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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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ユキ子だった人の独白

作者: サクモ明葉

夢で壮大な探偵ドラマを見たのですが、ポアロ並みの複雑な人間関係しかわからず、「いや犯人絶対妹だろ」と思いながら起床。

その夢を元に書いたらこんな話になりました。推理が一切出てこないのでヒューマンドラマにしています。

日本っぽいですがパラレルワールドだと思ってください。

「――つまり、犯人は……あなたですね。田中光子(みつこ)さん。いいえ、本庄(ほんじょう)ユキ子さん」



****



 叔母の一族の誰かが連れてきた探偵が、使用人の私を指さす。

 周囲は二種類の騒めきを発する。ひとつは予想外の犯人に。もうひとつは、私の本名に。

 そうよね、遠縁はともかく、叔母に近い人なら本庄ユキ子の名前くらい知っているでしょう。何しろ、その名前の少女が死んだから、叔父叔母夫婦が本庄家の資産を手に入れたのだもの。

 あら、叔母様の顔が真っ青ね。自分と夫がしでかしたことがこんな大勢の前で……特に警察の前でバレたことがそんなに不安?

 これくらいで顔を青くするくらいなら、初めから悪事などしなければいいのに。

「やっぱり……っ、やっぱりお前が殺したのねっ!? サチ子もトキ子もっ! お前がっ」

 まあ、「やっぱり」だなんて。殺されるようなことをした覚えがあったと言っているようなものね。


 私――本庄ユキ子は、それなりに裕福な家の子供だった。

 田舎だけど広い土地の地主で、それが東京に出てきて会社を作ったら運よく成功した祖父。その跡を継いだ父。

 東京でもちょっと大きな家に住んでいて、平和だったわ。

 でも戦争があって、十六歳の兄の悟志(さとし)が出征してから風向きが変わった。

 出征して1年で戦争は終わったけど、兄は行方不明。

 そして終戦間際で父母が死んで、弁護士が連れてきたのが私の保護者になる叔父夫婦。

 弁護士も戦後処理で忙しかったのかしら、それとも初めから叔父たちとグルだったのかしら。兄が生死不明だから本庄の資産は私が所有していたはずだけど、あっという間に叔父夫婦が乗っ取ったわ。十五歳にもなってない小娘の相手なんて簡単よね。

 よく考えれば、兄弟なのに全く交流が無いなんてどちらかが人間的にダメだったからよね。……見事に叔父はクズだったわ。

 弁護士の目が無くなってすぐ、私のことを使用人のように扱った。元から働いていた人たちを全員クビにしてね。そしてほとぼりが冷めたら私を死んだことにして、実家の田舎に引っ込んだ。

 本当に殺せば話は早かったでしょうに、その辺は小悪党だったのよね。手を血で染めるのは嫌だったみたい。

 だけど下手に放り出すと私が名乗りを上げてお家乗っ取りがバレるから、使用人としてずっとこき使うことにしたらしい。更に東京の家も会社も売り払って田舎に帰れば、叔父の悪事を知る人は誰もいなくなる、と。

 きっと完璧な計画だと自画自賛してたのでしょう。……私がいつまでも小娘だと思い違いをしてたのも気づかないまま。

 二十年も経てば、私だって自分で考えるようになるわ。元々頭は良いほうだったのよ。

 別に優雅な暮らしがしたい訳じゃないし、父母も兄もいない状態で下手に財産を持ってても別の悪人が寄ってくるだけだろうから、このままでもいいかと思ってたのよ。ことあるごとにいびられるのを除けば、ちゃんと三食ついてくる職場ではあったし。

 けど、私の恋人を追い出したあたりから、嫌になった。

 私に子供ができれば本来の跡継ぎだから、私を結婚させずに飼い殺す気だった。使用人同士の結婚もよくあることだけど、私といい感じになった男はみんな金を掴まされて追い出された。

 従姉妹たちは、いい男をつかまえて幸せそうなのにね?

 本庄と何の関係もないはずの叔母の一族が我が物顔で家に出入りするようになったのも気分が悪かった。

 挙句に、勝手に倉庫をあさって――幼いころの思い出を、引きずり出した。

 まだ祖父も生きていたころ、此処で執筆活動をしていた大叔父。

 遊びに来た私と兄がその人の周りにひっついて、三人で話しながら書いたお話。その原稿。

 ――天才小説家の遺稿だ、なんて。

 知った口をきかないで。

 私の思い出を汚さないで。

 未来はくれてやったのに、過去まで汚すつもりなの?

