第十話(暦月視点)
進むの遅くてすいません。
「あの、すいません。そろそろやめてほしいんですけど」
突然、横から酒井の話を遮る声が聞こえた。
基山だ。基山が酒井を止めていた。
「いえ、別に喧嘩を売ってるわけじゃないんで」
声がはっきり聞こえる。
「あの、いい加減にしてくれませんかね?橘の中学時代の話ばっかり、そんなの興味ないんで」
「はい。正直どうでもいいですね」
「……?…いや、カッコいいかどうかは知りませんが、もう疲れました。あなたの話を聞くとイライラが止まらないですよ」
私のため……に?
失望されたと思っていた。でも。
違った。酷い勘違いだった。
それどころかこうして、酒井に怒ってくれている。
先程までとは全く違う涙が出そうになる。
……嬉しい。ただ嬉しかった。
「人のために怒るのはどっちかって言うと苦手な方ですけど?俺は自分のために怒ってるんです。大切なのは過去のことより今でしょう?」
私のためだけじゃない。
基山は私が馬鹿にされているのを聞いて、怒っている。
私を庇ってくれている。
過去より今が大切……。
この言葉が私の心の中に響く。
こんなに嬉しい言葉はない。
「そんなの人それぞれでしょ? 少なくとも俺は嫌だと思ったことはないけど?」
ありがとう。ありがとう。ありがとう……!
こんな私をきちんと見て、評価してくれている。
今までの上部だけを見て、告白してきていた人たちとは違う。
「いい加減にしろ! こっちは今デート中なんだよ! それをクソつまらん話に付き合わせやがって。橘の過去の話なんかこれっぽっちも興味ないし、一人で盛り上がるな!」
こんなに怒った基山は初めて見た。
「大体、こっちにいちいち同意求めてくんじゃねーよ。あまりにもつまらなすぎて、スマホ弄ろうとしたタイミングで、ね? とか、な? とか、面白くね? とかうるさいんだよ! こっちはお前の話なんて一割聞いてないわ! それを長々と一人で喋り続けやがって。橘も全然楽しそうじゃないし、そんなに思い出話がしたいなら、今すぐ家に帰ってアルバムでも眺めて、独り言発してろ! 長いんだよ話が! 時間なくなるだろ! 五時半までの期間限定なんだぞ!」
そうか……。
あの相槌は適当に返していただけだったのか……。
「だったらお前はクソ裸眼だろ! それに僕は運動するときはコンタクトだ! 大体、ちょっと視力いいからってマウント取ってんじゃねぇよ。お前あれだろ? どうせ、友達が眼鏡とコンタクトのあるある話で花咲かせてる間に自分だけ参加できねぇから『お前ら、目悪いとマジ可哀想じゃん』とか自慢してみるけど、『へー、いいなー』くらいで軽く受け流されて、諦めて独り寂しくスマホいじってんだろ? カラコンつけるときも、みんなつけ慣れてるから、すぐつけ終わるのに、お前一人だけもたもたして、『あれ?おかしいな?』とか言って、必死につけられないの誤魔化したりするんだろ?」
ふふっ………想像したらちょっと面白かった。
メガネって視力マウントを取ったんじゃないと思うけどな……。
「いや……特には……」
「普通人間てさ、例えどんなものでも好きになったら、そのために変わりたいと思うよね。そんなの当たり前のことだし、それをいちいち変だとは思わないけど。大体、誰にだって恥ずかしい話ぐらいあるもんでしょ。それをいちいち掘り出して、馬鹿にするなんて古いと思うけど。それに、平気で浮気して、それをべらべら人に話してるあんたの方が、よっぽど変だし、面白いと思うけど?」
あぁ、受け入れてくれている。
あの日、教室で泣いてしまった日、恵奈に否定されたおかげで私は戻ることができた。心の中の重みが消えていく気がしていた。
私は、あのときの私を否定し続けていた。
もう二度と思い出さないように封印しようとした。
でも、間違いだったのかもしれない。
それじゃただ忘れただけ。乗り越えるためにはそれじゃダメだったんだ。
私の否定し続けた過去を、面白くない、全く変じゃない。当然のことだって受け入れてくれた。
あなたの方がよっぽど変だ、と言ってくれた。
涙が溢れ出す。
「えっと……大丈夫?」
大丈夫じゃない。震えが止まらない。涙が溢れる。
嬉しくて、嬉しくて……ただ嬉しくて。
「ごめん、大丈夫じゃないかも………」
私は思わず、彼の胸に顔を埋めて泣いた。
そんな私を何も言わず、ただ撫でてくれている。
あぁ……
私は彼に……秀矢に……救われた。
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