とどろきひびき君の場合
いいですか!王子、今日もお城では、家庭教師『サブナック』の厳しい声が響いている。
「良い王様とは………イチに『見た目』でございます」
「見た目………」
「そうです。魅惑のお姿があれば、大抵の事は何とかなるもの、苦悩する姿も、怒るお顔も、美しければ絵になるというもの、幸い王子紫根の瞳に漆黒の髪、涼し気な目元、鼻筋通ったお顔立ち、今のところ大変よろしい」
「はい、ありがとう、サブナック」
「礼儀も大切ですよ。上に立つ者は、そうでなければいけません。常に慈悲のお心を持つのです。しかし、それを振る舞うのは、自国の民のみですよ」
「はい、他所のお国は知らないふりで、いいのですね」
「そうです、王子が王となり、大切なのは先ずは自国の民、彼らは戦になると、王の名の元で戦います、労ってやらなくてはなりません」
「はい、わかりました。サブナック、敵は一掃ですね」
「流石は王子、よくお分かりです。『転生者』の御印を持ってお生まれになられたお方様、聡いですね」
「ありがとう、サブナック」
王子は、家庭教師に笑顔を向けると、分厚い書物を読んでいく。それを満足そうに眺める家庭教師。
………何回目かな、生まれ変わるのは、随分前は『日本の高校生』死んで『勇者』また死んで『魔法使い』またまた死んで『剣士』の時を過ごしたな。
中でも一番記憶に残っているのは、日本の高校生と勇者の時のこと。高校生は懐かしく、勇者は酷かったことしか思い出さない。あとは、どちらも微妙の、どっこいどっこいだった、どうでもいい人生の記憶が残っている。
本を読みつつ思い出すのは、今まで過ごした人生の記憶。日本でゲーム好きな高校生『轟 ひびき』なる人間だった。毎日学校に行って、友達とバカやって、そして事故であっけなく死んだ。
奇妙な記号を組み合わされた文字を読んでいく王子、家庭教師はそれをじっと観察をしていた。徒然に記憶が浮かんでくる。
…………死んだんだよ、気がつくと目の前に、お決まりの女神登場、めでたく異世界転生を果たしたんだ俺。もちろんスキルも与えられて、勇者の運命が待ち構えていた。最初は………、喜んださ、ウェブサイトの転生ストーリーそのままなのだから、かわいい女の子に勇者の称号、金にも不自由しない暮らし。たが、物語の様に上手くは行かなかった。
ザシュ!ゴッ!ズ………ズシャ、蘇ったイメージが背筋を走る、転生を繰り返して尚、耳に、目に、手に、腕に残る命を断ち切る瞬間。濃厚な匂いも鼻に残っているよう。その後で仲間が炎で焼いた肉の匂いも。そしてバカにしたような声。
「何泣いてるの、勇者が、まさか殺しが怖いのか?」
そりゃそうだ、日本の高校生だぞ、猫の子一匹、現実に殺したことなんか無い。ゲームでしかやったことないのに。
そんな俺に異世界の皆は、やれ魔物を狩れやら、魔族を殺せやら………もちろん子供も全て狩りつくせやら、無理!怖いし、ゲームの様に、大量虐殺なんて出来ない。
なので過去の俺は上手く闘いから逃げてたり、避けてたりしていたら、魔族に通じていると勝手な評価を受け、『闇落ち』したと言いがかりをつけられ、無実の罪で処刑されてしまった。
無実の罪を被ったということで、その後二回、俺は異世界転生を果たしたのだが………、どちらも勇者の時と変わらない道筋で、終わりを迎えた。
「はい、今日はここまでにしましょうか」
家庭教師の穏やかな声、過去の邂逅から今にもどる。
「ありがとうございます。先生」
パタンとまだ小さな手でとじる。王子として彼は今、この城で後の王となるべく、勉学に励んでいる。王族としてのマナーや、身だしなみ、国の成り立ちやら、他国の事。それはたくさんのことを課せられていた。
