扉の向こうの あなたは だあれ?
新興住宅地からの転入生が多いこの学校にはわりと変な奴も集まって来る。新しく出来た俺の友人の中で、とにかくインパクトのあるのがこの足代(あじろって読む。念のため。)って奴だ。
とにかく豪放とゆうかまんま野生児とゆうか、授業の途中でもぶらっと現れては寝るだけ寝て帰っていく。御法度のバイクを乗り回すが暴走行為をするでもなくひたすらウィリーの練習をしては「落馬」して喜んでる。空手もならっていて、
「羽柴、お前なら片手で殺せるかな〜?」
と物騒なことを口走る。このあいだなんか花壇の草を食ってやがった。
ただ頭ン中はまるきり北京原人ちゅう訳ではなく、趣味はギターと油絵。今は俺と同じ美術部だ。前の学校じゃアイドル研究会に入ってて菊池百恵のファンだと言う。ゴリラが繊細な神経を持っているのってのとたいした差はないと俺はみた。
歩くテポド…おっとっと。爆弾級のこの男だが先生や仲間の受けはすこぶる良い。(敵に回すと厄介だとゆう話もある。)とりわけ俺は平々凡々としてるせいか、妙に馬があうようだ。他の奴には言わないこともよく話してくれる。
――その中で、こいつが経験した、ちょっとだけ、恐い話をしよう…。
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隣じゃまた転校生の自己紹介が続いている。サイジョウヒデキぃ?どっかで聞いたような名前。音楽が好き...ふ〜ん。あ、やっぱり足代にからまれた。「菊池百恵ちゃんとヴァン=へイレン以外は認めん!」だと。んなコトより美術部の勧誘しろよ…。
足代が前の学校じゃ顔に似合わずアイドル研究会に入ってたってのは話したっけ? こいつが前の学校にいた時の事だ。
もちろんそんな軽薄な集まりに部費も部室も与えられず、足代たちは近くの空き地にある使わなくなったプレハブ小屋の2階をねじろにしていたらしい。お決まりの桃子ちゃんの歌の大合唱と、マージャン大会も佳境にはいったある日曜日の夕刻。雀牌をかき回す音でそこにいた全員、耳が遠くなりそうだというのに、足代だけが何かを聞き入るようなしぐさをしていた。
「ん?どしたぁ」
「…ああ、なんか今扉をノックする音、しなかったか?」
「やば!先公かよ?」
足代のとりまき連中がどよめいた。
「ば〜か、先生ならノックなんかしないで怒鳴り込んでくるだろっ。ちょっとお前、見てこいよ」
「うえっ、俺がかよ」
指事された小太りなのが悪態をついた。とは言えマージャンの負けが込んでいるのを見すかされた上での御指名である。二つある扉の片方に、小太りは及び腰で近付いていった。
――いつの間にか、誰も音を立てなくなっていた。
「−お化け、かもな。」
「なっっ!? ばばっばか言うなよ! それよか足代、また喧嘩でもして狙われてんじゃねーのかヨ?」悪党は一人でニタニタしている。
「かもな」
「ちくしょーっ、開けるぞお、1、2、3、ダアーっっ!」
ギギッ。キイイイイ・・・
軋むような音をたててスチール製の扉は開いた。恐る恐る小太りが外を見回す。部屋はプレハブの2階、出れば非常階段しかない。辺りは陽が落ちた空き地に薄闇が覆いかぶさって
…誰も、いない。
「は、ははは。やっぱ誰もいねえジャン。足代〜お前耳か頭、医者に診てもらったほうがいーんじゃねえかぁ?」
卓を囲んでいた他の二人もやれやれとでも言いたげな顔をする。足代の…表情は、変わらなかった。
はあっと、小太りが息を吐き出した、その時。
(…とん。)
今度は全員が聞いた。さっきとは反対の、もう一枚の扉を、小さく、でも確かに叩く音を…!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・とん、・・・とん。
吐き出した息を引っ込めるかのように、小太りが「ひょっっ」とおかしな悲鳴を上げた。
ガシャアッ! 突然の大音響。
「うああああーっ!」
今度こそ大絶叫だ。何のことはない、やせぎすの、「いかにも」なアイドル好きが雀卓をひっくり返してしまっただけだ。つられて奥に座っていた天然パーマ系は叫び声をあげる。静かな日曜の夕方の社交場は一瞬にして阿鼻叫喚轟く修羅場とあいなった。
取り乱していないのは足代だけだった。焚き付けたのが自分だということもあるんだろうが、非常事態には慣れっこらしい。それとも超にぶちんなのか?
