一瞬だけ意識を逸らした正面。
精霊の大部分と泡沫の夢の[オラシオン]を使って作られた囮。見事に引っかかってしまった。
さっきまでノアがいて、私の右側に回り込む直前までノアがいた場所。その奥。
ノアはオラシオン(本物の方)を握り、こっちへ迫ってくる。
駄目もう躱せない。受ける? それこそ無理だ。カードをきる時間、ない。そもそもこんなに近づかれたら私にできる選択肢なんてない。
迎撃? が一番可能性ありそうだけどたぶん間に合わない。せめてもう少し早く気付いていれば……。
グリーディアならなんとかできるかもしれないけど[グリーディア]の力を借りているだけの私じゃ、そんな速度でノアを迎撃できるほどの威力の魔力弾を生成したら制御しきれず暴走する。
暴走?
それだ!
幸い私の真横には、今撃ったばかりの魔力弾がある。
この魔力弾の指向性をぐっちゃぐちゃにして、集束のための制御をやめる。
――カッ――
魔力が迸って爆ぜる前兆があって、でもそれを感じた時にはもう私は爆発に巻き込まれていた。
「あ、ぐぇっ。うぅ……」
吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
なんか右手から嫌な音がした。遅れて痛みが走る。
でも、気を取られている場合じゃない。
ノアは?
直撃した私よりマシなはずだけど
「自爆って、ほとんど反則じゃない?」
無傷かぁ。
まぁ大怪我されるよりずっといい。
どうやったのか知らないけど、泡沫の夢の[オラシオン]も回収したみたいで二刀として構えている。
どっちかちょっと短くなってるのはその方が扱いやすいからかな。大きさ変わるとか便利過ぎる。
空中にとどまっているノアは、ずいぶん不満気な表情をしている。
背中でゆっくりと羽ばたいている綺麗な翅は、最初のころの大きさに戻っている。あの巨大な翅は、単なる目くらましにすぎなかったらしい。
「次、それやったら私もう降参するからね」
……。
流石ノア。私が一番嫌な言葉を心得ている。
事実上の決別を宣言された以上、同じ手を使う訳にはいかない。一発アウトじゃないだけマシだったかな。
「もう勝った気でいるの?」
「自分でも分かってるはずだよ。勝ち負けは分からないけど、クリスちゃんじゃこの世界はつら過ぎるんだよ」
「知らない!! 降参なんて赦さないからね。私が勝つ」
魔力を熾しなおす。
精一杯強がる。まだ、強がることができる。
言ってることがめちゃくちゃなのは分かってる。
でも、ノアを上回る力をもってしてさえ敵わないなんて信じたくない。
それを認めるのが悔しくてたまらないから、今まで頑張って来たんだ。
「[パラライズネット]」
私を見下ろすノアが、再び泡沫の夢を使う。なす術もなく動きを止められてしまった。
今まで私を支えてくれていた泡沫の夢が、今度は私に牙を剥く。
「これで終わりにしてあげるよ、クリスちゃん」
「動きを止めたくらいでいい気にならないで。抜ける手段なんていくらでもあるんだから」
とはいえ右手が使えない以上、左手で泡沫の夢を使うにはその隙が致命的なものになる。それを見逃すようなノアじゃない。
無数の剣が生成され、それが砲身のように展開される。照準は私だ。
魔力が渦巻き、集束し、強大なためを作る。
[グリーディア]を纏っていないと直視することができないほどの威圧感。
負けるわけにはいかない。左手をノアに向ける。[アルカナ]は吹っ飛んでしまったけど関係ない。この区画にあるなら、まだ私に≪装備≫されている。魔力強化の恩恵を得ることができる。使い慣れてはないから多用するとすぐボロが出るけど一発だけならなんとかなる。
右手が使えなくなった。
問題ない。もともと私はセレナさんによって両利きに矯正されている。
玉砕覚悟の特攻が封じられた。
問題ない。自分で言ったからにはノアにだってさせたりはしない。
「剣舞:模倣 罪火龍閃」
「原初の光、疾く在れ」
私達の魔法が、空中でぶつかった。
次回
3日 21:00
3が日中に終わらせるために投稿が24時じゃありません。