なんなら対戦するよりサプライ充実させる方が楽しいまである
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昔、トレントという魔物についてノアと話したことがあった。
「[トレント]参戦。≪街≫に[幻惑の杜]。増殖で[トレント]を増加。森があるから二体ね。≪魔素≫を一つ消費して[成長]。場のトレントは全部≪攻/守/魔≫を全て≪+1≫。[光合成]、トレント三体だから三枚ドロー。……うーん、いいややっちゃえ。[火気厳禁]、次の私のターンまで炎魔法は発動不可」
「最後余計じゃない? 余計だよね?」
「セレナさんのデッキに[ファイアボール]が入ってない訳ないじゃない。警戒しても損はないのよ。'山火事になったら大変でしょう'」
[幻惑の杜]を軸としたデッキと[最強の魔術師セレナ]軸としたデッキがが対戦した場合、先行となった方が優位。先行とれて特に事故もなく回っているし、後は[ヴォルカニック・フレイム・トルネード]を撃たせないようにすればなんとかなるはず。とはいえこちらは≪英傑≫なしのデッキ。油断は全くできない。何せ後攻になった時の勝率は全く敵わないのだから。
「[トレント]って下手にダメージ与えても≪再生≫されるんだよね。さすが、王都で害獣指定されるだけある。獣っていうか植物なんだけど」
「モンスターって全部害獣だからね。見かけたら騎士団に連絡してよ。最近は素材需要高まってて、カードゲームみたいに火の魔法で倒すわけじゃないことを知らない人の所為でトレント不足なのよ」
確かに植物系の魔物に火の魔法は有効だ。
自分の命と天秤にかけるなら間違いなく火の魔法を使うべき。
それでもカードゲーム会社に関わるものとしてはできれば燃やす以外の方法で倒していただきたいところ。
「害獣なのに不足とはこれいかに」
「一般人にしてみれば十分脅威だから。増えるスピードもあるし、何十体もいれば百人規模で人を動かす事態になるもの」
もしくはセレナさんに焼き払ってもらうとか。
でも素材が惜しいな。ちょっとくらい燃え残っててくれないかしら。
「トレント素材って何に使うの? 木材? この辺もう復興終わってるしそこまで大規模に物資が必要になるとは思ってないんだけど」
「カードスリーブの素材になるのよ。なんか樹脂? とかいうのを錬金して……詳しい製法は忘れちゃったけどカードゲームのサプライ商品になるのよ。ノアが今使ってるスリーブとかダメージカウンターとかがそれよ」
「よし、トレント狩りつくそう。欲しいのいっぱいあるけど買い占めるの気が引けるから同じ奴は多くても三つしか買わなかったんだよね。あ、栽培とかできないかな! かな!」
「やめなさい。私でも対処できるのは精々二、三体。下手したら王都崩壊するわよ」
「クリスちゃんで二、三体か……。まぁ運良くそんな状況になったらトレント素材が二、三体分手に入るってことで」
「運悪くでしょう。まったく、今から[トレント]の怖さを教えてあげるから覚悟なさい。'森の中では常に周りに気を配るように。トレントに気付かれてからではもう遅い'」
「いやママの方が強いから。それにカードゲームでなら焼き払っていいんでしょ。ママ参戦して[敗走]、ママを一マス下げて≪魔≫を≪+1≫。あと[パラライズネット]でこっちとこの[トレント]を行動不可。うぅ、もう一体もなんとかしたいけど……」
このときは結局、[トレント]で盤面を埋め尽くすことに成功し、一度全て焼き払われたんだけどリソースの尽きたノアにそれ以上なす術がなかったために、からくも勝つことができた。
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思わず現実逃避して過去の出来事に思いを馳せたわけだけど、無関係な内容ではないはずだ。
だって、ここに寄ったのはノアが寄りたいと強く主張したからだ。
「これなに?」
「見たところトレントだね。駆除の対象。あとスリーブの素材」
学園と女子寮を繋ぐ道は大きく三つある。
今日に限ってノアは一番遠回りなルートを提案し、私もその時点では特に疑問に思うことなく従った。
「ノア?」
「なあにクリスちゃん?」
とはいえこっち行ってみよう、って道を外れた時からおかしいと思い始めた。
ノアに目的があったことくらい分かったんだけど、結局好奇心が勝って来てしまった。
成功か失敗かで言ったら多分成功だ。
目の前にいるトレントは二体。
おそらくまだ若い個体。二体とも私達の身長を合わせた程度の大きさしかない。