腕まくりし、スタスタとその扉に近付いた。周囲の動揺した様子を歯牙にもかけず、
「こっちは中からしか開けられねえよ、鍵、付いてんもん。」
ガチャガチャ鍵を鳴らしながら言った。それから扉に向かって声をかける。
「誰か居んのかぁ?」
…返事は、なかった。
(何かが居る気配はする。)
試しにこちらから1つ、ノックする足代。すると。
・・・とん・・・。
ちゃんとノック1つで返したって言うんだ…。
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何かが居る気配はする。足代 が試しにこちらから1つ、ノックすると・・・。
・・・・・・・・・・・・とん。
ちゃんとノック1つが返ってきた。2つノックすれば2つ。足代は咳払いして、扉に向かって、言った。
「ええーと、幽霊サン? 質問しても大丈夫…ですかぁ?」
他の3人は皆ハラホロヒレハレ状態である。ところがノックは律儀に返ってきた。
ガチョーンである。
最初は薄気味悪がっていた仲間も興味本意でいろいろ質問し始めた。イエスならノックを1回、ノーなら2回、てな具合に。
「ねね、幽霊サン、歳はいくつ?」
やせぎすがまたノックをして尋ねる。
とんとんとんとん・・・きっちり、15回。
他称「幽霊」さんは、幽霊ちゃんらしい。15歳の女子高生で小柄で長髪。性格は明るい方ときたもんだ。アイドル研の面目躍如、好きなアイドル歌手の名前も聞いたがこれは分からなかった。フナキカズオって誰だ?
自分の名前や家族関係の事にはノックの返事がなかった。「自分を知ってほしい、でも立ち入った話をされるのはイヤ。」そんな感じだ。幽霊の正体見たり。誰もが扉の陰に人見知りな女の子がいることを疑わなかった。
…だけど。
小太りが、冗談半分に、聞いてしまった。
「――それじゃ、君が、本当に幽霊で、『殺された』んなら、1,000回戸を叩いてくれるかい?」
そう聞いた途端!
どん!
どん!どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんっ!!
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどおおどどどどっっっっ
どだだだだだだだっだだだだっだだだっだだだだだっっだだだだだっだっっ!!!
だんっ! だんっ! だんっ!だんっ!だっだだだだだだだっだっだっっだだっ
だっだっだああっっん!!!!
部屋中に響き渡る激しい叩きつける音に皆声も出せなかった。彼等は、聞いてはいけないことを聞いてしまったんだ。裏切り、悲しみ、怒り、絶望…。呪詛のごとく打ち鳴らされる、果てしない負の旋律。これが少女の手によるものなら、とうに手の皮や肉は裂け、血は跳ね骨さえ砕けるだろう。それでもその現象は止まなかった。
だんっ!
だんっ! だんっだんっ! だっだだだだっ、だっだっだああっっん!
どがっ、どがっっ! どがっっっ!!
旧式のプレハブは部屋ごと揺れ、扉は鍵をつけたまま内側に押し出されてきている。
「ちいいくしょおおお〜〜っっ!」
足代はたまらず扉に駆け寄り、皆の止めるのも聞かずにカギを開ける。
「やいやい、誰だかわかんねえけど、言いたいことがあるんなら出て来い! こっちは逃げも隠れもしねえぜ、全部受け止めてやらあ!」
バンっ!
そして、一気に開け放った。
――その時、やっと気付いたんだ。
扉のむこうは、何も『ない』。反対側の非常階段は壊され、がらんとした空き地が見渡せる空間があるだけだと!
勢いがついて2階のそこから落ちそうになるのを踏み止まり、彼は、呆然と何もない場所を見つめ続けた・・・・・・。
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この話に結末はない。誰かの悪戯か、そのプレハブ小屋が本当に殺人事件の現場だったかすら分からない。全員2度とそこには近寄らなかったとのことだ。
ただ、最後に足代はぼそり、と言った。
「どーも俺ってそういうのに好かれるらしいのヨ。引っ越しの度に自殺者がいたアパートの部屋に当たったり、ツーリングに行くと必ず赤い光がバックミラーに映ったり。慣れちまったけどな。もしかしたら羽柴、その女の子、俺と一緒にこの学校に来てんのかもヨ。そんな気がする…。」
「よせやい、気味がわりい…」
顔をひきつらせ、やっとこ俺は答えた。が、こっちの返事も待たずにあいつはもうどこかへ行っちまった。
少しだけ薄寒い風が俺の首筋を逆撫でていった。もしかしたら、今この教室の外で、それ…『彼女』は待っているのかもしれない。俺が、その扉を、ノックするのを・・・・・。
『扉の向こうの、あなたは、だ あ れ?』
・・・終わり。
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m。稚拙な文章を読んで頂き、感謝の念に堪えません。
恐いのを書いて(描いて)「恐いっ!」って思って頂ければ言うことはありません。まるきり怪談になってしまうのが嫌なんで結構変化させたんですけど(例えば千回のノックは『千本ノック』の駄洒落ですし^^;)、主役の足代が単なる狂言回しになってしまったのは否めません。
ただ、こいつも悪党だから、『悪を倒せ!』とゆーとリングウィルスをエボラウィルスでやっつけるみたいなものになっちゃうんで、野放しにさせよーと思います(^^;)。
よければ感想を聞かせて下さいませ。それでは。