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国家予算一年分、三日月の王女の結婚手段

 火の粉をきらら吹く山に火龍が住み、風がさららと過ぎる空に天馬が駆け回る世界。一国の王様が魔法国から届いた請求書を上から下まで3回、舐める様に確認を終えると、玉座からずり落ちそうになりました。


「末の王女を呼べぇぇぇ!」


 謁見の間に請求書を握りしめた王の声が、響き渡りました。家臣がすっ飛んで行きます。花の館に居を構え、言葉を喋れる頃より年に一回、『勇者召喚の儀式』の練習を執り行う御歳13歳、少女から乙女にほんの少し差し掛かった、新春節の三日月の夜に産まれた王女の元に。



 ☆


 チクタクチクタク、朝昼晩時刻に合わせて尾羽根の色を青から黄色、橙、紅色、紫、黒と変えていく時告げ鳥が銀の籠の中で囀る部屋に、庭の散策から戻った王女。しばらくすると城内で働く者達の終業時刻。


「ダメ元で注文してみたのですが、流石は密林運送。あっという間に届けて下さいました。手渡した一昨日、昨日はご無事、今日はどうかしら。ちゃんとしているのかしらアレ」


 ポッポ、ポッポ、ポッポポッポ、ポッポ……、尾羽根を橙に変えて時の数を鳴いた頃、城のあちらこちらに配している、彼女の手下のひとりから、謁見の間で騒ぎ有りと知らせが届きました。  


(父上に請求書が届いたのね。品物到着着用後、3日以内に届くと書いてありました。ふむ。物はしっかりとしている感じが致します)  


「ジョアンナ、お風呂に入りたいの」


 チリリ。ガラスのベルを鳴らすと侍女に命じる王女。即座に湯殿の用意が成されます。重ね着る絹の布地を大輪の花弁を剥がすように、侍女達の手で払われて行く王女。立っていれば、胸元慎ましやかな、一糸まとわぬ姿になり、次に薄い湯浴み着をふわりと着せられます。


 高く結い上げた艶やかな髪を、一度解き解すとふんわり結い上げようやく、薔薇の香りも芳しい湯殿へと向かえる王女。


(ふう。お風呂に入ってる間におそらく父上様から、お呼び出しが来る)


 クスクス。肩まで湯に浸かりながらほくそ笑むまだ幼いところが見え隠れしている王女。


「王女様、あの。御礼を申し上げたいのです」


 裾身近な衣服に着換え湯殿にて王女に仕えるジョアンナが、純白の石作の湯べりに持たれる主に、立ち昇る香りの良い湯気の中、ひそりと小声で囁きました。


「いいのよ、気にしないで。でも上手くいくかは分からない、あのマジックアイテムが、ボッタクリの紛い物やもしれないもの」


「いいえ。きっと上手くいくと信じております」


「でも知らなかったわ。庭師の見習い、ジョーンが貴方の半分血の繋がった弟だったなんて」


「城に務める者達は何らかの身分がいります。ジョーンは父が外で作った子なのです。別邸で暮らしておりましたが、どうしても城内の庭師になりたいと言うので、本邸に引き取りましたの」


 鮮やかな新緑のの瞳、金褐色の髪、日に焼けた肌、肥料や堆肥を運び庭木の選定をし、斬り倒した雑木を運びを手伝う彼は、王女の想い人。


「ふぅん。でも少しお別れになるのが悲しい。上手くいかないと。永遠のお別れになるわ」


「王女様! 大丈夫ですわ。きっと!」


「でもジョアンナの方が辛いわね。わたくしが彼を好きになったばかりに。どうしてわたくしの結婚相手は決められているのかしら、新春節の三日月の夜に産まれただけで。姉上様達はそれぞれに、面倒くさくない御相手とご結婚されましたのに」


 テキパキ応える王女。


 チクタクチクタク、朝昼晩時刻に合わせて尾羽根の色を青から黄色、紅色、紫、黒と変えていく時告げ鳥の尾羽根の色が、暮れ始めた空の色に沿うよう変化をして行きます。


「仕方ありません。その昔、国が荒れ果てていた頃、ニッポン国のコウコウセー種族の黒髪黒目の男子が、女神様の御手を借りこの地に降り立たれ、三日月の夜に産まれた王女様と力を合わせて国を安寧に導いた故事により、そういう決まりになっております」


