ファンタジー生態系頂点の代名詞のような存在を一方的に倒す展開は賛否が分かれるものだと思う
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パパの武勇伝を聞いて、龍と会う日を夢みたこともあった。
「よおし完成! [ファイアボール]、元の威力3、ママの魔力18、距離拡大でマイナス4、これがこのターン1回目の魔法だからプラス2、クリスちゃんの[火彩龍ワーロット]は魔法耐性持ってるからマイナス10、ママは≪全属性強化≫持ってるからプラス5、装備してる[天魔杖アルカナ]でプラス5、拠点アドで二倍。えっと? 38点ダメージか。妖怪いちたりない」
「絶対におかしい。メタカードが機能してない」
「≪街≫にまだ[天空城 ソラノリュード]ないしいけると思ったんだけどなぁ」
「ちゃんと上限まで入れて、サーチ手段も豊富なのにどうして来てくれないのよ」
クリスちゃんが頭を抱えているけど、そんな事は知らない。
そもそもママがドラゴンに負ける訳ないんだから、龍デッキじゃよほどこっちが事故らない限りどうとでもなる。
「[見習い呪術師]、参戦時効果で≪呪術≫属性のカードをデッキからサーチ、[吸魂]、体力2以下のキャラを退場させて1ドロー」
「どうして熟練より見習いの方が強いのか。あ、こっちの[ワイバーン]とかオススメ」
「じゃあそっちで」
もう勝ちパターン見えてるし、相手の場面を一掃する必要があるからどちらにせよ[ワイバーン]も退場させないといけない。
「あ、2枚目の[ファイアボール]来た。でもこれ手札コストにして[ダブルエッジ]。[火彩龍ワーロット]と[エルダードラゴニュート]を退場」
「セレナさん強過ぎ、龍パーツもっと増やすべき」
「流石のママも下級魔法二発でドラゴン倒すなんて無理だもんね。でもこれ現実じゃなくてゲームだから関係ない。[魔力収束]使ってターン加速。[駆け出し魔法騎士]を[転移]。クリスちゃんの拠点に辿り着いて私の勝ちー!!」
完全勝利!
相性いいとはいえ、ここまで綺麗に勝てるのは珍しい。
「ソラノリュード、どこにあるのよ!?」
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クリスちゃん、ソラノリュードの入り口はパパとママの生まれ故郷、マシロ村にあったよ。
私は今、パパとママの生まれ故郷――その跡地にきている。
マシロ村は魔王の侵攻によって滅ぼされた村の一つだ。
詳しい場所は秘密。クリスちゃんすら知らない情報だ。
勇者の生まれた地として有名になってしまったけど、ここの荘厳な雰囲気が失われることは避けなければならない。
唯一の生き残りであるママは、龍が暮らす天空の城――ソラノリュードの入り口を秘匿するために生まれ故郷の復興を諦めた。
ここに来たひとつめの目的は、お父さんの墓参りだ。ママの方はちょくちょく来ていたみたいだけど、私はこれが初めての里帰り。
跡地のさらに外れにある、言われないと分からないような墓石に手を合わせる。
死者は生き返らない。
それでも、こうして生者が死者を弔うことは必要な儀式だと思う。
……。
…………。
「ノアちゃーん。こっちこっち」
ママに連れられてさらに奥へ。
私の力がいきなり大きくなった所為で、それを制御しきれずにいるのは自分でも分かっている。
……というか、強制的に分からされた。
まぁ、そういう訳でなんとか自分の力を制御できないともう碌に街で暮らせない。
これからソラノリュードに行くのは、制御の術を身に着けるためだ。それに龍の都であるソラノリュードなら多少、いや、全力を出したところで誰かを怯えさせる心配はない。
「じゃじゃーん。こちら失われた聖剣、オラシオンになります」
ママがとんでもないことを言いだした。
え、オラシオンって現存してたの!?
パパと魔王が相打ちになった時に砕けたって話じゃなかった?
「これ実はソラノリュードへ行くための鍵なのよ」
私とは対称的に高い身長で、剣を携えたママがちょっとカッコいい。
憧れでもあるママの血を引く私にも、ママみたくカッコよくなれる素養があるはずだ。
むしろもうなっているのでは?
同じ黒髪だし、顔だちも似ているとよく言われる。髪型とかも合わせているからもうカッコよさを手に入れたと言っても過言ではない。
「ふふ、ノアちゃん今日も可愛い」
まぁ分かってたよ。
なんだ、身長が低いのが悪いのか。
クリスちゃんも背が高いし、カッコよさには高身長が不可欠なのか!?