私達ならそうそう遅れをとることはいけど、戦う術に乏しい学生が一人で襲われたらひとたまりもない。事件が起こる前に発見できたのが私達で良かった。
周囲に人気は無し。そもそもこの遠回りのルートがあまり使われていないから当然と言えば当然だ。
「なんでここにトレントがいるってわかったの?」
ノアにとっても予定通りではないはずだ。
見つけた時に意外そうな声をあげていた。
「さっき嘆願書見てたでしょ。それっぽいなって思っただけであんまり確証はなかったんだよ。でも、例えトレントだったとしてもそこまで数が多い訳でもなさそうだし、数が多いなら今すぐでもママを呼べる私達で見に行くべきかなって」
「私に内緒だったのは?」
「言ったら止めるでしょ。でも私達で倒してしまったら素材は私たちのものだよ!」
ポニーテールを揺らし、その童顔に似合わず瞳に好戦的な色を宿した小さな女の子が野望を語っているが、そこまで簡単な話ではない。
けど、どうしたものかな。
「それともやっぱりこのまま騎士団に連絡する? さっきまでは確証なかったけど、これならもう騎士団動かすには十分な証拠だよ」
そう。単なる噂話程度で人は動かせないけど、私とノアが遭遇して既に情報を記録した今が退くべきタイミングだ。
幸いなことにまだトレントは私達に気付いていない。今なら簡単にここを去ることができる。
「いえ、やっちゃいましょう。あまり使われていない道の外れとはいえ、待ってる間に誰か来ても寝覚めが悪いものね」
まだ被害者はいない。
なら、そのまま被害ゼロで終わらせるに越したことはない。
私達はトレント狩りも初めてじゃないしそこまで苦戦する相手でもない。
ノアの嗅覚は正直私より上だ。
つまり、危険はあってもそれに適切に対処さえすれば私達なら勝てる。少なくともノアはそう判断した。
ノアが今笑っているという以上さらなる危険はありえない。
「クリスちゃん。私、この戦いが終わったら昨日発売してたパパの新しいスリーブをあともう三つ買うんだ」
「はいはい、準備はいい?」
ノアのジョークを聞き流しながらアイテムボックス――空間魔法が込められたカバンから魔法長杖を取り出す。
私達はそこそこ高価な護身(程度のものでは断じてない)用の道具を持ち歩いている。
対人でも対魔物でも一般人よりずっと強い。
「一応こっちのボウガンには火属性の矢をセットしてる。援護は任せて」
ノアは、使う気はなくても念のために一撃必殺を用意してくれている。
火矢だと素材が取れなくなるから私もノアも使いたくはないけれど、出し惜しみして怪我するよりはずっといい。安全第一、優先順位を見誤ってはいけない。十分な安全マージンをとれない戦いをするようなら、私もノアも自由行動は許されていない。
だから火矢を使わざるをえない状況が訪れることはないはずだ。
奥の手なんて、使うべきじゃない。このセレナさんの教えは私達の戦い方の根幹にある。
ノアも火矢の方はいつでも取り出せるようにしてはいるものの、別のボウガン――というよりむしろこちらがメインのボウガンだ――に風属性の魔法矢をセットしている。
ノアに魔法の才はない。
例えば十回模擬戦をしたら十回とも私が勝つ。
それでも、こういう実戦の場でなら私よりノアの方が重宝されるだろう。
よーいドンで始まる、言ってみれば強制的に同じ土俵、同じルールという平等を押し付ける事ができるのが模擬戦のいい所でもあり悪い所でもある。
ホント、なんでこれで魔法を使えないのかが不思議で仕方ない。魔道具の方は簡単に扱っているから魔力がない訳ないので何か別の要因があるのだと思う。
「まず奇襲で一体仕留める。たぶん私だけじゃ仕留めきれないだろうからトドメお願い」
トレントに気付かれないようにゆっくりと魔力弾を生成しながら作戦を確認。
ノアの頷く気配を感じてそのまま魔力を熾す。
――シュン――
静かな音とともに魔力弾が右側のトレントに当たる。
私の魔力によって自身の魔力を乱され、少なくないダメージを受けたトレントに風の魔法が込められた矢が襲いかかる。
ここでトレントに気付かれるが既に一体は無力化済み。
休み時間、もしトレントに出会ったらと何度もシミュレーションした。
初等部の男子が休み時間によくやっていることなんだけど、実はこの遊び、私達も結構好きだ。
もしトレントが現れたらと本気で考えるのは楽しい。
今回のように街道から少し外れた場所で相手が二体だけの場合はその最たる例だ。
紙の上ではもう百体は倒している。
実際のトレントはまだそこまで倒してはいないけど、トレントと同難易度のモンスターを狩った数はそこらの学生に敵うような数じゃない。
正直実戦投入されたばかりの騎士より魔物慣れしている自信がある。