 ジョアンナがスラスラと述べる国に伝わりし伝説。


「でも国が平和ボケをしている、ここ数千年。わたくしと同じ三日月の夜に産まれた王女は、10と5人。彼女達は18年才のお誕生日に召喚の儀式をしても、結婚相手と出会える事なく、花の館にて姥桜姫に落ちぶれ、頃良い時に森の尼寺へと向かわれたのです。わたくし、そんなの嫌なのです」


 ちゃぷん。手渡された絹の布地を、朱に染まる頬に当てた王女は、ぼやくように応じます。


 チクタクチクタク、朝昼晩時刻に合わせて尾羽根の色を青から黄色、紅色、紫、黒と変えていく時告げ鳥。外の空は刻々と色を変えています。


 失礼致しますと、部屋仕えの者が王から届いた要件を伝えに、湯に浸かる王女に返事を求めてきました。


「わかりました。ふう。どうしても、ジョーンと結婚したい。わたくしが普通の夜に産まれていたら、ジョーンの元にゴリ押しをしてでも降嫁致しますのに、いえ、もう既に国の安寧等ぶっ壊れぬ今の時代、そんな決まりなど無視をしようと、姉上様達が教えて下さった通りに、既成事実とやらを作る段取りを密かに進めておりました。どこで父上に漏れたのかしら、こうなれば父上の奸計に乗るしか道はございません」


 チャポン、雫を湯に落とし波紋を描きながら王女は花の香も芳しい、湯浴みを終えました。


 取り急ぎ参れ。そう命じられても淑女としての身だしなみは必須条件。皆々大急ぎで用意を進めます。先ずは濡れた身体を乾かすのに、肌着を着せかけられ、脱がされる事、幾回。水気が無くなるまで、繰り返し交換されます。


 ようよう身体が乾いた頃、先ずは簡素な部屋着姿で髪を乾かし艶が出るま幾度も幾度も、一角獣の角から削り出した櫛に、千年薔薇から抽出された香油を合わせ梳かれます。手を取られ椅子に座る王女。


 そこで簡単に髪を整えると、先に化粧の下地の準備に入ります。引き締め効果がある、氷石にて冷やした薄荷水で念入りにやわやわと叩きます。衣服の準備が衣裳係の手で執り行われ、それに合わせ花飾りや宝飾品が次々と、忙しく運び入れられる王女の部屋。



 時間は刻々と過ぎていきました。



 ポッポ、ポッポ、ポッポポッポ、ポッポ……、尾羽根をオレンジにし鳴いた時告げ鳥が紅色を通り越し薄紫へ、群青色へ、藍色にそして帳色に星の光の様な白い光がポチポチ散りばめられた模様が浮かぶ色の頃。


 急拵えで執り行った王女の準備がようやく整いました。


「大急ぎだから、髪もがさつですわ。おかしくないかしら」


 姿見の前に立つ王女の問いかけに、侍従長の最終チェックが入ります。問題無しと判断をされた王女は、今から参りますと、外で待つ使者に返事を伝える様命じたその時!