……クリスちゃん、元気かな。
怪我自体は大したことなかったはずだけど、私の殺気に中てられて平気だろうか。でもそっちは平気かな。クリスちゃんは触れれば壊れそうな繊細そうな見た目と裏腹に、結構強かなところがある。
一種の錯乱状態だったことは分かっているし、私も高揚して興奮状態のまま話しかけてしまった落ち度はある。
寂しかった気持ちは本当だ。
受け入れて貰えず切なかった。
心が張り裂けそうになって、ママが到着するまでずっと俯いたままだった。
グリフォンの死骸のそばで放心している女の子が二人。
それも体の方はほぼ無傷(正確には私は結構な怪我を被ったけどクリスちゃんのおかげで治癒が完了した状態)だったんだから、ママにびっくりさせたと思う。
混乱したママなんて、ひょっとしたら初めて見たかもしれない。
ただ、私に失言したことはずっと引きずっていそうだ。
誰かがクリスちゃんのフォローとかしてくれただろうか。
王都にいる知り合いを一人一人思い浮かべるけど、想像が難しい。
私の知り合いは基本的にママと同じ英傑だ。英雄の娘は無能だった、と悪評が立っていたから英傑以外じゃそこまで私の交友は広くない。
事情が事情だから何が起こったか、きっとあんまり理解されない。
理解できる人は英傑か、近い資質を持つ人。そのうえで私とクリスちゃんの仲を知っているから私の肩を持ちがち。現にママがそうだった。
時間を置けばまた違うんだろうけど、今すぐクリスちゃんに味方してくれるような人に心当たりがない。
私にもその資格はないし、クリスちゃんが心配だ。
……心配する権利くらいは、まだ持ってるといいんだけど。
「ねぇママ、こっち何もなくない? ただ森が広がっているだけだよ」
「ん、もう着いたよ。ちょうどこのあたりだから感覚を研ぎ澄ませてみて」
と言われてもさっぱり分からないのでちょっとだけずるをする。
具体的に言うとパパのお墓のところにいた土精霊に正解を聞いた。
精霊に示された場所に、うん? 剣を挿せばいいのかな。
「ママ、オラシオン借りていい?」
「正解。ご褒美にこれノアちゃんにあげちゃう。もともとそのつもりだったの。パパの形見とでも思っておいて」
ママから聖剣を受け取る。
オラシオンがこの手に収まるのは、あのグリフォン相手に大立ち回りをした時以来だ。
流石に泡沫の夢とは違うなぁ。
?
「ノアちゃん、どうかした?」
「ううん、何でもない。ここだよね」
よく見たら聖剣を挿すであろう台座にオラシオンをいれる。
これパパはヒントなしで分かったのかな。それとも私みたいに精霊に力を借りたのかな。
……。
力を借りたみたいだね。
精霊が何を言っているのはまだいまいち分かり切っていないけど、なんとなくは伝わる。もしパパが生きてたら、教えてくれたのかな。ママでさえ精霊を見ることができない。おそらく、今世界で精霊を見ることができるのは私だけだ。パパも自己流で技を磨いたみたいで、それをちょっとでも教えて欲しかった。
……でもこれは考えても仕方ないこと。
聖剣が鍵となり、この場にだんだんと魔力が満ちる。
どういう仕組みか分からないけど、ほどなくして転移の魔術が形成されていく。不可視だったパスが、かろうじて見えるようになる。その魔力の通り道を辿って上を向くと遥か上空に天空の城が見えた。
「あれが、ソラノリュード」
遠くのものを見る訓練はあんまり積んでないけど、あれかなり大きくない?