「そういえば、王子、この前貴方様を狙った輩の事ですが、処刑されたとお聞きしています」
「はい、一族郎党さっぱりと、僕が王になるのが気に入らないと、あれこれうるさく、たかってきてましたから、父上に相談すると、好きにしろって」
にっこりと愛らしく微笑む王子。邪魔なもの、行く手を阻むものは躊躇することなく、殺せと教えられている。そうでなければならないと。言いつけられた事は、きちんと従っている王子。
「そうですか、一族郎党、禍根を残すのはよくありませんから、よく出来ました王子」
「ありがとう、サブナック」
王子は花の様に笑みをほころばせた。褒められる事など、はるか昔の記憶にしか無かったからだ、転生をしてからは、彼は常に最下位であり、力を持ち得ていても、奮えぬ事から無能とされ、さげずまれた過去の日々。
治癒師を目指した事もあった、しかし怪我を負った魔物の子、子犬の様な姿形をしていたモノに、治療を施すと、敵対する魔族に手を貸したと、人は彼を理解せずに刑に処した。
魔族の子供を助けた、として処された事もあった、斬れば血飛沫が上がり、手には命の重みを感じる、肉を切る、骨を砕く、魔法を使っても、最後の声と光が消える目の色を見るのが馴染めなかった。
「どうしてなんだろう、仲間が何人殺したとか、一国を潰した、虐殺をした、と聞くには大丈夫なのに、やだなぁ、あの声と感覚がダメなんだな、ゲームじゃないもん、そこん所わかってくれないから、エルフのちびっ子とか、魔犬の子犬って、かわいいじゃん、だめなんだよな、俺は、いたそー、かわいそーって思っちまうもん、そこん所、なんでわかってくれねーんだよお」
ゲームの中で、人を狩り殺す事とは違う、リアルがそこにはあった。そして彼の中で『ヒト』に対する理不尽さだけが、膨れ上がっていった。転生を繰り返す毎に積み重なる記憶と、想いと、高まっていく経験値。無駄に魔力だけが研ぎ澄まされていく。
「あー、面倒くさいな、もう生まれ変わりたくないと言ったのに、まだ道があるって王子かよ、まぁいいか、どうやら戦うのは兵士達みたいだし、取り敢えずよしにしておこう、俺が斬ったり呪文唱えたりして、殺すんじゃなければいいや」
王子は長じて王となった。彼の統治は善と言われた。自国の民には労りと、慈悲を与え、闘いに傷ついた兵士をその身に宿る魔力で癒やした。国土に黒の結界をはり、人間共の侵略を防いだ。それでも攻めてくる者達には、容赦なく兵を向ける。彼らは王の名のもとに闘った。
「要は、城から出ずに、裏方に徹すれば良かったんだよな、なまじ外で活躍する職業なんか貰ったから、失敗したんだよ、うん、今はとても良い」
軍議をしている会議室、円卓の上の地図は、黒い領地と白の領地、中央に大きな水晶玉、そこに王の魔力にて、映し出されるあちらこちらの戦況。それらを見守る重鎮達。
「兵士の装束には王が、祝福を与えておられるようですね。人間共のちっぽけな魔法など、あたってもどういうことはない様子」
「おお、北の地は我らの手に落ちたようです」
地図の北が黒く染まっていく………余裕の笑みを浮かべて、目を細め満足そうに眺める重鎮達、それを静かに眺める王、傍らには家庭教師サブナック、この世のすべてを見てきたという賢者。
「サブナック、捕虜の扱いは………お前に任す、好きにしろ」
王は自分が敗国の人間達に会えば、心揺らぐ物を持っていることは、自らきちんと自覚をしていた。なのでその処理は側近達に任せている。
「はい、国王陛下、お任せあれ」
黒の城でサブナックの声がする。かつては幼い王の家庭教師、今は黒の魔王として君臨している彼の側近、サブナックは穏やかな声で命を受け取る。
終