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第四話 継母の情夫




「お嬢様、奥様には新しい情夫をあてがってまいりました。そろそろ私めも飽いたところでして」

「…その新しい情夫とやらは、人間なのよね?」

「お嬢様が私めをどう考えていらっしゃるのか、よくわかるお言葉ですね」


 ニヒトとの付き合いも五年を過ぎた。




 ニヒトは奴隷の身として買われ、もともとそのためであったからと、その晩からすぐさま継母との閨房の語らいに就き、他の雑用は免除された。

 そしてこの屋敷に居ついて間もなく、ニヒトは気まぐれにわたくしの部屋を訪れるようになった。しかしそれを知られたことはない。使用人達にも、継母にも異母姉にも父公爵にも。


 ここに来るまでに誰にも会わなかったかと尋ねたとき、ニヒトは「そんな迂闊なことを私めが犯すはずがありません」と言った。優しく美しい微笑みを浮かべ、わたくしの頭を撫でて「ですからご安心ください。お嬢様が害されることは、今後なくなります」と。


 そんな夢のようなことが起こるはずもないと思ったけれど、気にかけてくれているという事実が嬉しくて「ありがとう」と笑った。



「お嬢様の笑顔は私めがお守りしますよ」



 まるで騎士のようなことを口にする物腰の柔らかい、まるで荒事に向かなそうな異邦人が、哀れだと思った。こんなにも美しく、優しい人なのに。

 異邦人だというだけで、奴隷の身に貶され、継母の情夫などをさせられている。


 けれどその後、わたくしを苛んでいた使用人達の嫌がらせはぱたりと途絶えた。

 継母と異母姉も、顔を合わせれば嫌味を投げられるが地下牢や厩舎に押し込まれることはなくなったし、食事も一日二食、きちんと運ばれるようになった。

 そしてニヒトは堂々とわたくしの部屋に出入りするようになった。





 ニヒトは公爵家の事情のみならず、様々なことを教えてくれた。

 この国の大陸における位置関係、国家間、および国内情勢について、現王族の権威、思想、パワーバランス、公としての顔と私としてのお人柄、貴族名鑑に記載されていない裏事情を含めた国内貴族関係者の名前、貴族の勢力図。その他諸々。

 家庭教師がつけられるはずのない哀れな公爵令嬢に、基本の読み書きから算術、天文学、幾何学、文学、歴史、地理に哲学といった男子のする学問も、望めば指南してくれた。女子に必須の刺繍やレース編み、基本の礼儀作法に、宮廷作法、ダンス、家政の取り仕切り方なども。けれど乗馬と護身術だけはせがんでも教えてくれなかった。



「馬に乗るのは嫌いなのです。蚤の心臓のように臆病で、何かあればすぐに混乱に陥り振り落とそうとしますからね。これほど使えぬ獣もない」


 にっこりと微笑んでニヒトは愛らしいつぶらな瞳を向ける馬を撫でる。その馬は父公爵の愛馬だ。


「その割に可愛がっているようだけど」

「愛玩動物ですから。これと奥様を(つが)わせたら、さぞ面白いかと、」

「やめなさい」


 うっとりと瞳を細めて淫らな妄想に耽り始めたニヒトを止める。この自称悪魔の妄言にもいい加減慣れた。

 とはいえ万事がこの調子なのだから、継母にあてがった新しい情夫とやらが人間なのか懸念がもたげるのも仕方のないことだと思う。




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