 それだけは許せないわ。許さないわ。

 私の過去まで汚すのなら、もう未来は不要よね?



 叔父が寝込みがちになった一年前から計画した。

 クズの叔母の親戚だもの、叔父が死んだらきっと遺産相続に口を挟んでくると思っていた。従姉妹の夫のひとりは叔母の親戚だったもの、間違いなく一族総出でやってくる。

 遺産相続の争いに来た人間なら、巻き込んだってちっとも罪悪感はわかない。

 叔母は私を怪しむだろうけど、証拠さえつかませなければ何も言えない。言ったら自分の悪事もバレるもの。

 遺産を巡る骨肉の争いにみせて、従姉妹たちを殺せば疑いの目は叔母一族にかかる。

 警察が証拠を持って私を捕まえたとしても、私が本庄ユキ子を名乗れば結局叔母は破滅よ。どっちでも構わない。



 ――けれど、途中で予想外の人物まで来た。

 刑事の横で泣きそうな顔で私を見ている男。

 本庄悟志。

 面白いわよね、終戦の数年後にやっと東京に戻ってきたら会社も家も他人の手に渡っていて私たちは行方知れず。そのあとは生きるのに必死で探せなかった。

 妻と子供にも恵まれ、ようやく一息ついた頃、新聞に大叔父の遺稿の記事が出てて田舎の実家を思い出したのだって。

 妹のことを尋ねるために此処まで来て、使用人を脅して叔母の元まで連れて行ってもらおうとしたら、脅した相手がまさかの私。ついでに殺人事件の調査で刑事がウロウロしていたものだからすぐに取り押さえられた。

 間抜けにもほどがあるわ。人の目がなかったら大笑いしてやったところよね。

 兄ちゃん、と呟いた時の顔と言ったら! 私はすぐにわかったけど、兄のほうは一目じゃわからなかったみたい。まあ彼の中では私は十二歳の少女のままでしょうから、当然か。

 幸い、兄は東京からここまで来たアリバイがあるから殺人事件には無関係がすぐ証明された。兄が捕まっている間にもうひとり叔母の弟も殺したからますます無関係ね。



 さて、何を喋ろうかしら。

 どう喋ればいかに叔母を悪人にできて、兄に同情が寄せられるかしら?

 私が何を喋るかで、周囲の印象が変わるのだ。ここが勝負だわ。

 戦後の有耶無耶で不当な遺産を手に入れた人間が多すぎることを重く見た政府が、厳罰を科すよう法を作っていたらしい。もっと早く知っていれば、隙をみて逃げだしてやったのだけど。

 行方不明だった兄の身分は東京でお隣さんだった歯医者のおじさんが証明してくれたらしい。おかげで叔父に虐げられていた私の存在も探偵に伝わったけど、仕方ない。

 もうお爺さんでしょうに、よく二十年前のことなんか覚えてたわね。

 とにかく、兄どころか死んだはずの私まで生きてるのだから、資産を受け継いだ理由が根本から覆され、叔母は罰されるでしょう。本庄の資産はすべて兄に行くはずだ。叔母一族などただのハイエナだから一銭たりとも渡ることはない。

 後は散々叔父叔母の非道っぷりを語ってあげるわ。親類は田舎で肩身の狭い思いをすればいい。

 ……ああ、でも兄の心をちょっとだけ抉るような話し方をしようかしら。

 死なれるのは困るから、多少後悔する程度の。たまに思い出して落ち込む程度の。

 何故もっと早く探そうとしなかったのだろうとか、自分が妻と子供と幸せに暮らしている間に妹はこんなに苦しんでいたのか、みたいな。

 そのくらい許されるわよね? あと一年――いえ、三か月でも早く探しに来てくれれば、妹は人殺しなんてしなかっただろうから。

 本当にちょっとだけよ? 兄が来なかったおかげで、叔母は名誉と財産だけでなく、娘も孫も全て失ったのだから。

 ありがたいわ。本当に、ね。

 


****



 それまで黙って聞いていた女――本庄ユキ子は口を開いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] よく間違える人がいますが、「出兵」ではなく「出征」です
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