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魔女と姫と夕べの風、花の香。

 勇者は魔女と共に、北の魔王を討伐をした。国王陛下は(いにしえ)からの仕来り通り、姫を彼に与え王族の末端に加えた。


 ――、某国の古文書に記されている。魔王は再び蘇る。星宿りし御子を見つけ育てよ。


 金の星宿す者、聖なる剣で邪の王の力を、削ぎ落とし赤子にす。

 銀の光宿す者、邪の王の御霊を封印し、世界を平和に導かん。


 御印の子として育った勇者と魔女の二人。魔王討伐という責務を果たす為に、力を併せ戦う仲間なのだが、魔女は勇者のこれから先を考えると、少しばかり黒い笑みが溢れる。


 何故なら彼はこの討伐を果たせば、王女と婚礼をあげその後、王籍に入る事になっているからだ。


 ……。イヤイヤイヤ。阿呆には無理だろ、大きくなっても寝ションベンをし、鍛錬は痛いからヤダ!、古典書、古語ムズいから覚えられねぇって、泣いて鬼婆から叱られてたんだぞ。


 勇者は金、魔女は銀。それぞれの御印である星を額に宿し産まれ落ちた二人は、早々に教会に引き取られ、時が来たら国の為に戦う様、厳しい教えを受け育った。


 勇者はやはり強い。

 勇者は気のいい青年。

 勇者はらしく見栄えも良い。


 ……、ぷっ!ククク。ムリムリ。アイツが王族に加わるなんて。棒切れは振り回すのが、今でもお約束、にんじん嫌いと皿の外に放り出し、ぶどうパンの干し葡萄が焼けたところが苦くて嫌いだから、それだけ避けて食べるんだよ。そして、助平だし。


 魔女は逗留する宿で、出された朝食のスープを啜りながらボヤいている。立ち寄る村や町、そこで夜這いを仕掛けてくる『勇者様の子種をちょうだい』娘達と一戦交える不純なる同行者。


 ……、本当ならもう、とっくの昔に北の地、魔王の領地についてるはずなんだ。それがアイツが駐屯地で、据え膳食わぬは男の恥とか言ってさ、ちっとも進めねぇ、今更ながら阿呆だと思うよ。娘を差し出す親も親だけどね。


「さっさと任務を終えて帰ろうよ、お前さ、結婚相手いるし」


 ぐずぐずと動かぬ勇者に、魔女が痺れを切らして文句をつける。その度に。


「ワワ!言わないでよ!先に行っといて、直ぐに追いつくから」


「はあ?別に良いけど、じゃあ魔王とやらも私の術で滅して封印するよ。多分できる気がするんだ……。そして姫様に、お前が仕事をせずに他所で子種を仕込んだって、チクってやるからな」


「はあ?ダメダメ!君が片したら、王女様、貰えなくなるだろ!それと帰ったら……、変なこと言うなよな!」


「ぷっ!お前が王族の一員?ムリムリ。朝寝坊だし、好き嫌い多いし、無類の女好きだし、勉強嫌いだから祈祷書読めないし、そんなんで王族?無理だろ」


「そんな事ないよ!多分!」


 そんなやり取りを繰り返していた。


「それより、出てってくれないか?終わらせないと、出立出来ねぇぜ!」


 ベッドの中で小さくなっている、村娘の気配。魔女は今日、絶対に出るから!クズ!と言い置き、部屋を後にした。


 ……、うーん。これで百人斬り達成か?ああ……、姫様。姫様、こんな汚れた野郎に、私の姫様が姫様がぁぁぁ!そうだ!落し胤、宿る事が無いよう呪をかけなきゃ……!クソぉぉ!任務のうちか?コレ?


 ブッチッ!軽くトーストされたバタつきパンを、左右に引きちぎり、齧る魔女。


「クソぉぉ!あのスケコマシ!クソぉぉ!スケコマシィィ!」


 魔女はパンをゴクリと飲み込むと、辺り構わず雄叫びを上げた。そしてスープ皿に目を落とす。底に少しばかり残った野菜と屑肉の汁物、トロリと濁った色が魔女の目には、澄んだ清水の様に見えてくる。


 水鏡の様に。魔女はギョロギョロ。丸い皿のような瞳を動かす。裏に隠されている邪眼が表に出てきた。ローブの中から小さな革の巾着袋を取り出すと、何やら粉をパラパラ……。


 部屋で盛り上がる勇者と、お種頂戴娘のあられもない姿が写し出される。


「焼いた種、煮込んだ玉子、焦げた枝、種よ芽吹くな、子を成すな、アルテミス、金の馬車使い、アポロン、銀の馬車駆る……」


 ブツブツ……、皿の上に黒の呪文を唱える魔女。彼女が心から敬愛を捧げる、美しき姫の姿を心に懐いて。





 天の道を駆ける馬車を操るアポロンが、日の最後に投げた薔薇色と金の光が、天空をすみれと青鼠に代えて行く。それに闇夜がトロリと混じる。銀の馬車にアルテミスが乗り込み手綱を握り、天馬に出立を告げた頃。


 王宮の庭ては、夕に吹く風を愛で姫と、彼女のお気に入りである魔女の姿があった。


 公的な職務がない限り、この季節、この時間に薔薇の庭園を散策するのは、姫のお気に入りのひとつ。香り立つ花々が暮に併せ、身に宿す神から与えられし香気の密度を増すからだ。


 手にしているそれは身分に相応しく、遥か海を越えた先にある、東の地から取り寄せた絹地に、その柔らかな白き指先で花々を銀の針を扱い、模様を描いたばかりのハンカチーフを、香り立つ花の上にふわりと広げる姫君。