今回セレナさんが後ろにいないことが少しだけ気がかりだけど、別にそれも初めてな訳じゃない。
魔法長杖の先にもう一度魔力弾を生成しつつ、風の魔法を使って空中を滑り、トレントに近づく。
正直長距離からの狙撃より中距離での方が戦いやすい。
高威力の魔法を遠方に撃つなんて、それこそセレナさん並の技量が必要になる。
自分でいうのもなんだけれど、この距離でトレントに有効打を当てれることだけでも相当難しい芸当だ。
交戦前に集中してようやくといったところ。だから次の攻撃は近づく必要がある。
トレントは案の定、近づいてきた私にだけ注意を向けている。
木の根が地面から伸びて鞭のようにこちらに向かってくるが、宙を駆ける私を捉えるほどじゃない。
だいぶ近づけた。
今度は根だけじゃなくて枝も襲い掛かってくる。
飛翔した状態を保ちながら、そのまま枝や根を避けつつ隙を見て魔力弾を撃ちトレントを一周する。
四発撃って二発は弾かれたけど、二発は幹に当たった。
ただ、無防備なところを撃ち抜けた最初の一撃ほどのダメージを与えることはできていない。
一周したところで今度は高度を上げるために空高く昇る。
狙い通りいくつかの枝と根は絡まっていて隙をさらしていた。
これを狙ってできる人がいるらしいんだけど、少なくとも私には無理。
一周目で絡まなければ二周目。二周目で絡まなければ三周目といくつもりだった。
そして、あまり頭の良くないトレントが三周連続で絡まないことなどない。
トレントを挑発するように飛翔の魔法をやめ、地面に降り立つ。
頭が良くないと言ってもこの状況で舐められているということは理解したのだろう、地鳴りのような唸り声とともに枝が後ろから回り込んでこちらに襲い掛かってくる。
「冷静さを欠いたトレントってなんで根の攻撃を使わないのかしらね」
突然地面から勢い良く飛び出してくる根はそれなりに脅威だ。
少なくとも今みたいに正面の枝が絡まっていて、後ろから回り込んでくるしかない枝よりよほど対処が難しい。
左右からくる二本の枝のうち、左側の軌道を読んで躱す。
時間差で右からも枝が迫り来るが、そちらは後方から飛来したボウガンの矢によって軌道を変えられ私には届かない。
絡まった枝を歩いて乗り越え、魔法長杖の先をトレントに向ける。
飛翔魔法を使わなくなった分、より大きくためを作ることができた。
この距離ならもう何をしようが私の方が早い。
それを理解したのかトレントに怯えの色が見え、そして次の瞬間には私の魔力弾に穿たれその生命を終えた。
終わった。
張りつめた緊張を徐々に解していく。苦戦なんかしなかった。楽勝だったと言っていい。
(だから、普通ならここまで消耗したりしないと思うのよね)
余計な思考が頭をグルグルとかき乱す。消耗と言っても魔力や体力じゃない。そっちはむしろ有り余っている。
消耗しているのは心、精神。怖かったんだと、今更ながらに気付く。魔物の恐怖に打ち勝つのは、どうやら腕っぷしだけでは駄目らしい。
「クリスちゃん、クリスちゃん。いえーい」
――パンッ――
とてとてと近寄って来たノアのハイタッチに応える。
ニコニコと笑うノアに微笑みを返すことくらいは、できたと思う。
「やっぱりクリスちゃんはすごいね」
模擬戦をした時や、今回みたいに魔物と戦った時はいつもノアが褒めてくれる。
ちょっと嬉しい。
私はノアに褒めてもらいたいがために頑張っているのかもしれない。
流石にそれは冗談だけど、このセリフは日常に帰って来た感じがするから好きだ。
「これどうしよっか。ノア、アイテムボックスにこのサイズが入るスペースある?」
目の前にトレントの死骸が二つ。
スリーブの素材と言っても私達が加工できる訳じゃない。
となるとどこかへ運ぶ必要がある。私もノアも伝手がない訳じゃないから持ち込む場所は気にしなくていいとして、問題は運ぶための手段だ。
それは突然だった。
「うーん、たぶんなんとかなる……かな? とりあえず……、っ!? クリスちゃん!!」
ノアに手を引かれ、そのまま抱きかかえられて押し倒される。
その意味は、すぐに分かった。
猛禽の鉤爪が私がさっきまで立っていた場所を通り過ぎる。
恐怖で顔がこわばるのが分かる。
「グリフォン!? なんでこんなところに!?」
仰向けに倒され、上に乗っかっているノア越しに空を見ると、空を舞う魔物が旋回しているのが見えた。
鷲を思わせる上半身、獅子を彷彿とさせる下半身。
何年か前に騎士団が討伐を果たしたのを耳にした事があるけど、そのグリフォンはなんとその騎士団を半壊させたらしい。
類義語は、悪夢だ。
次回
1日 24:00