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むかしばなし そのイチ

むかしむかしあるところに、うつくしいむすめが、いましたとさ。

 昔むかし、ある村の鎮守様は霊験あらたかな神様でした。村人は何か困ると神様にお願いをしました。お米が足りない、布地がほしい、薬が欲しい、願いを神主様に伝えると、巫女様が短冊に書き記します。するとしばらくしたら、望みの物が届くのです。


 巫女様はとても美しい娘でした。この村の人間ではありません。ある日ふらふらと迷い込んだ子供でした。


 ある日娘をほしいと『鬼』がきました。鬼は娘を寄越せば『望みが叶う小槌』をやろうと言いました。村人達は何度も話し合いをしました。


 神様にお願いをすればいいのだから、巫女様を渡してはいけない、いや、いちいちお願いするのは面倒だし、鬼は金持ちだ、巫女様もこのような貧乏な村より、金持ちの鬼の住処の方が良かろうと、娘を渡すことにしました。


 そして娘は『鬼』の元に出立をしました。するとその夜、村に荒れ狂う風が、大粒の雨が、雷が訪れたのです。風は全てを薙ぎ払い、雨は集まり川に大蛇の様なうねりを産み、田畑を押し流し、雷はその剣を空からあちらこちらに突き刺しました。


 村人は逃げまどい、娘を渡したことを深く悔いました。しかしもう全ては終わっていました。朝日がのぼる頃には、村は人も田畑も建物も、何も残っていませんでした。




 夜が来た。彩る星達は今日はその姿を隠している。白い月が姿を現していたが、そこに重いネズ色の雲がかかる。満月の夜を隠していく。風が強いのか、雲の流れは速い。湿気た重さを感じる。野分が来るのやもしれない、


 私はある屋敷の中で、格子をはめられた窓から、ひとりそれを眺めていた。迎えの輿が来る迄、お庄屋様の蔵座敷に閉じ込められている。


 ジシ、手元を照らす蠟燭、高価菜種油の行灯の灯りもある、高価なそれらだが、夜も書くよう急かされている私は、何も思わずに、いつもの様に白い短冊を手にすると、文字を綴っていく。


「これも今日で最後、要らないと出される私、仕事が出来ぬ私、巫女様と呼ばれるのも終わり」


 私は『貢物』人身は売ってはならぬ、と禁じられていると聞き及んでたが、その実はよくある事と言われた。この村の一番の器量良しを、差し出せば、年貢を軽くしてやろうと、ふれが来たらしい、それに飛びついた庄屋。


「いいか、何も野良仕事をしたことの無い育ちの、そなたを拾い、匿い食わしたのは、こういう時の為だ、それにご領主様のお館では、綺麗な着物も貰え、可愛がってもらえる、お前は器量良しだから」


 何処か下卑た媚を含ませた笑みを、口元に浮かべたお庄屋様、何も言わない神主様。『領主の館』かつて、そこで暮らしていた私。


 ある夜、重鎮として、そして身内として、父上が信頼していた叔父上が、謀反を起こした。父上は殺され、母上は叔父上の邪な想いを察したのか、その場で命をたった。私は外に出された、そして逃げまどい、お供とはぐれ………気がつけばこの村にたどり着いていた。


 (おお)兄様は殺された。中の兄上様は、途中迄は、いっしょだったけれど、わからない。私は、かろうじて残った。先に進んでくださいと、多くの家臣達の盾が私を逃してくれた。


「どこの………う、ん、おお。ここに隠れなさい、これも何某かの縁ゆえ匿ってやろう」


 小さい神社の境内、杉木立の中にボロボロになり隠れていた私を宮司が見つけた。それ以来この村の中、小さい社務所の片隅で、御札を書いたり、まつりごとの手伝いをしながら、にぎやかな村の中には一切出ずに、ひっそりと隠れるように過ごしていた。


 私は小さく狭いが、ゆるりとした世界の中にいた。それはかつて住んでた、屋敷の庭あった池の中の鯉のように、静かにゆうゆうと過ごせば良かった。


 幾度か桜の花が咲き、紅葉が色づきを繰り返した、時が過ぎた頃、私は神主様とお庄屋様に言いつかり、神様と不思議なやり取りをするようになった。


 私が神主様にお聞きして、村人達の願いを札に書く、神主様にそれを手渡す、すると数日後には、お庄屋様のお屋敷にその品が届く。


 私は、巫女として暮らしていた。静かなお社の中で。それが壊れた。ある日庄屋様に呼び出され、ここに囚われた。逃げる事は出来ない。分厚い扉はかんぬきがおろされている。窓は遥かに高い。小さな文机に上っても、背を伸ばしても、指先でさえ届かない、格子がはめられた小さな窓。


「領主の館………、父上を殺した叔父上、叔父上の元に私は参るの?どうしたらいいの?母上様は逃げなさいと、叔父上に捕まってはいけないと、最後にそうおっしゃられたのに」


 私は昔を思い出した、両親の最後と赤の色。不安と恐怖に震えた。胸が心の臓(しんのぞう)が、キリキリと痛い。早鐘を打っている。


 逃げ出したいと心から望んだ。


 目に涙が浮かぶ。ゴロゴロと遠い雷の音、そして軋む音、風が強く吹き始めた。野分が近づいているのかもしれない。


「嵐がきて、全てを薙ぎ払ったらいいのに」


 私は、最後の時まで書くよう、用意されていた短冊に、初めて私の願いを書いた。神様にお願いをした。




 ………格子がはめられた蔵座敷で、娘が空を見上げさめざめと泣いた。震える文字で願いを書いた。轟轟と空がそれに答えた。ひゅうひゅうと笛が鳴るよな風が応えた、雲が厚みを増し月を隠していく。


 ば、バタバタバタバタ、大粒の雨が落ちてきた。葉をちぎり、枝を折り小石を巻き上げ、二百二十日の夜が訪れた。黒装束で身を固めた男達が、一つの集落を潰そうとしている。


「ようやく見つけた。静かに暮していた。だからこそ、野盗に堕ちた兄の元で育つよりはと思い、望む荷をくれてやったというのに、娘子一人養うのに、金がかかるという小うるさい庄屋に、望む物を渡してやっていたと、いうのに」


 棟梁、どうすれば?とくぐもった声、顔を布で隠した男達の一人が聞いていた。


「庄屋との約定は破られた、神官も己の懐を温めればよい輩だ、ただ静かに暮らせるようにと、頼んだというのに………行くぞ!巫女様には、指一本触れるな!後は、好きにしろ!女子供も好きにしたらいいぞ!これまで、散々獲られて来たのだから、返してもらおう、品物も何もかも」


 カッ!ゴゴゴ!バリバリ、ザザァ!ざっん!雷と風、雨が混ざり合う、それを合図として胡乱な男達が、村を襲った。



 終


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