「良き香りですわね」 


 細かに弾ける水飛沫の様にしっとりとし、若々しい緑の草葉に甘い蜜を混ぜたかの様な花の香に、心を寄せながらも愁いのある様子。


「この者と二人で話をしたいの。皆は下がって」


 従える侍女達に命を出す姫。静かに下がる彼女達には依存は無い。姫のお気に入りの魔女は、これからしばらく彼女の御前を離れる、その為に別れを言いたいのだろうと察して。


 北に魔王が復活したと神託がおりた。


 楚々。香りが風に乗り踊る。


「お前は勇者様と親しい間柄ですね」


 鬱々とした声が控える魔女に届く。


「はい、幼馴染です」


「どう思っていて?」


 担当直入に聞く姫。


「どうとは?」


「つまり、わたくしの伴侶として相応しいか、どうかという事です。父上がわたくしを、討伐が成功した暁の褒美などになさったから……、政略結婚ならともかく、娘を宝物の様に扱うのは些か、面白くありません」


 薔薇の香り、吹く風は涼やかに甘く、人払いをしている屋外。普段隠している心の内を、呟くように漏らす貴人。



 ……、魔女は考える。豪華なプラチナブロンドの巻毛を結い上げ、桃色水晶から創り出された、花弁重なる華の中には、南海から届けられた大粒の真珠が埋め込まれている髪飾り。


 場末の娼妓の様に白粉を濃く叩かなくても、雪の様に白い肌。嗜ましく隠されてる胸元は豊かに盛り上がっている。魔女を見る瞳はターコイズ。柔らかでさくらんぼ色した唇が街に住む幼子の様に、への字の形になっている。


 決して表には出さぬ淑女らしくない表情を目にし、魔女はどう答えようかと考える。


 姫は清らか。

 姫は可愛いい。

 姫は勇者の好みにドンピシャ。


 ……、阿呆、姫様と結婚できるって、有頂天になってるのよね。わかるわぁ……。胸なんか手の中に収まりきれる?てな大きさよ。同性でも惹かれちゃう。私は、そばかす女で肉つきも良くないから、阿呆の対象外だけど。


「包み隠さずお言い!」


 姫の命に従う魔女。


「素直な阿呆で助平でございます」


「素直な阿呆で、す!……、はう。な、ならばわたくしの伴侶となった後、国政に関わるという気は、起こりませんわね」


「はい、阿呆ですから。王の責務なんて知らないと思いますが、助平というのが……、下手をすると、お世継ぎ争い云々の懸念がございます」


「それは困りますわ。旅の道中は貴方の采配で、どうにかなさい!これは命令です」


 もう良いかしら。ハンカチを花の上からそろりと、取り去る姫。白魚の指先が動き、四角に折り畳まれて行くのを、魔女は美しいと思って眺めていた。


 ひゅうるり……。さわわ。夕べの風が、花の香りを溶かして二人を包む。


 石畳に膝をつき、騎士のように礼を取る魔女。


 それを受けた姫は、いたずらっぽく微笑むと、柔らかな手の甲を差し出した。


 魔女もいたずらっぽく微笑む。見下ろすターコイズブルーに、己の金目を向ける。花の香りが立ち上がる、それは姫が焚きしめている、香木のそれと似ている。


 大広間で見るが如く。

 魔女は騎士に成りきる。


 白魚の様な指先を受けると、己の唇を甲に軽く当てる魔女。


「頼みましたよ。わたくしの魔女」


「かしこまりました。私の姫様」


「貴方に神の加護があらんことを」


 夕べ風がさわりと動く、薔薇の花咲く庭園。






「ククク、阿呆にも衣装……」


 結婚式の列席者として宴に呼ばれた魔女は、優雅に微笑む姫の傍らで、引きつった笑みを浮かべる幼馴染を見ると、クスクス笑いが止まらない。


「勇者様に、わたくしと添い遂げるお覚悟があるのなら、仕方ありません。わたくしの全てを懸けて()()()()()()殿方に仕立て上げましてよ!」


 無事に任務を果たした幼馴染の勇者は、喜び勇んで国に戻った途端、礼儀作法を学ぶ為、姫の庇護下の元、城の一室で監禁生活を送ることになった。


「……、討伐してる方がいい……。旅に出たいよぉ……。毎日、小さい時みたく勉強ばっかりで辛い、やだよぅ、やだよぅ、ご飯の時間まで、テーブルマナーなんだ……、美味しくないよぉ。毒味役が済ましてからだから、冷え冷えだし。うっ……、姫様怖いし、ウッウウッウ……」


 姫のお気に入りである魔女は、森の中に与えられた瀟洒な館で気楽に過ごしている。時折、姫よりお茶会をと誘われ、城に訪れると、勇者殿はそうボヤくのですよ、侍女達に聞かされている。


「クククッ!だからあの時、財宝持ってとんずらしようと言ったのに」


 魔女は庭園の東屋で、美しい姫とお茶と菓子を楽しみながらほくそ笑む。


 そして今日、その成果が顕れている勇者の立ち居振る舞いを見ると、阿呆もやれば出来る子だっんだな。と思う彼女。些か憐れを感じながら、乾杯の合図に併せ、琥珀色の蜜酒が注がれた銀の酒器を掲げた。


「女房の尻に敷かれる方が、幸せと言うからな。クククッ!乾杯、阿呆」


 終。

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― 新着の感想 ―
[一言] これぞ自業自得( ˘ω˘ )
[一言] 夢は見ているうちが花ということですね。
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