交渉
中に入ると少し古い建物でありながらよく清掃の行き届いた空間に出る。見ると番台には格子が入っており客商売ながら防御力も考えている独特の雰囲気だ。
「いらっしゃいませ。おや、権蔵さんではないですか。大変ご無沙汰しております3カ月ぶりですか」
「ああ、そんなに立ちますか、湊屋さん。今回はポメに竹炭、雑穀あと少々の生薬。それと領主継嗣の駒城坊丸様をご紹介いたします」
一歩踏み込むと途端にこちらと視線が絡む。
「ほう。こちらが。噂はかねがねうかがっております」
見上げると権蔵はバツの悪そうな顔で明後日の方を向いている。どんな噂をしたのか気にはなるが今回は蓋をして本題に入ることにした。
「はじめまして。坊丸と申します。豪商である湊屋にお会いできてうれしく思ってぇございます。今回は我が領の新商品を目利きしてもらいたく参上しました」
そういってちょっと薄めの木箱を差し出した。
「拝見いたします」
うやうやしく受取ながら瞳の奥には怪訝さがありありと浮かんでいる。
そして蓋をそっと開ける。そこには現代ではスーパーにだいたい置いてある商品、干し椎茸がぎっしりと詰まっていた。
「こ、これは・・」
「香信です。それを定期的に販売できるといったらどれ程の値になるか、お教えいただきたい」
干し椎茸のメリットは電子部品のように軽薄短小であることだ。ここでは河川を利用した船便が主力である以上、重量は軽く小さいもののほうが有利だ。
「い、いや、これほどの物をどうやって?」
一つ一つの干し椎茸を吟味しながら見る。どれも大ぶりで傘が起っている美品だ。
「そんなことは関係のないことです。それよりもいかほどになりますでしょうか?」
目の前の商人はあっという間に驚愕をひっこめ急に真面目な顔になると頭の中ではじいている算盤の音が聞こえそうなほど考え込んでしまった。それはそうだろう。ここには競合他社も多い。値段が折り合わなければ他社に行く可能性が高いからだ。わざわざ俺が直接来たのもそのためだ。
「では・・・」
「いや、かわりに・・・」
「それは暴利というもの。これでは・・・・」
丁々発止のやり取りを呆然と見ている大人二人を差し置いてえげつなくも力の入った交渉が繰り返されるのであった。
どうやら椎茸は想像以上に高価なものだったらしい。もちろん高級品ゆえに大量に出荷することはできないらしいが、それども定期的に出荷できるという触れ込みは湊屋を大きく動かした。荷車には鉄や塩その他で満載で重量としては来た時より重くなっているほどだ。
「しかし、坊丸様。あんな約束してよかったんですかい?」
「ん?ああ、大丈夫だ。今回、懐が豊かになったからな。これで計画していたものが進められるよ」
「はあ。坊丸様は変わっていると思っていましたが、まさかの神童でしたか」
「そんなもんじゃないさ。何事も経験だよ」
言ってしまってからしまったと思った御年七歳な俺。見ると二人とも不思議そうな顔をしている。
「まあ、坊丸様の戯言はおいておくとして・・」
「おい!」
「三か月後から定期便(馬車)を一台ですか・・・それも毎月。それほど需要もお出しする品もないと思いますが」
「そこはちゃんと考えている。ちなみに権蔵、健吾、酒は好きか?」
その時、あたりの空気が変わる音を聞いた。