「ジェシカ嬢にお取次ぎを!」


 黄色の布地を首元に巻いた使者が、取り次ぎを求めて来たのです。その色は緊急を知らせる時のみ使者の身につける決まり。


「ジェシカ!」


 王女が声を小さく上げました。信じております。と呟き、ぐっと唇を噛みしめるジェシカ。


「髪飾りを白の飾り紐に変えて」


 王女は扇を広げ顔を隠すと、目を静かに伏せるとそう命を下しました。



 ☆☆


「王女。この請求書なのだが、知っておるのか? 金額を見て余は倒れそうになったぞよ。一体何を買ったのじゃ?」


「知っておりましてよ、父上様。ほんの国家予算一年分ですわ。父上様の私的財産の一部を、ちょっぴり取り崩して現金化すれば払える金額でしょう?」


 人払いをした謁見の間にて、父娘水入らずの会話。


「母上様程ではありませんが、父上様も結構なへそくりを持っておられることを、わたくし知っておりますの」


 澄ました王女の返事に、ゲフンゲフンと咳き込む父王。


「王女よ。お前は新春節の三日月の夜に産まれた。幼い頃から聡い。そのだな。一体何を『魔法通販組織』から仕入れたのじゃ? 国の安寧を崩すアイテムなのか?」


「いいえ。そんな大層なものではありません」 


 毅然と応える王女。


「では何を?」


「わたくしの『この世界に亡き結婚相手』を、きちんと故事に習いモノにするアイテムですわ」


 その言葉に表情を変えず、腹の中で息を飲んだ父王。


「王女、新春節の三日月の夜に産まれた王女よ。そなたは知っておるのか、だから髪に白を飾って来ておるのか」


「はい。先程、黄色の使者が参りました。侍女の弟君ですもの。訃報を手にして来ましたの」


 ピリピリと火花が飛び散る、王と王女に挟まれた空間。


「どうしてもジョーンと結婚をしたいと? その為にそなた、彼を拉致をし『森の離宮』に連れこむ手はずを進めていたであろう?」


「はい。やはりご存知でしたのね。でも拉致とはお言葉が過ぎますわ。哀れに思われた姉上様達が、教えてくださいましたの。好きなら押しの一手を使えって。平和な世だから大丈夫って。二人きりで夜を過ごせば何とかなるだろうって。ジョーンもわたくしの事を好きだって、言っていますもの」


「うむ。そなた達が隠れて、仲良くしていたのは知っておった。こう見えても父だからな。遊びならと、目をつぶっていたのじゃ。しかし、本気だと知ってな。故事に習い、新春節の三日月の下生を受けた王女の相手は、決められておる。召喚の儀式でお取り寄せがなければ……。可哀想じゃが結婚はできん。もしも余の代で、その決まりが破られれば……、混沌の世が来るやもしれん」


「ですから、父上様は諦める様、邪魔者は消せとの教えに従い今日の夕刻、帰宅途中の庭師見習いを、偶然を装い、竜車でもって交通事故に見せかけ抹殺したのですね。娘ですもの、前もって知ってましてよ。ですから少し状況をお借り致しましたの」


 ツンとした王女から、氷の礫の様な視線が父王に向かい突き進む。


「一か八かの勝負ですけれど。父上様の計画を知り、即日配達で購入したのはマジックアイテム。こちらの記憶を魂に刻みつけ、身体はニホン国、時が経てばコウセー種族になる様、転生。そうお品書きには書いてありましたわ。そして『只今特価大サービス企画、選べるオプション付き! どれを選んでもこのお値段』にて、わたくしにとってバッチリなモノを選びましたの」


 父王に対する燻る気持ちを落ち着かせる為、手にした扇を広げ、ハタハタと扇ぐ王女。


「して、それはどの様なまさかそなたも、あちらに行くとかじゃ無いだろうな、オプションの『共に転生』を使う事により、あちらで二人で幸せに暮らしてめでたしめでたし……」


 ゴクンと息を呑み尋ねた父王。その言葉に王女はキョトンとすると。


「ああ!その手がありました! わたくしとした事が、オプションは『時の魔法』にしてしまいました」


「ほほお! ジョーンに器を与え、時の魔法でそなたと年齢が合うよう計らい、こちらに呼び寄せる段取りなのか!」


「それしか思い浮かばなかったのです。そうなのです。わたくしが、ジョーンの後を追って行くことも出来たのに」


 ショックのあまりしょんぼりと、打ちひしがれる王女に、まだまだ子どもだな。父王はかわゆい末娘が手元に残った事に、ホッと胸を撫で下ろしました。



 そして。

 王女が18歳になった新春節の三日月の夜。


 国家予算一年分を、国王のへそくりから支払ったアイテムは無事に発動。乙女となり、たわわに実った胸をときめかせ儀式を執り行う末の王女。


 召喚の魔法陣の中に立ち上がる、見慣れぬ装いに身を包んだ黒髪黒目の男子コウコウセー族がひとり。キョロキョロと見渡し王女と目が合うと、驚き目を見開きました。


「ジョーン?、いえ今の御名前は? 教えて下さらない事? 勇者様」


 微笑みたおやかに手を差し出した、王女。


 こうして王女は父王のへそくりをちょっぴり勝手に使い込み、想いを寄せた相手と、無事に出逢う事が出来ました。というお話は。


 これにて終わり。


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― 新着の感想 ―
[一言] へそくりを使われても娘のことを思うお父様にはほっこりします! 庭師見習いさんやっちゃったあたりは穏やかではありませんが…… 終わり良ければ全て良し。 王女さま頑張りましたね!
[一言] その手があったか!ww
[一言] 王女凄い。 さだめなどなんのそのです。
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