王都と同じくらいの広さがある気がする。さすが、龍が暮らす都だ。
龍は基本的に人類に味方はしない。
相手にもされてないから対して敵対もしていないけど、一部の龍は人と手を取り合っている。太古と呼ばれるほど遠い過去、人類は記録すら残せていないほどの昔に一人の人間と盟約を交わしたらしい。
そのおかげで、ソラノリュードの龍たちはパパたちに味方してくれた。龍の味方がなければ、相打ちとはいえ魔王を討ち滅ぼすことは不可能だったと聞いている。
「魔力が満ちるまでもうちょっと待っててね。一時間くらいかな。転移、それも複数人運ぶためには準備に時間がかかるのよ。こうやって大掛かりな装置を用意してやっとこのくらい」
違和感。
私は何が引っかかったんだろう。
「ごめんね。精霊についてはリオンしか知らないし、私も気配をなんとなく感じる程度なの。でも、ソラノリュードならそのあたりの資料もあったはずだから、一緒に頑張ろう」
ママは王都での立場もあるのに、今は私につきっきりだ。
私の力を封印したのママだっていう話だし、それについて思うところは確かにある。
でも理由は分かっちゃうんだよなぁ。クリスちゃんですらアレなわけで、それが他の人だったらもっと悲惨なことになっちゃう。
平和な時代に、大きな力は必要なかった。
「うん。ここパパの故郷なだけあって精霊多いね。それにこっちに友好的な子ばっかりで助かってるよ」
もうすでに何体か私についてきてくれている。
得意なことをそれぞれ披露してくれているからなんというか、音は出ていないんだけどうるさい。
友好的と素直って違う意味の言葉だった。
それより時間があるなら今精霊たちが伝えたいことを理解したいな。
何かを伝えようとしているのは間違いない。
この子たちは、この村じゃなくて一緒にグリフォンと戦った子たちだ。
「ねぇママ。転移ってそんな大変なものなの? 例えば短距離でならすぐに発動できたりする? できたら不意の戦闘でも役に立ちそうだなって。例え少しの距離でも態勢を整えるくらいできたら便利そうじゃない」
「無理無理。よっぽど準備してたらひょっとしたらできるかもしれないけど、そのあと戦闘があるわけよね。そんな余力残らないわ。それに、転移使うより他の魔法使った方がよっぽど立て直せるのよ」
「じゃあさ、たとえばだけどさ、草原を一瞬で森にしたりはできる?」
「? 幻術ってこと? 幻でいいならすぐにでもできるよ」
少しグリフォンと戦ったことを思い返してみる。
あんまり幻術っぽくはなかったなかなぁ。
「その幻術って木を足場にしたりできる? 限界以上の力で折れたり、折れた後に年輪見える感じ。火や雷で焦げ付いたりもしてた」
「何かの御伽噺? リオンの戦記にはないよね。タイトルは?」
ふむ。
ふむふむ。
やっぱりかー。
「ううん、きいてみただけだよ。あとあと、私の年でグリフォン倒せる子って知ってる?」
「ココがそうだったわよ」
ココ姉はパパやママと一緒に魔王を倒すために旅をしていた獣人の少女で、今は王都の教会で孤児院を経営している。
もちろん【マジック・ブレイブ】でも≪英傑≫の強カードとして君臨している。
カードだけじゃなくて、私もクリスちゃんもココ姉に体術の稽古をつけて貰ったことがある。
精霊たちが伝えたいことがようやく分かった。
そうだ、ココ姉は私と同じようなことはできるんだ。私の力は、唯一無二じゃない。
――来ないで、バケモノ!!
自分より圧倒的に実力が上の相手にバケモノと呼ばれても、光栄なだけだ。
もちろん友達に言われて傷つかないわけないけど、重荷の半分はすでに降ろすことができた。
手にあるオラシオンを見つめる。
そういうことなんだ。
この剣がすごい剣だということは分かっちゃう。
「さっきからどうしたの?」
「ううん、何でもない」
ママには内緒にしちゃおう。
あの場で一番すごかった人を見逃して、私の親友をないがしろにした仕返しだ。
「この剣が魔王を倒した剣なんだよね。つまり世界で一番強い剣だ」
「そうだね。ママだってオラシオンを超える剣は見たことないよ」
でも、私はこの剣より素晴らしい剣を知っている。
振るったことだってある。
グリフォンと戦った時、泡沫の夢の[聖剣:オラシオン]の方が絶対に優れた性能を持っていた。
精霊たちは、きっとこれを伝えようとしてくれていたんだ。
そうだよね、私はクリスちゃんの味方をやめない。それを応援してくれているんだ。クリスちゃんは泡沫の夢はまだ未完成だと言っていたし、きっともっとすごい人物になれる。
置いて行かれてしまうのは、どっちかというと私の方なんだ。
「ねぇママ。ちょっと実験付き合って」
「! いいよいいよ。ここ壊したくないからあんまり派手なのは駄目だけどね」
私は強くなることに消極的だった。
精霊に力を借りてとりあえずパパが得意だったという技を試してみることにした。
もう一度封印してもらうことができないと知って、なのに自分の力に押しつぶされないようにさらに強さを身につけないといけないことに絶望していた。
でも、そんなことは必要なかったんだ。
クリスちゃんに追いつくためには、前例がないくらいすごいことを成し遂げた親友に追いつくためには、ただ強いだけではダメなんだ。
この力を使いこなすだけでは甘い。もっと、もっと強くあるために成長していかないといけない。
ママに魔力の奔流をぶつける。クリスちゃんを怯えさせてしまったそれを、自分の意志で行う。それを隠れ蓑に石礫を生成して、一応ママには当たらないように飛ばす。
もちろん余裕で弾かれたけど、これで終わりじゃない。
ちょっとづつ速さを上げてみたり、数を増やしてみたり、大きさを変えてみたり。
いくらか失敗してもママは何も言わない。
ママは精霊魔法を使えないからある意味当然と言えるけど、例えママは精霊魔法を使えたとしても手取り足取り教えるような方法を取らない。生死に繋がるような心得は別だけど、基本的には私達に気付かせてくれるように立ち回る。
たぶんだけど、まだクリスちゃんはこれについては来れない、はず。
それ用のカードにいくつか心当たりはあるけど、あったとしても無理だ。
でもだけど、クリスちゃんは絶対にできるようになる。
そうなったらもう、私じゃ隣に立つことすらできなくなるんじゃないかな。
ハハ、なんか、世界に私の親友を自慢して周りたい気分。
だからクリスちゃん。
すぐに追いつくからね
――そして私はクリスちゃんと出会うことなく一年以上の時が過ぎた。
一五歳になった。もう私に不安定さはない。
ここ一年世界各地で、グリフォンと同等かそれ以上の魔物を何体も倒した。
勇者の娘という称号も、今までは蔑称だったけどもう誰もそんなこと思わない。
まだママには及ばないんだけど、少しづつママにできないことだってできるようになった。ココ姉をはじめパパやママと同じパーティだった英傑の人たちに頼りにされるくらいの極致には辿り着いた。
……だけど一般人を怖がらせてしまったことも一度や二度じゃない。
そんな折り、クリスちゃんから連絡があった。
拠点にしているソラノリュードで、龍たちに大事な客人と紹介されたグリーディアという女の子が手紙を持ってきてくれた。
なんか、背後が透けているし幻にしか見えないけど、間違いなく本体だということ以外何も分からない存在。
待ってちょっと待って。クリスちゃんひょっとしてソラノリュードに伝手あったの!?
手紙が届いたことには驚いたけど、内容はあんまり驚かなかった。
一年以上前に喧嘩別れに近い別れ方をしたわりに簡素に書かれていたけど、封印が解けるまで私が在籍していた学校の卒業式の日に会おうというもの。
クリスちゃんの名声はいろんなところで耳にした。
なんでももうすぐ社長になるらしい。
億万長者だ。誇らしい気持ちと寂しい気持ち、どっちの気持ちも本当だけど、やっぱり後者の方が大きいや。
「ノア嬢。クリスはこのボクを使いっぱしりにできるほど成長したよ。もうクリスはキミに怯えるような小娘じゃない。すべては、キミを一人にさせないためだ」
「あなたが、クリスちゃんの味方をしてくれたの?」
何だろう。
それを望んでいたはずなのに、なんというか、面白くない。
グリーディア。
聞いたことない名前だね。
少なくとも【マジック・ブレイブ】の中核メンバーじゃない。
この手紙が偽物という線も考えたけど、そんなことはないと断言できる。筆跡が分からないほど、私とクリスちゃんの関係は浅くない。
「そうだとも。キミよりクリスにつく方が賢明だと判断したからね」
泡沫の夢のことは誰にも話してない。もちろんママにもだ。
カードの事象が実際に現れるという話も聞かない。
でも、きっとこの人は知っているんだ。
「それで、クリスちゃんからはこの手紙だけ?」
「そうだよ。だけどボクからはもう一つある。何せその手紙だけじゃ、伝わるものも伝わらないかと思っておせっかいを焼こうかなというわけさ」
――ノア、あの時はごめんなさい。
――やっぱりなし。いまさらこんなこと言われてもノアが困るだけでしょ。それに、謝るなら直接言うよ。
――もう一度、手を繋ぎたい。
――これもなし。なんか恥ずかしい。
――あの時はありがとう。
――これもなんか変ね。都合悪い部分に触れない感じが好きじゃない。
なんか、視界にクリスちゃんの部屋を盗撮しているような映像が映された。
というかそのものじゃないかな。
普通の視界もあるし、なんか変な気分。これ、相当特殊な魔法だ。
「これクリスちゃん知らないやつだよね」
「もちろんそうさ。彼女は不器用なところがあるし、そうじゃなくても今回のことはなかなか難しい。謝る練習くらいするさ」
「どうしてこんなことするの?」
「ちょっとでもキミがクリスを赦す気になるかなって。キミたちに仲直りして欲しい、そう思ってる人間もいるんだよ。確かにクリスは言葉を誤った。キミがそれで深く傷ついたことは彼女も承知している。それでも、もう一度会ってくれないかな」
「……」
私の代わりにクリスちゃんの隣にいたであろう少女に少し嫉妬する。
答えは最初から決まっている。
――ノア、
クリスちゃん、
今の私達ならきっとやり直せると思う
次回
3日 12:00